「もう少しで山頂に着くな…」 コンパスと地図を片手に巳間良祐は神塚山を登っていく。 ちらりと南の方に目を向けると氷川村がはっきりと目に見えた。 (やはりこの山ならば島全土に信号を送ることができる……) 首輪の管制装置、あるいは施設の捜索に乗り出したころから良祐は無駄に口を開かなくなった。 うっかり首輪の管制機を探しているなど口にして、それが盗聴され主催者の耳に入ってしまったらそれこそ一環の終わりだ。 「………風も出てきたな」 山頂に近づくにつれ風も出てきていた。 着ていた黒いコートがバサバサと風になびく。 「―――ん?」 ―――その時、彼は出会った。 自身のコートのように緑色のおかしな服をバサバサと風になびかせてこちらの姿を見つめる少女――朝霧麻亜子に…… 「………」 良祐の姿を見つめる麻亜子は終始無言だった。 (先客――いや違うか……) 自身と同じ考えの者かと最初良祐は思ったが、すぐに否定した。 このような場所に1人でいる者など決まっている。ゲームに乗った奴以外誰がいるのか。自身と同じ考えを持つ者ならこの様な場所で待ち伏せなどしない、と。 「………」 麻亜子と目が合う。それでもお互いは終始無言であった。 ――沈黙を破ったのは麻亜子の方だった。 「よう。こんにちはお兄さん。いい天気ですなあ」 「…………」 良祐は黙って麻亜子を睨みつける。 (―――今こちらには武器が無い。相手のペースにはまったら確実に俺は死ぬ) 「こんな所にわざわざ1人で来るなんてキミも物好きだねぇ。もしかしてあたしを探していたのかい?」 「…………」 「ははは。さすがにそんなわきゃーないか」 「…………」 「……おい。さっきから何じろじろ見てんのさ? ああ、判った。スカートの中を覗きたいんだな? あたしのパンツを見たいんだな? だけど残念ながらこの下はスクール水着なんだにゃ〜コレが!」 そう言って麻亜子は自分のスカートを大胆にバッとめくり上げる。 ―――確かにスカートの中はスクール水着だった。 「ま〜これはこれで一部の人間には萌え萌え〜なんだが………ってアンタ。さっきからずっと黙ってるけど何とか言ったらどうなんだい!?」 自身に何も反応を示さない良祐にしびれを切らしたようで、麻亜子は良祐をビシッと指差した。 「――生憎だが今の俺は殺人鬼に話す舌は持っていないのでな………」 「あらら。やっと口を開いたと思ったら酷いこと言うね君も。 ……でもさ。君だって殺人鬼だったころの自分の殻を今でも着ているじゃあないか」 「!?」 その言葉にピクリと反応してしまう。 「図星みたいだねえ。どんな理由があって足を洗ったのかは知らないけど、今でも君からは血と硝煙のにおいがプンプンするよ〜?」 「………なるほど。これが自己嫌悪というやつか。貴様を見ているとかつての自分を見ているようで気分が悪くなる」 「そうだろうねえ。似た者同志が近くにいると気が合うって言うけど、それは近親憎悪の裏返しみたいなもんさ。 …まあ人間社会ってもともとそういうもんの集まりなんじゃない?」 ははは。自分でも難しすぎて何言ってんのかさっぱりわかんねーや、と言って麻亜子は自分の頭をぽかんと叩いた。 「これ以上用が無いなら俺は行くぞ」 「そうだね。あたしも何時までも君に用はないよ。だから逝け!」 その言葉と同時に麻亜子はデイパックからボウガンを取り出し良祐に向けた。 「―――っ!」 良祐は咄嗟に自分のデイパックを前に放り投げた。 バスッという音と共に投げたデイパックに1本の矢が生えた。 「―――悪いが俺は死ぬわけにはいかない」 そう吐き捨てると良祐はすぐさま来た道を引き返す。もちろん麻亜子も獲物を逃がすつもりはない。 「だけどそうもいかないんだにゃ〜これが。死ねよやー!」 再び良祐めがけボウガンから矢が放たれる。 バスッ! 矢は真っ直ぐ良祐の背中に命中した―――と思われたが、矢が刺さったのは良祐の着ていた黒いコートだけであった。咄嗟に脱ぎ捨てたのである。 (――これでこちらの手の内は全て使い果たしてしまったか……だがこの距離ならばもう逃げ切れる) ちらりと良祐は後ろを振り返る。麻亜子と良祐の距離は既に20メートルは離れていた。 ボウガンは確かに強力な武器に違いないが、銃とは違い射程はそう長くはないしいちいち装填する必要もある。良祐はそこに目をつけたのだ。 後ろでは麻亜子がボウガンに次の矢を装填しようとデイパックに手を入れていた。 (こういう状態での装填は慌ててしまい時間もかかる。これでまた距離が広がるな……) 良祐は顔を前に戻す。前方には氷上村が見えた。 ――――ズドン! 突然良祐の背後から音が聞こえた。大きな音だった。 「…………あ?」 同時に背中と胸から激痛がした。 「…………………」 痛みがする場所に手を触れる。 ―――手が真っ赤に染まった。 「がは……」 次の瞬間、良祐は口から血を吐いて大地に膝を着き、そして倒れた。 撃たれた。それも大口径の超大型拳銃に。良祐はすぐに理解した。 「やれやれ。逃げ足の速い子だね君も。はあ〜…本当は使いたくなかったんだけどにゃ〜これ。弾あと2発しかなかったんだぞう…」 いつの間にか追いついてきていた麻亜子が手に持っていたソレを良祐にちらつかせた。 ―――デザートイーグル.50AE。 別名『ハンドキャノン』という名を持つソレから放たれた50口径の弾丸が良祐の肉体をいとも簡単に貫いたのだ。 「はは……まいったな。まさか…そんな隠し玉を用意していたとはな……」 こんな状況でも良祐は思わず苦笑いをした。 (――やられた。出会った時から既に俺はこの女のペースにはまっていたのだ。しかし、それに気づくのはあまりにも遅すぎた……) 「君は道を誤ったんだよ。君みたいなマーダーの出来損ないは粛清される運命にあるのさ」 「―――粛清か……確かに、俺にはふさわしい末路かもしれないな」 「最初にこのゲームに乗った瞬間からあたしたちはもう人殺しなのさ。何人殺そうが、途中別の道に歩んでも結局は人を殺したことに変わりはない。 手についた血のアカは何時までも……一生かけても落とせないのさ」 「………道を誤ったか。そうかもしれないが、俺はそのことに後悔はしていない。たとえ僅かな時間でも……俺は…死んだ妹の分まで生きようと思えたんだからな………」 「妹?」 「……晴香という。まあアンタには関係ない話だがな」 ……本当は関係あるんだけどな、と麻亜子は言おうとしたが言わないでおいた。散り逝く者への麻亜子なりのせめてもの気遣いである。 そう。彼女の義妹、巳間晴香の命を奪ったのも他でもなく麻亜子自身なのだ。 兄妹揃って馬鹿だな、と麻亜子は思った。 「……そういえばさ。馬鹿となんとかは高いところが好きっていうけど、君はどっちだったのかねえ?」 「――馬鹿だろうな………」 「そうだね。あたしも馬鹿だ……って勝手に決めんなコノヤロー!」 「はは……さて。どうやら……迎えも来たみたいだな………」 「ふぅん。妹さんかい?」 「さあな………おい。娘ちゃん。最後に同じ殺人鬼から1つアドバイスしてやるよ」 「ほう。何かね?」 「――俺みたいに…道を誤るんじゃないぞ糞餓鬼………」 風でスカートをバサバサとたなびかせながら朝霧麻亜子は山を下りていく。 (やれやれ……まさか兄妹揃ってクソガキと言われるとはね………) 麻亜子は良祐と晴香が最期に自分に言った言葉を思い出していた。 (クソガキなら世界NO.1エージェントの彼がこの島にはいるではないか) ふと足を止めて空を見る。道を誤った結果、哀れな最期を迎えた殺人鬼が召されていった場所だ。 ……本当に天国は空の彼方にあるのかは麻亜子にも判らないが。 ―――結局あの男は遅すぎた。気づいたときには高いツケを払わなければならなかったのだ。 (まあそれはあたしも同じだけどね……だれがあたしにそれを払わせるかは知らないけど………) 再び足を進める。その先には氷川村が見える。 「言われなくてもあたしは道を誤りはしないさ。だって殺人鬼と修羅は違うんだからね………」 麻亜子のその言葉は誰の耳にも入ることなく空の彼方へと吸い込まれていった。 朝霧麻亜子 【時間:2日目・午前8:45】 【場所:F−5・6境界南】 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:マーダー。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている。氷上村方面へ移動】 106 巳間良祐 【死亡】 【備考】 ・良祐のデイパックは放置 - BACK