「篠塚弥生さん……だったかな。どうした、私を襲いにでも来たのか?」 聖は皮肉気に言いながら身構え、ことみを庇うように彼女の前へと立つ。 弥生はその言葉に首を振り、困ったように笑みを浮かべると両手を掲げた。 その行為にホッと溜め息を漏らすがあくまで警戒は緩めなかった。 「妹さんのお名前……呼ばれてましたね」 弥生の言葉に眉をしかめながら、聖は重い口をゆっくりと開いた。 「そうだな……もう謝ることも出来ない」 「それをふまえて、放送を聞いてどう思われたでしょうか」 「願いを何でも……と言う奴のことだろうか?」 「ええ」 弥生の真意を測るように聖は言葉を捜しながら、そしてその口は明確に自分の意思を発した。 「真実であれどうあれ、私は医者だ。人を殺すなど考えらかったよ。 ――それに人を殺して佳乃が喜ぶとも到底思えないしな」 聖の返答に弥生は何も答えず、黙って目を瞑る。 何かを考えるようなしぐさの弥生を前に、場に訪れる数秒の沈黙――。 そして弥生は目を開くと羨む様な表情で聖に微笑みかけた。 「――道をしっかりもってらっしゃるんですね」 「そう言うわけでも無い。性分なだけさ」 返された言葉にゆっくりと顔を空に向け、誰に向かってでもなく弥生は訪ねていた。 「私にもそう言う生き方ができるんでしょうか――大好きだった人の死を忘れ、享受するなんて……」 物憂げにたたずむ弥生を見て、聖の心にどことなく安堵の色が灯っていた。 彼女は道に悩んでいる、そしてきっと変わりたいと願っている……そう考えた。 「今は無理かもしれない、だがそれは時が解決してくれる。心の傷とはそう言うものだ。あいにく精神科は専門外だが私はそう思うよ」 聖は佳乃の姿を想い零れ落ちそうな涙をこらえながらベアークローを外し、弥生に手を伸ばした。 だが、差し出された手を見ると戸惑うように弥生は頭を振る。 「――人を襲ってしまった私が変わることは出来るのでしょうか」 「――変われるさ。だからこうして私のところに来たのではないのかね?」 自惚れかもしれないがな……と自嘲するように笑う聖に再び首を振ると、弥生は差し出された手を取り無言で微笑んだ。 車を見つけたんですと促され、聖とことみは弥生の後を付いて行く。 大きな舗装された道に出るとそこには確かに黒塗りの車が止めてあった。 周囲を警戒するように三人は車に近づくが特に誰も襲ってくるようなことはなく弥生は運転席のドアを開けた。 続いてことみが後部座席へと乗り込み、聖は名雪をその隣へと横たえると助手席のドアへと手をかけ 「――トランクを開けましょうか? 荷物も一杯ですし」 尋ねた弥生の言葉に聖は後部座席をチラリと見る。 ――確かに少し窮屈そうなその車内に「そうだな」と返すと弥生が椅子の脇をごそごそといじるり、ガタン、とトランクの開く音が聞こえてきた。 ことみからバックを受け取りゆっくりと車の後方に回り込むと、開きかけたトランクを勢いよく開けようと手をかけ―― 「――なっ!!」 聖が手を触れる前にガアンとトランクが勢いよく開き、中には先ほど追い払ったと思っていた冬弥の姿。 その手には消防斧を抱えているのが見て取れ、距離を取ろうと慌てて後ろに後ずさる。 だが斧が振り下ろされるほうが一瞬早かった。 聖の左肩に斧がぐさりと突き刺さり鮮血が周辺に飛び散っていく。 「――くっ……」 すぐさま斧を抜き去ると再び冬弥が聖の身体へと斧を振り下ろす――が転げまわるようにすんでのところで回避し、斧は空を切るだけに終わった。 痛みに左肩を抑えるが聖の息は荒く、足に力は入らず立ち上がることすらは出来なかった。 「先生っ!」 聞こえた聖の呻き声にことみが慌てて車から飛び出した。 そこで見た光景に彼女は絶句し、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。 「なにをしている、逃げるんだ!」 思うように動かない身体に苛立ちを隠せず、聖は搾り出すように叫んだ。 「で、でも……」 「――いいからっ!」 遮るように再び冬弥の斧が襲い掛かるも、地面を転げ周りなんとかそれを交わす。 そして再びことみに目を向けた直後、後ろに立つ弥生の姿に絶望を感じた。 冷たい目、そして右手に握られた包丁――。 「ことみくん逃げろぉぉぉっ!」 聖の絶叫と共に、ことみは自分の背中が熱くなっていくのが感じた。 「……えっ?」 振り返ると感情を感じさせない瞳で自分を見下ろす弥生の顔。 ゆっくりと視線を下に降ろすと、包丁が背中に生えていたのがわかった。 時間差をおきながら襲ってきた痛みにことみの足から力が抜ける。 だがそれを待つこともなく弥生は包丁を引き抜くと、ことみの首に切っ先をあて一瞬で薙いでいた。 首を切られた痛みを感じるまもなくことみの意識は闇に落ち、力なくその身体が崩れ落ちていく―― 「――そ、そんな……」 未だ襲い掛かる冬弥の斧をギリギリで交わしながら、聖の目に映ったのは倒れていくことみの姿だった。 「何故だ……変わるんじゃなかったのか」 聖の搾り出すように発した問いに、今まで終始無言だった冬弥がゆっくりと口を開く。 「――あんたにだってわかるんだろう? ……大切なものを失った気持ちって奴は」 その言葉に大きく目を見開くも、反論しようにも出てくるのは荒い息だけだった。 出血は酷く、全身をけだるさが襲ってくる。 止めを刺しきれない冬弥を諌めるように手で押しのけると、弥生がゆっくりとした足取りで聖を見下ろし 「そんなに……器用ではないんです――私は」 右手にFN P90を握り締め、銃口を聖に向けたその表情はとても儚げで――悲しく微笑みながら引き金は引かれた。 元々残弾数の少なかったそれからはパラパラと短い音だけが響いたが、 発射された弾丸は真っ直ぐに聖の身へとめり込み、そして聖は僅かな呻き声と共に地にひれ伏す。 弾の出なくなったFN P90をその場へ投げ捨てると弥生は包丁を握りなおしゆっくりと聖へと近づいていく。 「――本当に、君達はそれで良いのか?」 口から血を吐きながらも聖が懸命に言葉を発する。 だが弥生は答えることもなく首を振ると、躊躇うこともなく包丁を聖の心臓へと突き刺した。 ピクピクと痙攣しながら聖の身体が蠢き、そして動かなくなるのをただ黙って弥生は見つめる。 右手からベアークローを抜き取り小さく頭を下げ――呟くように言うのだった。 「こうするしか私には道がないんですよ――」 動かない骸と化した聖とことみに背を向け、弥生はゆっくりとバックの中を確認するように開ける。 銃火器のようなものはなかったが何かと使えるものが揃っており、貰っていこうと思い立ち持ち上げた。 「弥生さん!」 冬弥が慌てたように叫んでいるのが聞こえた弥生は思わず冬弥の元へと駆け寄る。 彼が見ていた車の車内――そこに寝ていたはずの名雪の姿が忽然と姿を消していた。 「……探しますか?」 おおよそ感情の篭ってない言葉に冬弥は思わず躊躇しながら答える。 「……あんな子が由綺を殺したとは思えないし、生き残れるとも思えない」 そう答えたのは冬弥に残っていた良心の呵責からか。 甘い人だと考えながらもその通りではあると思い、深く追求することもなく弥生は頷いた。 聖とことみのバックを後部座席へと投げ捨てると運転席に乗り込みエンジンをふかす。 その行為に慌てて冬弥も助手席へと乗り込むとシートベルトを締めるのだった。 「それでは、氷川村へと向かいましょうか――」 ・ ・ ・ 「――何か聞こえないか?」 いきなりそう言った浩平の言葉に全員が耳を傾ける。 確かに遠くから何か聞きなれた音が聞こえてきた。 「これはエンジン音……?」 杏がボンヤリとながらにそれに答える。 「とりあえずなんだか良い予感はしねえな……隠れるぞ!」 高槻の言葉に慌てて全員は頷くと茂みの中へと身を隠す。 その数秒後、黒塗りの一台の自動車が彼らに気付くことはなく眼前を通過していった。 「車か……あれも支給品か? いいもんもらってるやついるじゃねーか……」 高槻はポテトを見ながら恨めしそうな目で見つめるとその頭をぽかんと叩いた。 ぴこぴこ文句を言っているが全く気にせず「行くぞ」と促すが、浩平と杏は一瞬車の中に見えた人物にそれぞれが考えていた。 (あれは藤井冬弥――?) (藤井さんのように見えたけれど……) 「おいっ! 置いてくぞ!!」 苛立つような叫びが響き、その場に取り残された形になった浩平と杏が思考を中断すると慌てて高槻達に駆け寄っていった。 ――そして数分後彼らが見たものは事切れた聖とことみの死体だった。 【時間:2日目11:00】 【場所:C−6東部】 篠塚弥生 【所持品:包丁、ベアークロー】 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】 藤井冬弥 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】 【時間:2日目11:15】 【場所:C−6観音堂前】 正義の波動に目覚めはじめた高槻お兄さん 【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光一個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、ほか食料・水以外の支給品一式】 【状況:岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意、聖とことみの死体を発見】 小牧郁乃 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】 【状態:聖とことみの死体を発見】 立田七海 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】 【状態:気絶(睡眠)中。今は浩平の背中に】 ほしのゆめみ 【所持品:忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】 【状態:左腕が動かない、聖とことみの死体を発見】 折原浩平 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】 【状態:全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)。聖とことみの死体を発見】 藤林杏 【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】 【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】 【状態:聖とことみの死体を発見】 水瀬名雪 【所持品:なし】 【状態:いつのまにか逃亡、後続任せ】 霧島聖 【状態:死亡】 一ノ瀬ことみ 【状態:死亡】 【備考】 ・FN P90(残弾数0/50) ・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい) ・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア・携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付き) ・冬弥のデイバック(支給品一式) ・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料少々) 上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分で道なりに氷川村→平瀬村へと向かう予定 - BACK