「クソッ、面倒なことになったもんだ…」 服を無理矢理引き千切って、自らの負傷箇所を服の切れ端でグルグル巻きにする宗一。 「すまない、僕がこっちに逃げてきたせいで」 狭い茂みの中で本当にすまなさそうに謝る敬介に、宗一は苦笑する。 「そういうことはここから脱出できたらにしてくれ。それに、遅からず戦闘はどこかで遭遇するもんだ」 言った直後、ガサッ、と比較的近くの茂みが揺れた。秋子が発砲しているのだ! ヘイ、可愛らしい子猫ちゃん。お仕置きしてあげるから大人しく出てきなさい。 そしてお仕置きの結果、那須宗一と橘敬介はカラスのエサになりましたとさ、めでたしめでたし。 ――冗談じゃない。 まずは相手を無力化するか、逃げるしかない。…しかし、あの水瀬秋子はどこまでも追跡してくるに違いない。そこから先は命を賭けた鬼ごっこだ。こちらが負傷している以上、逃げきれる確率は低い。 ならば、迎撃するしかない、しかしどうやって対抗する? 武器の質ならあちらの方が断然有利だというのに―― ふと、宗一は銃声がしなくなったことに気付いた。おかしい、相手を逃がすつもりがないなら撃ち続けるのが鉄則だ。ましてや、相手はこちらのおおよその位置を掴めているというのに―― そこで一つの結論に至る。固まった敵を、一瞬で殺すには―― ガサッ、と再び音がして何かが焼けるような音が聞こえた。聞こえた時には、既に宗一は茂みをかき分け、それに飛びついていた。 「…やっぱダイナマイトか!」 導火線はすでに短い。宗一は肩の痛みを堪えながら必死に投げ返した! ひゅっ、という音と共にサイドスロウの要領で投げ返されるダイナマイト。ほれ、ブーメランが帰ってきましたぞ、秋子おばさん。 直後、一帯に爆音が響いた。 ・ ・ ・ 水瀬秋子は驚きを隠せなかった。澪が出て来たのもそうだが、宗一がダイナマイトを投げ返してきたこともそうだった。無論、投げ返されたダイナマイトは秋子達の位置からは離れていたがその爆風で秋子と澪は一瞬動きを取れなくなる。 投げ返した直後の宗一を狙おうかと、あるいは思っていた秋子だが爆風により中断を余儀なくされる。それよりも―― 「――澪ちゃん! どうして出てきたの!? 待ってなさいって言ったはずでしょう?」 大声で言うが、澪はぶんぶんと首を振って聞こうとしない。それどころか、強い、決意に満ちた目で秋子を見上げる。 その瞳から、秋子は何を言っても無駄だろう、とすぐに気付いて、「…了承」と言った。――この間、一秒。 澪の装備は敬介のものを流用しているらしく、拳銃もあった。しかし、それよりもダイナマイトだ。秋子は再び診療所の影に隠れながら澪に言う。 「澪ちゃん、ダイナマイトに火をつけたものは、持ってるわね?」 こく、と一秒で頷いて、どうやら診療所から持ってきたらしいライター(100円物だろう)を見せる。 「澪ちゃんは、ダイナマイトでとどめを刺して欲しいの。わたしが拳銃で燻りだしますから、その隙を狙って」 こく、とこれまた一秒で頷き(正確には、コンマ一秒以下だけども)、束にしてあるダイナマイトを解き始めた。そして秋子自身は、再び茂みへの銃撃を再開した。 まずは3発。先ほど宗一のいたあたりに撃ち込む。反応は無かった。 (移動…したのかしら?) 思った瞬間、茂みの中から同様に3発撃ち返された! 直撃こそしなかったものの、1発が秋子の頬を掠める。 「く!」 すぐにその場から銃弾が飛んできた方向に撃ち返す。…しかし、これも命中しなかったようで、発砲直後、今度は正確に銃弾が飛んできた。 まずい、と思って無理矢理体を捻る。それが功を奏したか、はたまた不運か、銃弾は拳銃の方へと命中した! 拳銃は診療所から離れた後方へと飛んでいった。 「しまっ…」 外傷は無いものの、武器を失うのはまずい! しかし、拳銃に飛びつけば、待ってましたとばかりに銃弾が撃ちこまれるだろう。…ならば。 「澪ちゃんっ!」 言うまでもなく、今度は2本、火の付いたダイナマイトが投げこまれた。その隙に、秋子は後方へと猛ダッシュする。 今度は投げ返されるのを警戒して、茂みの少し手前に投げた。完全に殺傷するまでに至らなくても、秋子が銃を拾えれば良かった。 敵方もそれが分かっていたようで、爆発する寸前、にわかに那須宗一が茂みから顔を見せた。 (見えたの!) 再び爆発。今度は2発分。凄まじい爆風が澪の顔を襲うが、意地でも宗一からは目を離さなかった。そして、ついに宗一が隠れた茂みの位置を見つける。ロック・オン。 すかさず、秋子に向けて位置を指し示す。秋子が頷いて、指のさした方向へ、拳銃がホールド・オープンするまで撃ち続けた。 ぐっ、と呻き声が聞こえたような気がした。 ・ ・ ・ 「今度は爆発音かっ!?」 診療所まで、目と鼻の先――そんな位置まで、祐一達は来ていた。ひとの命を救うはずの診療所が、今は命を奪い合うキリング・フィールドとなっていたけれども。 「…少年。本格的にやばい雰囲気がしてきたな。恐らく高確率で、戦闘が起こっている」 英二の言葉を聞いた祐一が、舌打ちする。 「何だってんだよ…どうしてどいつもこいつも殺し合いなんかしたがるんだ…」 祐一の憤りにも、英二は冷静に答える。 「さぁな。誤解から生じたものかもしれない。あるいはさっきのまーりゃん、とかいう子みたいな殺人者が仕掛けたのかもしれない。どうにせよ、僕達は決断を迫られている」 このまま危険を承知で診療所までいくのか、あるいは一時撤退してでも全員の命を確保するか。 …しかし、観鈴には時間が無さ過ぎる。それに、追っ手のマルチのこともある。今は見えないが、いつ仕掛けてくるか分かったもんじゃない。 「…英二さんは、どうするのがベストだと思います?」 「ふむ、そうだな…少年は?」 「…決められないから聞いたんじゃないですか」 「うん、僕も同じだ」 英二の返答に、少し肩を落とす祐一。しかし、気持ちは分かる。どんな些細なミスでも即、死に繋がる。そのような状況で、軽々しく決定などできようはずもない。だが、タイムリミットは刻々と近づいている(クソ、全部はあのまーりゃんのお陰だ)のだ。 「…それじゃあ、二人で今のベストを言いましょう」 うん、と英二が頷いていっせーのー、で言う。 「「このまま直行」」 見事にハモった。ニヤリと笑いを浮かべる英二。祐一も笑った。 「お互い、大概にバカだな」 「生憎、俺はお人好しなんでね」 奇遇だな、僕もだ、と英二は言うと祐一のデイパックからレミントンを持ち上げた。 「前衛は任せてくれ。少年は観鈴君を診療所に運び込むことだけを考えろ」 「オーケイ。そっちも流れ弾に当たらないようにしてくださいよ」 「勿論だ。そっちこそ、血気にはやって無茶をするな」 診療所に突撃する辞典で十分無茶だろう、と思ったが言わない事にした。 「行くぞっ!」 二人が、一気に街道に飛び出した。 一方、その様子を木の影から窺っていたマルチは次の行動を決めねばならなかった。 (あの方達は動きましたか…しかし、わたしは武器を持っていません) 環に妨害されたせいで丸腰の状態だ。このまま追尾してもどうしようもない。とは言ってもこのままおめおめと引き下がるわけにもいかない。――でなければ、雄二様に… 折檻される自分を想像して、マルチは恐怖に近いものを覚える。絶対に、しくじるわけにはいかなかった。 あの二人の目的地は、すでに把握している。ならば、目的地が分かっているなら遠回りしてでも回り込むこともできるのではないか。 注意は、後ろだけに向けているはず。悪くない作戦ではある。 (――やりましょう。やらなければ、やられる) 大きく迂回するようにして、マルチも行動を開始した。 【時間:2日目・午前8時00分】 【場所:I−7】 那須宗一 【所持品:FN Five-SeveN(残弾数15/20)】 【状態:左肩重傷(腕は動かない)、茂みに隠れている、秋子を打倒】 橘敬介 【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】 【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)。観鈴の探索、美汐との再会を目指す】 【状態A:茂みに隠れている、まずはこの状況の打開を考える】 上月澪 【所持品:H&K VP70(残弾数2)、包丁、ダイナマイトの束(3本消費)、携帯電話(GPS付き)、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:精神不安定。頭部軽症(手当て済み)・秋子を助けて敵を倒す】 水瀬秋子 【所持品:ジェリコ941(残弾0/14)、予備カートリッジ(14発入×1)、澪のスケッチブック、支給品一式】 【状態:腹部重症(治療済み)。名雪と澪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。今は敬介と宗一の排除】 緒方英二 【持ち物:ベレッタM92(8/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】 【状態:疲労、一直線に診療所へ向かう】 相沢祐一 【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】 【状態:観鈴を背負っている、疲労、一直線に診療所へ向かう】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】 【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)、祐一に担がれている】 マルチ 【所持品:支給品一式】 【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている。迂回しつつ診療所へ回りこむ】 【その他:秋子の発砲で宗一が怪我をしたかどうかは次の人任せ】 - BACK