間違った愛の形




北川潤、遠野美凪、広瀬真希の3人は仲間を求めて村を徘徊していた。
しかし…
「うーん、人っ子一人いないな…」
手にショットガンを握りつつ、北川は溜息交じりに呟いた。
「そうね…平和なのは良い事だけど…」
真希もワルサーP38を手にしながらそれに答える。
彼らは工場の周りを探し回ってみたが、人と会う事はおろか誰かがいた形跡すら見つからなかった。
「もう少し南の方を探してみるか?海岸沿いはまだ調べていないしな」
「もっと北の方が人がいそうじゃない?」
「町の中心らへんは最後に調べた方が良いと思う…一番人が集まりやすい分危険な場所だからな」
「…そうですね。ゲームの乗っている方以外が好き好んでそんな所に滞在するとは思えません」
「分かったわ。じゃ、潤の言うとおりにしましょうか」
「おう」

スムーズに次の行動が決まる。
真面目な時の北川の判断は的確だった。
それはこの島で1日中行動を共にしてきた真希も美凪も感じている事であり、もはや彼女達の北川への信頼は絶対的なものだった。
今回も北川の判断は的確だった。ただ―――運が悪かっただけなのだ。
彼らが向かった先には鬼が存在していた。
厄災は何の前触れも無く唐突に訪れた。


「こっちにも人がいないわね……」
真希がそう呟いた時だった。
「―――人ならいますよ?尤も、あなた達にとっては人というより鬼でしょうけどね」
「…えっ?」
ダダダダダッ!!

「きゃぁぁっ!」
「ぐはっ………」
背後から聞こえた声に一同が反応して振り向くより早く、マシンガンの掃射は無慈悲に行なわれた。
背中に突然の衝撃を受けた彼らは為す術もなく地面に倒れ伏した。


「残念でしたね、出会えた人間が私のような者で」
彼らを撃った張本人、柏木千鶴は倒れている彼らを一瞥もせずその荷物を奪い取るべく距離を縮めてゆく。
千鶴はこんな少年・少女の命を奪う事に痛みを感じないような強い心は持っていない。
しかしだからこそ彼女は敢えて非情に徹していた…情けをかければ余計に辛くなる事をもう知っていたから。
「あら…?」
彼らが倒れている地点まで後5メートル程度の所にまで来て、千鶴は何かの違和感に気付いた。
「血が…流れていない…?」
倒れている北川達の体からは全く血が出ていなかった。
(撃たれたからと言って噴水のように血が噴き出すのは漫画の世界の話に過ぎません。ですが、だからといって全く血が出ないなんて…?)
疑問の答えを探し出そうと頭の中を情報を検索する。だがその最中、千鶴にとって最も愛しい人の叫び声が聞こえた。
「千鶴さんっ!」
「……?」
千鶴が振り向いた先には―――柏木耕一が立っていた。

   *   *   *   *
   *   *   *   *

(く、くそぉ……!)
俺が激痛に耐えながらも顔を起こすと、目と鼻の先で男と女が激しく言い争っていた。

「だから!何でこんな事するかって聞いてるんだよ!」
「耕一さん、貴方も分かっているでしょう!?こうしないと妹達を守れないのよっ!」
「違うっ!他に方法があるんじゃないのか!」

さっき聞こえた声は女の声だった…この女が俺達を撃ったんだと思う。
その手にはマシンガンのようなものも握られている。
これは起死回生のチャンスだ。奴らは口論に集中していて俺達の方に注意を払っていない。
でも…体が動かない。撃たれた場所が悪かったのか。
防弾性の服でも衝撃までは殺せない。立ち上がろうとしても体が上手く動いてくれない。
それでも今立たなくてどうする!そうしないと、真希が、美凪が、殺されちまう!


「うおおおおっ!」
背中から伝わる激痛を無視して雄叫びと共に立ち上がり、落としてしまったショットガンを探す。

―――だが俺の目に最初に映ったのは、包丁を手に女の背中目掛けて突き進む美凪の姿だった。


   *   *   *   *
   *   *   *   *


「だから!何でこんな事するかって聞いてるんだよ!」
「耕一さん、貴方も分かっているでしょう!?こうしないと妹達を守れないのよっ!」
「でもっ…他に方法があるんじゃないのか!」
俺は千鶴さんに詰め寄っていた。
千鶴さんのすぐ近くにはまだ高校生くらいの子供達が倒れていた。
何が起きたか考えるまでも無い。
家族を守る為の仕事を忠実にこなした結果がそこにはあった。

「方法?それはどんな方法ですか…言ってみてください」
「それは…殺し合いなんて馬鹿な真似は止めてみんなで協力するんだ。そうすればきっと…」
「巫山戯いでっ!そんな悠長な事を言ってるせいで楓は殺されてしまったのよ!」
「く……」
楓ちゃんの死を知るまで何も行動を起こさなかった手前、俺には反論が思いつかなかった。
何より俺自身、千鶴さんのやってる事が正しいのかもしれないという疑問を抱き始めている。
だが言葉に詰まっている俺は千鶴さんの後ろで長い髪の女の子が立ち上がるのを見た。
その手には包丁が握られている。
その子は千鶴さんに向かって駆け始めて……気が付くと俺は千鶴さんを守る為、弾かれたように動き出していた。


   *   *   *   *
   *   *   *   *



「うおおおおっ!」
突然聞こえた咆哮に、千鶴が向きを変える。
千鶴の視界には顔を苦痛で歪めながらも立ち上がる北川の姿と、今にも自身を突き刺さんと目前に迫る美凪の姿があった。

(―――――避けられない!?)
千鶴がそう思った時、彼女の横から耕一がハンマーを手に飛び出していた。
ドゴォッ!!
ズザザザザッ!!
渾身の力で振るわれたハンマーは美凪の脇腹を捉え、悠に数メートルは弾き飛ばしていた。
まるで車に轢かれたかのように美凪の体は地面を転がってゆき、やがてその勢いも止まり彼女はぐったりと倒れたままになった。
「あ…………」
自分のやってしまった事に気が付き、耕一の手からハンマーが落ちる。
制限されているとは言え、常人を遥かに凌駕した腕力でハンマーを叩きつければ―――殴られた相手の命運は決まっている。
「そ、そんな…俺は……俺は……っ」
耕一は顔面蒼白になり、頭を抱えていた。


「よくも美凪をーーーっ!!」
北川は怒りの絶叫を上げながらショットガンを拾い上げ、耕一に向けて構えた。
「耕一さん、こっちです!」
弾が発射される刹那、千鶴が耕一の手を引き北川達とは反対方向へ駆け出していた。
ドンッ!
それまで耕一がいた空間を散弾が切り裂く。
「うわああああぁぁ!!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
遠ざかっていく千鶴達に向かってショットガンを連打するが、怒りで照準が定まらない。
すぐにショットガンが弾切れを訴え、ガチッ!ガチッ!と音がするだけになった。


   *   *   *   *
   *   *   *   *



戦地を離れた千鶴は意気消沈している耕一から事情を問い詰めていた。
「…分かりました。つまり人を5人殺さないと、耕一さんと初音の命が危ないのですね?」
「……ああ。そうだよ…………」
「なら急がないといけません。さっきの女の子の名前は分からないから数には含めれないでしょうし……。
私が代わりに人を殺しに行ってきます。さしずめ私が戦った……川澄舞ちゃんでしたっけ?
あの人達は如何でしょう。名前も耕一さんが知っている事ですし、贄としては適任です」
千鶴は事も無げにそう言い放った。
人を殺すと簡単に言う千鶴に、耕一は怒りを抑え切れなかった。
「どうして……どうしてそんなに簡単に!!人を殺すなんて言えるんだよっ!!
俺はさっき人を殺してしまった!とても辛かったんだっ!」
耕一は叫び千鶴に掴みかかろうとした。
しかしある事に気付き、その動きはピタッと止まった。
千鶴は……泣いていた。その目からとめどもなく涙が溢れていた。

「貴方なら分かるでしょう……?私がどれだけ辛い思いをして、人を殺しているのか……!
私だって!こんな事したくないわよっ!
それでも!私には家族より大事な物なんてないからっ!
これ以上大切な人が死んだら私は壊れてしまうからっ!こうするしかないのよぉぉぉっ!!」
それはあまりにも悲しい叫び声、そして紛れも無い千鶴の本心だった。
千鶴の感情が痛いほど伝わってくる。
千鶴は……家族の為に心を凍らせ、ずっと一人で耐え続けてきたのだ。
その事は耕一も知っている。
だから耕一は覚悟を決め、その体を抱きしめた。

「千鶴さんごめん…俺自分の事ばっかりで………千鶴さんに酷い事言っちまった。
それに……千鶴さん一人にずっと頑張らせてしまった」
「耕一さん……」
「もう千鶴さん一人に重荷は背負わせない。俺も……背負うよ。
殺そう…二人で人を殺そう。みんな殺して、最後にこの島を脱出しよう」
「耕一さん……耕一さぁんっ!」

千鶴は耕一の胸に顔をうずめ、子供のように泣きじゃくった。
それは間違った愛の形…………しかし確かな愛の形と絶対の殺意が、そこにはあった。


   *   *   *   *
   *   *   *   *



「美凪ぃぃぃ!」
真希の悲痛な叫び声で北川は我に返り、慌てて美凪の元へ駆け寄った。
折れた脇腹の骨が内臓に突き刺さったのだろう。美凪は―――大量の血を吐いていた。
素人目にも致命傷と分かる程に。
「きた………がわ…さん……」
それはとても力の無い声だった。そして、また吐血。
「美凪…!大丈夫かっ!?」
北川が美凪の体を抱き起こす。
「ねえ潤、どうすればいいのっ!?どうすれば美凪を助けられるのっ!?」
「分からねえ……分からねえよっ……!!」
答えは一つ―――――もう手遅れ。
治療用の道具の持ち合わせは無い。
それ以前に二人は医術の心得など欠片も備えていない。
今の二人には涙を流す事しか出来ない。

「…き…た……がわ…さん……、ひろ……せさ…ん……。そこ……にいます…か……?」
「ああ、いるぞ!俺はここにいるぞ!」
北川は自らの存在を伝えるべく、美凪の体を強く抱き締める。
「ごめ……んなさい…、わたし…頑張った…けど……駄目……でした……」
「そんな事無いわよっ!美凪が頑張ってくれたから、今私達は生きているのよ!」
真希が滝のような涙を流しながら全力で否定する。
「よ……かった……」
血を吐きながら小さい声で、そう呟く。

「もういい美凪、これ以上喋るな……怪我を治してまた一緒に頑張ろうぜ」
北川はそう言ったが、美凪はその言葉を受け入れなかった。
「だめ…です……さいごに……おねがいが……あります…から……」
「何言ってるのよ、美凪……私に潤の世話を全部押し付ける気?」
「ああ、俺達は3人で一つだろ。お前がいなくちゃ始まらないよ」
美凪は答えない。その代わりに今までで一番たくさんの血を吐いた。
「美凪ぃぃぃ!!」
美凪は最後の力を振り絞るかのように、ゆっくりとした手つきで自身の十字架のペンダントを外し、小さく息を吸った。
「みちる……に……あの子に……会ったら……おいしい……ハンバーグを……たべさせて……あげて……ください……」
「…うん、任せてよ。知ってると思うけど、私料理は得意なんだから」
「ありが……とう……それと……」
「ああ、何だ?」

ペンダントを真希の手に握らせ、はっきりとした声で。
「二人共、絶対に死なないでください」

聖母のような笑みを浮かべ、美凪は目を閉じた。




北川潤
【時間:2日目10:10頃】
【場所:G−2下部】
【持ち物@:防弾性割烹着&頭巾、SPAS12ショットガン0/8発+予備弾薬16発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品一式】
【持ち物A:ノートパソコン、お米券】
【状況:号泣、背中に痛み】

広瀬真希
【時間:2日目10:10頃】
【場所:G−2下部】
【持ち物@:ハリセン、ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、携帯電話、お米券】
【持ち物A:美凪のペンダント】
【状況:号泣、背中に痛み】


遠野美凪
【持ち物:包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)】
【状況:死亡】


柏木耕一
【時間:2日目10:15頃】
【場所:G-2上部】
【所持品:日本刀・支給品一式】
【状態:マーダー化。舞達を狙う。首輪爆破まであと22:30】

柏木千鶴
【時間:2日目10:15頃】
【場所:G-2上部】
【持ち物:支給品一式(食料を半分消費)、ウージー(残弾18)、予備マガジン弾丸25発入り×4】
【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、マーダー。平瀬村を探索した後14時までに鎌石村役場へ。舞達を狙う】
ウォプタル
【状態:近くの民家の傍の木に繋いである】

【備考】
おにぎり1食分×3、ホテルにあった様々なもの(剃刀、タオル、食器、調味料、救急箱、その他諸々)、ワイン&キャビア、
同人誌の数々、スコップ×2、 色々なドリンク剤×6はG-2民家の中
大きなハンマーは北川達のすぐ近くに放置
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