決意のその先に




「ねえ、杏さん」
「なに?」
「もしさ、自分の体が手榴弾で吹っ飛んだとしたらどうする?」

何気ない日常の会話をすかのように、柊勝平はこの話題を振った。
振られた藤林杏にとってはたまったものではない、気味の悪いものだが。

「やだ、そんな・・・どうもできないわよ。そんな怖い例え話しないでよ勝平さん。それより・・・」

愛想笑を浮かべながら、話題を転換しようとする杏。だが、勝平はそれを許さない。

「いや、でもさ。それ実際にあったことだから。・・・凄い痛かったんだよ」

彼の口調にふざけた感じが抜けたことに対し、杏も何か感じ取ったのだろう。押し黙った。
それは、静かな校舎を二人が歩き出しいくらかの時間が経過した時だった。

結局はこのような組み合わせになり、校舎の探索は行われることになり。
杏と勝平は右側から、残りの二人は反対側から。一つ一つの教室を確認していくことになる。
正門から入った所にある掲示板に、校舎の見取り図は貼られていた。それにより線対称的な作りになっていることが分かり。
階段もそれぞれ三箇所、右端、左端、真ん中とあったので移動するにも支障はない。
これならうまく、効率よく事が進むはずだと。相沢祐一も、楽観的に笑った。杏も笑った。
勝平も笑った・・・が、彼の場合は違う意味で。それは、杏と二人っきりだという非常に良いシチュエーションを手に入れたことに対する喜び。

ただ一人、神尾観鈴だけは俯いていた。
しょげているその様子の理由は分かっている・・・時々向けられる、子犬のような視線がそれだと勝平も勿論気づいている。
だが、それを無視して彼は杏の手をとった。

「きゃっ!勝平さんってば中々大胆ね」

何と言ったらよいのか。やはり言葉が上手く紡げず、勝平は観鈴を避けるように杏と二人進路を取る。
寂しそうな彼女を見ないようにしてこの場から離れていく勝平、そんな彼の様子をどこか微笑ましそうに祐一は見送った。




探索を始めて数十分経った頃であろうか、勝平がその話題を振ったのは。
それは保健室を抜けて、一階の一番右端である証拠の階段傍に辿り着いた時だった。
ここまで特に会話も無くもくもくと辺りを探っていたので、思ったよりも響く自分の声に勝平は内心驚いた。
杏はというと、彼の突拍子の無い様子に驚いて固まるだけであり。
そんな彼女を面白そうに眺め、そして。勝平は、言う。

「ずっと待ってたんだ、この時を。・・・杏さん、懺悔の時間は終わったかな?」

笑みが思わず漏れる、そう。待ちに待ったこのチャンスに武者震いでも起こりそうだった。
電動釘撃ち機の照準を彼女に合わせると、その瞳はますます見開かれた。その変化が快感だった。
彼女をこのような目に合わせることができるということに対する、満たされる感情。
この、充実感。体の中を走る爽快感、これから起こることに対する期待も全て含め。勝平の心が喜びで埋め尽くされようとした時だった。

「・・・勝平さん、何を言ってるの?」

それは、恐怖心の微塵も含まれていない台詞。
まるで『頭大丈夫?』的な視線を送られてしまい、途端勝平の精神状態は焦燥に包まれた。

「え、な・・・」

思わず言葉を失うが、そんな彼の様子お構いなしに杏はまくしたてた。

「あのねー。実際あったって言われても、それが何を指しているのかさっぱり分からないんだけど」

眉を吊り上げ、腰に手をあて。ちょっと説教モードに入ってるかの如く、彼女は勝平を見やった。

「や、だから杏さんがボクに投げ返した手榴弾がボクに当たって・・・」
「そんなことしてないわよ」
「したの!あんたが覚えてないだけでしたんだよっ!!」
「・・・勝平さん、頭大丈」
「大丈夫!!」
「っていうか勝平さん、投げ返したってことは勝平さんが私に手榴弾投げたのよね?それって自業自と」
「五月蝿いっ!!」

何故分かってくれないんだと躍起になる勝平を見やる杏の視線は、冷たく。
・・・それはそうだ、いくら勝平が「覚えていた」としても、杏は「覚えていないのだから」。
あくまで一方通行なのである、だがそんな当たり前のことすらも興奮した勝平は理解しようとしていなかった。
高ぶる思考は目の前の敵の排除だけを求める、勝平は追い詰めるように電動釘撃ち機を構えたまま杏へと近づいた。

「怖いだろ、助けを呼んでもいいんだぜ?こんなボロ校舎なら、反対側にいる相沢にだって届くだろうよ」
「・・・そんなの、必要ないわ」
「はぁ?」
「勝平さんが私を撃つはずなんて、ない」
「な、何でそんな言い切るんだ」
「言い切るわよ!そりゃ自分勝手でエゴの強い所はあったとしても、あなたがそんなことするなんて思わないもの。
 ・・・それに、あなたは椋の大切な恋人。椋が信頼する人を、私が疑ってどうするのよ!」

杏が叫んだのと、ガガガガッ!っと電動釘撃ち機が連続して撃たれたのは同時であった。
胸を横一直線に走る無数の釘、よろよろと膝をつく杏に向かって、勝平は言い放つ。

「撃てるさ。それだけのことを、あんたにされたんだからな」

見下す視線は、あくまで冷徹であった。
荒い息をあげ、そんな勝平と目を合わす杏。勝平は馬鹿にするような笑いを浮かべながらも、今度は彼女の頭に電動釘撃ち機突きつけた。

「・・・ボクが憎い?憎いだろ、くやしいだろ。ざまあみろ、裏切られて腹がたっただろ?」

だが。そんな勝平の言葉にも、杏はふるふると力なく首を振り続けた。

「何でだよ・・・命乞いとか、もっとこう・・・することがあるだろ?!」

首を振り続ける、胸から滴る血の量は尋常でなく彼女が助からないことは明白である。
でも、それでも。恨みの一つでも吐いて貰えれば、それだけで良かった。
へたり込み、後ろに倒れるその瞬間まで彼女はずっと首を振り続けていた。
・・・その頑なな意思表示に、戸惑いが溢れる。

「どうしてだよ、こんなんじゃ・・・こんなんじゃ・・・」

何のために、殺したのか。勝平がうろたえていた時だった。

「よう、仲間割れかい?危ないねぇ、こんな所で」
「え・・・」

突然かけられた声に振り返ろうと思った時には、体は既に冷たい廊下に投げ出されていた。

「なっ・・・?!」

圧し掛かっきたのは若い男、抵抗しようにも首にカッターナイフを即座にあてられ身動きができなくなる。

「おー、上玉上玉。こういう綺麗な顔が泣き叫ぶ所、見たいもんだぜ・・・」
「は?」

濁った視線を送られ固まる。そんな勝平の様子を、岸田洋一は楽しそうに見下した。




柊勝平
【時間:2日目午前1時45分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・右端階段前】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:岸田に押さえつけられる】

岸田洋一
【時間:2日目午前1時45分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・右端階段前】
【所持品:カッターナイフ】
【状態:少し勘違い気味】

藤林杏  死亡

杏の持ち物(拳銃(種別未定)・包丁・辞書×3(英和、和英、国語)支給品一式(食料少し消費))は放置
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