修羅と化した鬼




「耕一さん、ちょっと思うことがあるんです」
「何ですか?」
歩みを止めこちらを振り返る耕一、千鶴は神妙な顔つきで語りだした。
「さっきの子たちのことなんですが・・・」
「ええ」
「あの男の子・・・死んだ子の名前、叫んでませんでしたか?」
耕一の目が見開かれる、千鶴は彼の様子を気にすることなく話を続けた。
「今になって思い出したんですが。よくもナギをって、言ってませんでしたか」
「すみません、ちょっと分からないです・・・でも」
すかさず名簿を取り出し確認しだす耕一、千鶴も彼の手元を覗き込む。
そして。そこに書かれた名前、69番「遠野美凪」を発見し二人は固まった。
顔を見合わせる、キッと視線を強め千鶴は言った。
「耕一さん、パソコンを手にいれましょう」
「・・・書き込み、ますか?」
「いえ、まずは持っておくだけです。私の聞き間違いという可能性も、視野にいれないといけませんから。
 ですが、夜の放送までに彼女の身元を明かすことができたなら。
 ・・・耕一さんや初音を一刻も早く助けるためにも、みすみす逃すのは惜しいです。
 あの子・・・黒髪に割烹着姿という判断材料では難しいかもしれませんが、それでも入手しておく価値はあるはずです」
「そのためにもパソコン、ですか」
「身元が分かったとしても、書き込むことができなければ意味はありませんから。
 ちょうど一つ心当たりがあります、そこに行きませんか?」

報告ができなければ全てが無意味、ゲームに乗るにしてもこの枷は中々厄介である。
だがそんなことを話し合っていると、前方に探していた舞達のグループを発見してしまう。


一向は、少し開けた場所にある倉庫の前にて屯っていた。
中でも調べていたのだろうか。彼らの神妙な顔つきから想像すると、あまり良い結果は出なかったと見える。
「・・・どうします?」
パソコンか、ターゲットか。
優先順位で言えば勿論後者だが、今までパソコンについて話していたこともあり耕一はこのような声かけをした。
「私は顔が割れています、一緒に行くのは不自然でしょう」
「それでしたら、千鶴さん先に行って回収しといてくれませんかね」
「構いませんが・・・大丈夫、ですか?」
「あそこにいる連中が、銃を持っていないことは分かってますから。平気ですよ」
「そうですか?ではこれを・・・」
だがウージーを差し出す千鶴に対し、耕一は首を振る。
「不意打ちを狙います、それならこの日本刀の方が便利ですよ。
 いきなり銃器を持って現れるのも、ちょっと目立つでしょうし。
 ・・・『遠野美凪』について聞いてみたら動き出します、やり遂げてみますよ・・・家族の、ために。」
その口調に迷いはない。
鞘を茂みに捨て抜刀されたままの日本刀を右手でしっかり持つ耕一、その手に千鶴はそっと触れる。
最後にぎゅっと握り締め、彼女は耕一を見送るのだった。


「あれ?どうしたのよ、何か忘れ物?」
再び現れた耕一の姿にあがる志保の疑問の声、その親しげな様子に顔を見合わせる二人の男女は耕一も見知らぬ顔であった。
影になっていたから気づかなかった・・・志保達に比べて制服の荒さが目立つ二人組み、その新しい存在に耕一も注視する。
戦闘の跡が垣間見れるそのいでたち、少し警戒した方がいいかもしれない。
かけよってくるメンバーから説明を受け、とりあえずは自己紹介をしあう。
そして、彼らが今までこの倉庫にて探索を行っていたことも聞いた。
だが特に役立つものも見つからなかったらしく。
無駄に時間を過ごしてしまったと、溜息をつく護に笑みを浮かべて励ましの言葉を送る。そして。
・・・新顔の一人、るーこから送られてくる胡散臭そうな眼差しはとりあえず無視する方向に決め、やっと耕一は用件を切り出した。

「ちょっと、みんなに協力して欲しいことができたんだ」
「・・・もしかして、脱出できる鍵とか分かったっスか?!」
「いや、ごめん。そういうのじゃなくて」
苦笑いを浮かべる、チエは少しショボンとしたがすぐに「何でも言ってくださいっス♪」と笑顔を浮かべてくれた。
理由は特に捻りもなく頼まれたから、ということで押し通す。
耕一は『遠野美凪』の外見的特長を説明し、誰か彼女の知り合いでないか質問してみた。
「黒髪?うーん、来栖川先輩がそうだったけど・・・先輩、亡くなったから。妹の綾香さんは、まだ生きてると思うんだけど」
「伊吹風子っていう後輩が当てはまりますけど、あいつそんなスタイルはよくないんですよね・・・」
「・・・私?」
「い、いや、それが舞先輩なら耕一さんが聞くはずもないっス。っていうか舞先輩割烹着着てないじゃないっスか」
それならばと質問を変える、今度は『遠野美凪』という実名を出し耕一は聞いてみた。
だが、誰もそのような名前の少女と関わりをもっていないらしく。
これだけの人数の中から一つも情報が入らないのはさすがに手厳しい、思ったより良くない戦果に耕一も気を落とす、が。
(・・・そうだ、千鶴さんに頼んじゃったけどあっちの方も聞いてみるか)
ものは試しである、ついでという形で耕一はその話題を持ち出した。
「そうそう、パソコンの存在について知ってるかな」
「パソコン?それなら、るーこが持ってますよ」
「何だって?!」
「・・・おかしな奴だ。パソコンの存在を知っているならば、それが支給品の一つであることも検討がつくであろう?」
「いや、俺が見たのは民家にあったやつなんだ、そうか・・・そんな支給品もあったのか・・・」
とりあえず、彼らに対する質問は以上であった。
『遠野美凪』に関する情報が一つも手に入らなかったことは残念であったが、もう一つの目的が達成できたことは大きい。
これで、彼らに対する用件というのも本当に全て終わったことになる。
そして用件が終わったというその言葉の指す意味は。


一つ、深呼吸した。もう一度しっかりと彼らを見据え、耕一は覚悟を決める。
「うん、ありがとう。じゃあ、さようならだ」
耕一が日本刀を振りかぶったのは、その台詞とほぼ同時であった。
「・・・え?」
「危ないっ!!」
白いセーターが真紅に染まる、だが耕一が思っていたようなスプラッタな映像はそこにはない。
目をやるとるーこが護の襟首を掴んでいる様子が見えた、やはり彼女は侮れなかったか。
奇襲は失敗、正面にいた護の左肩口から斜めに赤い一直線が走るが、その滲み方は本当にごく一部であり。
表面しか切れていない、一命を取り留めることができた護は幸運だが・・・耕一以外のメンバーにとってはそれは関係ない。
問題は、何故護がこのような目にあったのかである。

・・・るーこ以外その場を動けたものはいなかった。
突然の耕一の行為に戸惑い、そして硬直する面々に向かい彼は黙って刃を振るう。
確実に人を傷つけようとするその行い、周りの連中を押しのけるーこは鉈での応戦を図った。
だが、所詮男と女の力の違い。
勢いで乗り切ろうとするスイングで、最後はるーこも尻餅をついてしまう。
「るーこ!!」
彼女を庇うよう身を乗り出す陽平、そして残りの面々もやっと場の状況を理解したのか彼らの間に入ってくる。
「ど、どういうことっスか!答えてくださいっス・・・どうして、どうして・・・」
チエが問う、だがそんな彼女の疑問に返ってきたのは日本刀の一撃。
「くっ!」
すかさず庇うような形で間に入り、舞は耕一の刃を自身の刀で受け止めた。
そのまま力で抑え込まれそうになる所を何とかいなし、距離を置く。
「・・・耕一?」
耕一は答えない。黙ってまた、刀を振りかぶるその姿に迷いはない。
振り上げ、降ろすという一辺倒の動きを繰り出す耕一に、舞は素早い剣捌きで流れを変えようと仕向けてきた。
会話が成り立たずどうすればいいか、身の置き場を悩む他の面々。
そんな形で立ちふさがる彼らの足の間から・・・いまだ尻餅をついたままであったるーこは、それを捕らえた。

「伏せろ!狙われてるっ!!」
るーこの叫びと同時にそれは鳴り響いた。
ダダダダダッという連続音、るーこの掛け声でチエ、志保をしゃがませた護の頭上をそれは走り去っていく。
日本刀同士の奏でる金属音とは違う、もっと物騒なもの。彼らの日常では決して生まれることのないそれは・・・銃声で、あった。
「な・・・っ?!」
「走れ、的になるぞっ」
何が起こっているか理解する前に、まず行動を起こさねばならない。
陽平の叫びにも反応できず呆然となるチエの腕を引く護、志保も彼女を支えるのを手伝いながら一緒に場から離れるべく走り出す。
だが、それを追いかけてくるよう弾は再び飛んできて。
慌てて投げナイフを取り出し威嚇の意味を込め放つ志保、しかし走りながらの上見えない敵相手では何の役にも立たなかった。
るーこ、陽平も護達とは逆方向に走り抜ける・・・その頃には茂みに隠れていたであろう新手の姿は完全に見えていて。
その見覚えのある女性の姿に、戦慄が走る。
「お前は・・・っ」
「まさか、これも避けられるとは思いませんでした」
辺りを襲った銃撃音、それは千鶴の放ったウージーであった。
背面からの奇襲を何とか避けられたのはるーこ、そして陽平の声かけという支援のおかげである。
あの民家での戦いで陽平自身も場を読む力がある程度ついたらしい、素早くデイバックからスタンガンを取り出すその姿に戸惑いの色はない。
一方、何とか二人の叫びで事態を回避できた三人組は、見知ったマーダー的存在が現れたことで現状に対する緊張感を膨らませた。
・・・彼女が耕一を援護するように現れたこと、それがどういうことか。
少し考えれば簡単に想像がついてしまうが・・・信じたくない、その思いは決して小さくない。

「千鶴さん、どうして・・・」
だが、彼らを取り巻く現実は非常だった。
舞と対峙し続ける耕一の漏らした呟き、泣きそうな顔で聞き入るチエの手を隣にいる志保はぎゅっと握り締める。
しかし、その願いは次の台詞で崩される。
「すみません、やはり心配だったもので」
場に現れた千鶴はウージーの弾層を入れ替えながら、耕一の問いに答えた。
口調は大人しいもののその目は狩猟者そのものである、冷たい眼差しに一同に緊張感が走った。


千鶴は耕一の背面にいる、だから彼は今の彼女の様子をうかがうことはできない。
対峙する舞はそれを許さないであろう、だから耕一はそのまま話を続けた。
「正直、助かりました・・・」
「一人で駄目なら二人で乗り切ればいいのです」
「そうですね、ありがとうございます。
 あと、パソコンのことですが・・・るーこちゃん、ピンクの髪の子が持ってるそうです」
「それはちょうどいいですね、取りに行く手間が省けました。・・・全ては、家族のために。頑張りましょう耕一さん」
会話終了。二人は改めて目の前のターゲットに狙いを定めた。

舞を睨みつける、耕一。その目の鋭さに舞も本当に言葉が通じないことを実感できたであろう。
そして、残りのメンバーも。・・・誰が敵であるかを、理解するしかない。
千鶴、陽平とるーこ、そして護、チエ、志保の三人は三角形のような立ち位置になっていた。
再びウージーを向けられる前に何とかしなければいけない、先に動いたのは右方向にて待機していた護達のグループの志保であった。
「こ、このっ!!」
鞄から取り出し、もう一本持っていた投げナイフをその勢いのまま千鶴に向かって放つ。
だが緊張に震える手で投げられたそれをかわすのは簡単なこと、少し横にずれるだけで千鶴はそれを回避できた。
「無駄です」
「ならこれはどうだっ!」
今度は逆方面、陽平が側面に回りこもうとする。走る彼に向かってウージーの銃声が鳴り響くが今一歩の所で届かない。
陽平は木彫りの星型をかまえ、銃声がなり終わったと同時にそれを手裏剣のようにして千鶴に放った。
思ったよりも素早いそれが千鶴の肩口に命中する、一瞬姿勢が崩れるが致命傷にはならなかったようだ
せめてウージーを手放してくれれば。その期待を込めての狙いが外れ、陽平は唇を噛み締める。
「甘いです、銃を持たないあなたに勝ち目はありません・・・」
「残念、甘いのはお姉さんだ」
「え?!」
陽平の正面を向いていた、それはあの三人に背をさらすという意味になる。
次の瞬間千鶴が感じたのは、太ももの裏側に突き刺さるような痛みであった。
そして目をやる、そこには文字の通り一つのナイフが刺さっていて。
・・・それは、先ほど志保が投げてきたものと同じタイプのものであった。

「ボーっとしてるのは危ないぜ?」
膝が崩れる、振り返るがもう遅い。
護の所持するもう一本のナイフが、今度は顔面を狙って飛んでくるのが目に入る。

「くっ!」
何とかギリギリで回避する、だがまた逆側から気配を感じ。
そこには、全力で駆け抜けながら陽平がスタンガンを構えている姿があった。
膝をつき、ナイフを外して構えるがもう遅い。
ウージーは既に取り落としている。・・・万事休すの事態で出した、千鶴の苦肉の策は。
「・・・・・・・・いらっしゃい、ウォプタルッ!!!」
それは、陽平のスタンガンがまさに千鶴にあてられようとした瞬間だった。
彼女の背後の茂みから躍り出る怪物、未知の生命体が彼に向かって駆け抜ける。
突如出現したその生き物に対し一同呆然となる、すさまじい勢いでせまってきたソレに対する防御方を考える暇もなく・・・陽平は、弾き飛ばされた。
「ぐわあっ!」
「うーへいっ!!」
「春原さ・・・」
るーこ、そして反対側からも護が走り寄ろうとする。
るーこが仰向けで倒れ、気絶する陽平を抱き起こした時だった・・・再び、ウージーが唸りをあげたのは。

言葉が出なかった。
志保とチエの目の前で、崩れ落ちていく護の姿。
彼女等側からは見えないが、反対方向の彼の腹部は蜂の巣と化していた。
走っていた勢いのまま倒れる体、そこから流れゆく血が地面を濡らす。
その様子に固まる少女達・・・その先にて膝をついている千鶴の手には、落としていたはずのウージーが握られていた。
「これが、執念の・・・差です・・・」
さすがに太ももの痛みが激しいのか、千鶴は顔をしかめ俯いた。
それでもウージーは手放さない、るーこも陽平を抱いていたためか即座に反応できなかったようで。

・・・一緒に生き延びようと誓った仲間からの、初めての欠員。
そのショックは、少し離れた場所にて争っていた舞にも伝わったようであった。
「・・・!!」
一瞬であれ、動きが鈍くなった舞を耕一は見逃さない。
力任せに舞の刀を薙ぎ払う。カキンッ!っと一際大きな金属音をたて、日本刀は宙を舞った。
「これで、終わりだ」
無防備な姿に刃をつきつけ、そして。
・・・耕一はほんの少しの躊躇の後、舞の胸部を突き刺した。
抉る肉の感触に痛む心を押さえつける、耕一は目を閉じ彼女の体を貫通させるべく刀に力を込めた。
「・・・な、ん・・・で・・・・・」
それは、血と共に吐かれる舞の台詞。彼女の最期の言葉。
「こう、い・・・ち・・・・・な・・・んで・・・・」
「ごめん」
それは、戦闘に入ってから初めて耕一がメンバーの疑問に対して答えた瞬間。
その、小さな呟き。悲しそうに見やる舞と目を合わせず、耕一は刀を引き抜いた。
力の抜けた体は支えをなくし、そのまま仰向けに倒れてゆく。
溢れる血が体にかかるが、気にせず耕一は歩みだそうとした。
(残りの獲物は、四人。この調子なら『遠野美凪』を見つけるまでもない・・・)
罪悪感は、血の海に埋もれていく彼女に全て捧げた。

それは、真の修羅になる決意の現われ。

顔を上げた耕一は、まさに鬼のような表情を浮かべ膝をついたままの千鶴に駆け寄るのだった。




【時間:2日目午前11時】
【場所:F−2・倉庫前】

柏木耕一
【所持品:日本刀(血塗れ)・支給品一式】
【状態:マーダー、少し返り血がついている、るーこのパソコンを狙う、首輪爆破まであと21:45】
【備考:遠野美凪について調べる】

柏木千鶴
【持ち物:ウージー(残弾18)、予備マガジン弾丸25発入り×3、投げナイフ×1(血塗れ)、支給品一式(食料を半分消費)】
【状態:マーダー、るーこのパソコンを狙う、太ももに切り傷、左肩に浅い切り傷(応急手当済み)】
【備考:遠野美凪について調べる】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残り:0本)・新聞紙・支給品一式)】
【状態:呆然】

吉岡チエ
【所持品:支給品一式】
【状態:呆然】

春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・アヒル隊長(1時間20分後爆発)・他支給品一式】
【状態:気絶、全身打撲、数ヶ所に軽い切り傷(どちらも大体は治療済み)】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品1:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)・スペツナズナイフ】
【所持品2:鉈・包丁・他支給品一式(2人分)】
【状態:陽平を抱いている、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)】


川澄舞  死亡

住井護  死亡

ウォプタル
【状態:千鶴の近くにいる】


【備考:舞の日本刀・木彫りの星・志保と護の投げたナイフ計3本はそこら辺に落ちている】
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