つかの間の休息




「クソッ! ツキが落ちてやがる」
人目につかぬ森の中で岸田洋一は苛立たしげに吐き捨てた。この島に来てからというもの、一人として女を犯すに至っていない。
いや、正確には犯す寸前まではいけるのだがいつもそこで誰かしらの邪魔が入る。来栖川芹香のときもしかり、小牧郁乃のときもしかり。
郁乃の顔を思い浮かべたとき、岸田の脳裏に高槻の顔がよぎった。
何もかもがあのカスのお陰だ。せっかく手に入れたコルト・ガバメントも、S&W 500もあいつのお陰でなくした。
「奴さえいなければな…ちっ、何かあいつとは星の巡り合わせでもあるのか」
ふと岸田の記憶から、少年時代読んだとある少年漫画が思い出された。その漫画では度々ライバル――名前は忘れたがなんとかブランドーとか言ってたか――が主人公を追い詰めるのだが最後の最後に主人公に敗れ去ってしまう。
「馬鹿馬鹿しい…そんな漫画通りにいくか。しかし…確かに俺はあのカスを侮り過ぎていたのかもしれんな…意外に知恵もあるし、それに爆発力もある」
何よりも、奴には岸田同様の躊躇の無さもある。敵と見定めた人間には容赦しない。そんな雰囲気があった。
「だが今度は失敗は無い…今この岸田は全てにおいて冷静だ。数々の失敗が、逆にこの俺を冷静にさせているのだッ」
岸田は気合を入れ直すとその辺にあった木にもたれかかり、次にどうするかを決める。
あのカス――いや、今からは高槻と呼んでやろう――は後回しにしておくとして…これからどうするか?
銃は欲しい。有ると無いとでは相手に与える牽制力が格段に違う。問題はいかにして奪い取るか、だが…
時間帯から考えれば、今は中盤戦。このゲームに乗っているにしろ乗っていないにしろ集団で行動している確率は大きい。現に、あの高槻とそのとりまきの奴らは行動を共にしていた。
マーダーも然りだろう。一人より二人で協力して殺しにいけば効率は遥かに良くなる。休憩を交代で取れるのもメリットだ。
岸田に集団で行動する、という選択肢はなかった。首輪がないのが大きい。大抵不審がられるだろうし、外せると嘘をついても必ず一人は疑いにかかるはず。


人の良い奴は、もう大体が死んでいるはずだからな…
ならば、乱戦に乗じて奪いにいくしかないだろう。集団で行動している奴らが戦闘に入った時がチャンスだ。では、どこで戦闘は起こりやすいか、ということになるが…
「村、が一番可能性は高いが…」
岸田としては、室外戦よりは室内戦の方が性に合っている。大体、今まで一人も殺せなかった時は、いつも室外での戦いだったじゃないか。
「ちっ…面倒だが村に向かうしかないか」
そう言って山を下りようとした岸田に、ある建物が目に映った。民家だ。
「家か…そう言えば、ずっと歩き詰めだったな。少しくらい休憩を取ってもいいだろう」
休息も重要。ヤる段階になってから体力がなくなってできませんでしたという事態になっても困る。
岸田は山を下りると、誰かがいないかと注意を払いつつ侵入する。幸いなことに、誰かがいる形跡もなかった。
まずは武器がないかと探しまわったがまともなものがない。恐らく、先に侵入した人間に持ってかれたのだろう。まぁ、これくらいは想定の範囲内だ。休憩できればいい。
しかし毛布くらいは欲しいと別の部屋を探していた岸田は、奇妙なものを見つける。
「こいつは…ずいぶん古い型のパソコンだな」
でかいディスプレイにキーボード。まさかな…とは思うが念の為に起動してみる。
ガガガガガ…
「遅い…って、やっぱWindows95かっ! 旧式にも程があるだろうがっ! このポンコツ!」
蹴り飛ばそうかと思ったが、『タンスの角に小指をぶつけた』ような事態を想定して、止めた。
「頭を冷やせ…今の俺は全てにおいて冷静冷静…」
心頭滅却しつつ操作できるようになるまで待つ。ようやく操作できるようになったところで、何か有用なプログラムはないかと探す。
「む…? channel.exe…? ちゃんねる…まさかな」
ダブルクリック。すると、見覚えのある壺が岸田の目の前に表示された。
「随分とウィットに富んだジョークだな、このパソコンは…」
どう考えても2ちゃ○ねるのパクリだった。失笑を浮かべつつ一応覗いてみる。
「何だ、ちゃんとしたスレもあるんじゃないか。死亡者…俺には関係無いな。自分の安否を報告するスレッド…か。こっちはどうだ?」


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1:藤林杏:一日目 12:34:08 ID:ajeogih23
 自分が今、どういう状態にあるか、報告するスレッドです。
 報告して知り合いを安心させてあげてください。

 私は、今は無事です。さしあたっては当面の危機もありません。
 それから、私は積極的に人を殺そうとは思っていません。攻撃された場合は別ですが。もし、あたしを見つけても撃たないでね。

 みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう!
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「ちっ…吐き気のするような甘い女だ…こんなのばっかりか」
悪態をつきつつ、下へと読み進めていく。すると、興味深い書き込みを見つけた。
岡崎なる人物が、鎌石村の役場へ来るように求めているのである。
「相変わらず甘い考えだが…利用させてもらうか。知らない奴でもいいらしいからな…」
岸田の狙いはこうだ。のこのこ集まってきたお人好しのバカどもを、気付かれないように殺しつつ武器を奪う。それに役場の中ということは…岸田にとっても有利に戦えるということだった。
「その次は…高槻に復讐だ。最初に会った時に俺を殺しておかなかった事を…必ず後悔させてやるからなぁ!」
憎しみを交えた笑みを浮かべつつ、パソコンの電源を切る。
しかし、まだ夜も明けていない。14時ということはまだ時間もある。少し休憩してから、役場に向かうとするか…
もう一度部屋を探して毛布を見つけてから、岸田は一時の休息についた。




【時間:2日目05:45】
【場所:E-8、民家】

岸田洋一
 【持ち物:鋸、カッターナイフ、電動釘打ち機8/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】
 【状態:切り傷は回復、マーダー(やる気満々)、少し睡眠を取る】
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