窓から差し込む朝日に天野美汐は静かに目を覚ました。 (……私はまだ生きてるんですね) 霞む視界をぼんやりと見渡し、そんなことを考える。 誰かがやってくるわけでも襲われるでもなく、まるで普段の日常のようだった。 布団からむくりと起き上がり寝室を出ると、パソコンの置かれた部屋へと戻りロワちゃんねるを開いた。 新しく書き込まれていたのはたったの一件。 しかもそれは自分の書き込みに対する返答はでなかった。 (真琴も相沢さんも見てはいなかったのでしょうか……) 元々そんなに期待していなかったとはいえ、あからさまに落胆の溜め息がついて漏れる。 代わりと言っては何だが、新しく書かれた書き込みをぼんやりと眺めた。 岡崎朋也――昨日の夕方に訪れた男性が探していた人間。 (この人も現実を受け入れずに言葉にすがり付いているのですね。 『未来』などと言うか細い幻想を抱いてまで何を求めるのでしょうか……。 確かに楽しい事もあるでしょう。 それと同時に、いやそれ以上の悲しみだって襲ってくると言うのに) それを見て特に憤りを感じたわけではない。 なんとなく、昨日自身が行った書き込みの時のような気まぐれでキーボードを叩いた。 もしこの後に彼は殺人鬼だと言う書き込みをしたらどうなるのか。 そう考えると自分でも気付かないうちに頬がゆるんでいた。 ――そんな彼女の手を止めたのは流れ始めた二回目の放送だった。 「真琴……」 相沢祐一の名前は呼ばれることはなかった。 だが彼女にとって膨大な参加者の中で、皆無に等しい知り合いの一人が呼ばれハッと息を呑む。 そしらぬ風に装っていたものの、やはり真琴の存在は僅かながらに彼女の中にはあったようだ。 だがその考えもほんの一瞬のもので、瞬く間に達観した表情に戻っていた。 その間も名前は次々と読み上げられ続け、ブツリと声は途絶え放送は終わりかと思ったその時だった。 今までの声とは違う最初に聞かされた甲高い声――ウサギの声が聞こえてくる。 その告げられた内容を美汐は半信半疑のまま黙って聞いていた。 『優勝して生き返らせれば良い』 その言葉を聞いた瞬間「消えてしまったあの子」のことを思い出していたのだった。 本当にそんなことが出来るのだろうかと言う疑念を抱きながらも彼女の中にほんの僅かの"希望"が生まれる。 望んでも起こらなかった……叶えられることはなかった……奇跡。 美汐の脳裏には在りし日の思い出が描かれていた。 あの頃の自分は何もかもが楽しかった。輝いていた。幸せだった……。 それをもう一度取り戻せる? だが自分に与えられたのは役にもたたなそうなおもちゃばかり。 体力も何も無い自分が優勝など到底出来るとは思えなかった。 (馬鹿馬鹿しい……こんな"希望"を抱くこと自体ありえないことですよね。 今までと同じようにここで訪れる運命を待ちましょう……そうずっと――) 諦めながら考えるのをやめようとした美汐の頭にふと一つの妙案が舞い降りる。 書きかけだった文章を全て消すとPCの電源を落とすとぼんやりと美汐は立ち上がった。 一日に一回しか書けないのだ。これは残しておこう……そう考えながら台所へ向かう。 冷蔵庫を開けると中には一人ならしばらく潜むには不自由しないほどの食料が置かれていた。 次に家の構造を理解しようと探索を始める。 一階を回り、階段を上って二階へと全ての部屋を回る。 何度も何度もぐるぐると家の中を歩き回り、全ての構造を把握すると最後に入り口の扉に錠をかけた。 ……別に何かをしなければいけないわけではない。 そう、逆に何もしなければ何も起こらないのではないだろうかと考えた結果の行動だった。 今朝普段と変わらないように起きれたように、外に出なければ、動かなければ放送の通り人は死んでいく。 もし最後まで隠れ続けられれば勝手に他の人間が潰しあって優勝することは出来るのでは無いか? 「――神様……私はもう一度だけ希望を持っても良いのでしょうか?」 寝室に戻り、言いながら美汐は朝日が差し込んでいたカーテンを閉めた。 訪れる暗闇の中、思考すらやめるように再び彼女は布団へと潜って行ったのだった。 天野美汐 【時間:2日目8:00】 【場所:I-7民家寝室】 【持ち物:支給品一式(様々なボードゲーム)】 【状況:自分から動く気は皆無】 【備考:美汐と敬介の支給品の入ったデイバックがPCの置かれた部屋の片隅にある】 - BACK