異能者と死神と少女




やはり制限されている電波では効果が薄かったのか、
椋はあの後すぐに目を覚ました――――

椋が体を起こすと、目の前には祐介がいた。
「貴方はさっき追って来てた人……?」
「うん。怯えさせてしまってごめんね」
祐介は申し訳無さそうに頭を下げたが、椋はまだ訝しむような顔をしていた。
「……私をどうなさるおつもりですか」
「まだ僕を疑っているんだね……」
「当然です」
椋は雅史から少し距離を取りながら言った。
一度眠らされた事で落ち着きは取り戻していたが、だからといって目の前で雅史が殺された記憶が消える訳ではない。
簡単に人を信用する事など出来なかった。

「疑う気持ちは分かるけど……僕が君を殺すつもりだったらもう君は死んでるんじゃないかな?」
「それは……確かに」
そう。祐介が本気でゲームに乗っていたのなら、椋を眠らせた後殺している筈だった。
椋は厳しい表情で少し考え込んだ後、答えた。
「分かりました……今は信用する事にします」
『今は』。祐介が今この場で自分に危害を加える気が無いことは分かった……。
だけどそれは自分を何かに利用しようとしているからなのかも知れない。
このゲームでは仲間がいれば何かと便利である。戦闘でも人数が多い方が有利だし、二人いれば交互に睡眠を取る事も出来る。
椋には出会ったばかりの人間を全面的に信用するような事など出来なかった。

だが、それでも一時的には椋の警戒は解かれた。
それからは比較的穏便に話を進める事が出来た。
まず二人が話した事はお互いの名前と、電波についての事だった。


「その”電波”っていう力で祐介さんは私を眠らせたんですか?」
「うん、ごめんね?」
「いいえ、私の方こそすいませんでした。あんなに取り乱しちゃって……」
「ううん、仕方ないよ。もう大丈夫なのかい?」
「ええ、もう落ち着きました」
「それじゃちょっと試してみても良いかな?」
「……え?」
途端にちりちりとした感覚を椋は感じた……先程祐介に金縛りにされた時と同じ感覚だ。
しかし今度は、体に異変が起きるというような事は無かった。
その事を確認すると祐介は表情を幾分か緩めていた。

「確かにもう大丈夫みたいだね」
「え?」
「ゲームの開始時にウサギが言ってたでしょ?『能力はある程度制限されてる』ってね。
制限されている今の僕の電波じゃまともな精神状態の相手には通用しない……。つまり」
「つまり?」
「今の椋さんの心は元気だって事だよ」
そう言って祐介はにっこりと椋に微笑みかけた。
今は亡き雅史と同じ―――真っ直ぐな曇りの無い笑顔で。
それは頑なに閉ざされた椋の心に確かに届く。
「ありがとう……ございます」
今度ばかりは椋の口から心の底からの礼の言葉が飛び出していた。
「うん。それじゃ僕は仲間を待たせてあるから戻るけど、椋さんはどうする?一緒に来る?」
祐介の提案に、椋は考え込んだ。

長瀬祐介は確かに人の良さそうな少年だ……だが人を完全に信用する事はもう自分には出来そうも無い。
今の自分はもう佐藤雅史や岡崎朋也に対してすら少なからず疑いの念を持ってしまうだろう。
絶対の信頼が持てるのは唯一、姉に対してだけである。
だが……この島でたった一人の人間と出会う事がどれ程難しい事かくらい、椋にも分かっていた。
強力な武器も持たず、優れた体力も無い自分では姉に出会う前に殺されてしまうのが関の山だろう。
なら―――この少年に賭けてみよう。
結局は確率の問題なのだ。この少年に裏切られる可能性が自分一人で生き残れる可能性より高いとはとても思えなかった。


「そうですね……出来ればご一緒させてください」
「うん、分かったよ。僕の仲間はゲームに乗る気なんか全く無い良い子達だから安心して」
それはまるで人を疑う事など知らぬかのような、信頼しきった口調。
歩き出した祐介の後ろについていきながら椋は思う。
(祐介さん……貴方はお人好し過ぎます……)
このゲームは裏切りが殺人の為の常套手段となっている最悪のゲームなのだ。
祐介のように簡単に人を信用していては、いつか寝首をかかれるだろう。

だがそう思うと同時に、椋は心がちくりと痛むのを感じた。
きっと羨ましいのだ―――今だに人を信頼する心を持ち続けていられる祐介が。
それはこの島で生き延びる為には間違った姿勢だが、人としては正しい姿勢だ。
椋にはもう、何が正しいのか何が間違いなのか分からなかった。


程なくして祐介達は初音達の待つ民家が見える位置まで辿り着いていた。
「長い間待たせちゃったな……」
祐介は困ったように呟きながら歩き続ける。
と、後ろから誰かの足音がした。
祐介と椋が振り向くと、そこには自分達と同じくらいの歳の少女が立っていた。

「ねえ、あんた達はここの家にいる人達の仲間?」
少女―――天沢郁末は特に警戒した様子を見せる事無く平然と祐介達に話し掛けた。
「そうだけど……ここの家がどうかしたの?」
「さっきここの近くを歩いてたら、ガラスが割れる音が聞こえてきたのよ。
それで何事かと思って近くまで来たんだけどやっぱり危ないから、ここで様子を見てたのよ」
「え!?」
それを聞いた祐介は慌てて駆け出しそうになったが、そこで自分の持つ力の事を思い出した。
(そうだ……こういう時こそ電波を感じるんだ……)
「祐介さん……?」
椋に話し掛けられるが今は答えられない。
目を閉じ全神経を集中させる。


家の中から感じられる電波は二つ……何となく分かる、これは有紀寧と初音のものだ。
ここからではその感情までは読み取れないが、とにかく二人は無事という事だろう。

「……何があったか知らないけど、どうやら大丈夫みたいだ」
「どうしてそんな事が分かるの?」
電波の存在すら知らない郁末には祐介の言葉の根拠が全く分からない。

「それを話すと少し長くなるから、家の中で話さない?」
「……分かったわ。貴方達の名前は?」
「僕は長瀬祐介だよ」
「私は藤林椋です」
「そ。私は天沢郁末よ、よろしくね」
簡潔に自己紹介を終えた3人は、すぐ近くの初音達の待つ家へと進んだ。
だが、この自己紹介が郁末にとっては大きな意味を持っていた。


(これで、ノートの効果を試そうと思えば試せるわね……)
―――これまで天沢郁末は一言も嘘は言っていない。
ガラスが割れる音を聞きつけてここに来たのも事実であるし、ここに来てはみたものの、やはり危険だと思って様子を見ていたのも本当だ。
このノートが本当に死神のノートだったとしても、問答無用に銃で撃たれてはどうしようもない。
だからこそどうすべきか決めかねている時に祐介達がやってきたのだ。
郁末は嘘を言っていない、ただ隠し事をしているだけだ。
家の中に祐介達の仲間がいるというのならそれもまた好都合、全員の名前を聞き出してからノートで殺害し武器を奪う。
ノートの効果が偽物だったならまた新たに作戦を立てて、祐介達を内部から切り崩すだけだ。
出会ったばかりの自分を簡単に拠点に招くなどお人好しにも程がある、いくらでも寝首を掻く方法は見つかるだろう。

天沢郁末は笑い出したい衝動を必死に堪えていた。




 【時間:2日目・9:30頃】
 【場所:I−6、初音達がいる民家のすぐ傍】

 天沢郁未
 【所持品:死神のノート、包丁、他支給品一式】
 【状態:隠れマーダー。右腕・頭部軽傷(治療済み)。最終的な目的は不明(少年を探す?)】

 長瀬祐介
 【所持品1:ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
 【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
 【状態:健康】

 藤林椋
 【持ち物:包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、ノートパソコン、支給品一式(食料と水二日分)】
 【状態:祐介に同行しているが、完全に信用してはいない】
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