迷走




「まずは電池の確保よねぇ…」
柳川裕也と激戦を演じた来栖川綾香は一路氷川村へと進路を取っていた。

浩之達から奪い取ったレーダー………これはこのゲームに於いてある意味最強の武器といえるかもしれない。
何しろこのレーダーさえあれば敵の位置を一方的に把握出来る。
敵の虚を付く事も容易いし、逆に虚を付かれるような事態は避けれるだろう。
しかし…万が一大事な場面で電池切れなどという憂き目にあっては死んでも死に切れない。
そこで予備の電池(綾香が調べた所このレーダーは単3電池を使用しているようだった)を探そうとしていた。

綾香は考える、レーダーさえあればこれ以上の情報収集はもう不要だと。
人が集まりそうな場所をレーダーを持って徘徊していれば、いつかは怨敵を発見する事が出来るだろう。
綾香の標的はゲームに乗っていた、ならば基本的には単独行動だろう………あの女の行き先を知っている人間はいないと思う。
名前くらいなら知っている者がいるかも知れないが、今その情報にどれだけの価値があるというのか。
毎回出会い頭に問答をして余計な手間とリスクを負うのは愚かな行為だ。
折角手に入れたレーダーだ、最大限に活かさねば罰が当たるというものだろう。

もう集団に取り入る必要も無い、自分一人の力で問題無く優勝する事が可能だ。
これからは敵をレーダーで確認したら影から様子を窺い、無理なくやれるようならやる。
危険そうな集団ならばやり過ごせば良い―――無論その中にターゲットを見つけた場合は別だが。


「待ってなさいよクソガキ…絶対に生き地獄を味合わせてやる……!」
時間を置いても綾香の憎悪は薄らぐどころか一層強まるばかりだった。
氷川村へ向かう足も自然と早まってくる。
だがふとレーダーを覗いてみると、そこには自分以外にもう一つ光点が映っていた。

「誰か………凄い速さでこっちに来てる!?」
綾香は急いで少し離れた場所にある林の中に身を隠した。
そのまま辺りを観察していると、自分より幾つか年上に見える風貌の男が街道の向こうから走ってきた。
遠くて正確には分からないが、ハンマーのような物を握っているだけで銃は持っていない。
つまり格好の獲物だ。



(この距離だと自信は無いけど…迷ってる時間は無いわよね?)
林に隠れたまま、引き金に指をかける――――!!

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「くそ………くそぉっ!」
柏木耕一は全力で駆けていた。向かうは平瀬村―――しかし、有紀寧の言った通りに動くつもりなど毛頭無かった。

人殺しなどしない、出来る訳が無い。大体これまで俺は何をしようとしていた?
殺戮に走った千鶴さんを止めようとしていたんじゃないか!
そんな自分が人殺しをするなど馬鹿げている。
だが自分一人ではもうどうしようもない状況なのもまた事実だった。

だから今は仲間が必要だ。
平瀬村には以前行動を共にしていた舞達がいる筈だった。それに柳川も向かっている。
このクソゲームの中でも自分を見失っていない信頼出来る奴らだ。
彼らと力を合わせ―――有紀寧を何とかして出し抜く。

―――大丈夫、まだ時間はたっぷりある。
―――大丈夫、所詮相手は非力な女の子だ。

「そうさ、きっと何とかなる。何とかしてみせる…!!」
まるで自己暗示をかける様に自らに言い聞かせながら耕一は走り続ける。
しかし街道は移動の際に利用する人間が多い。
即ち敵に襲われるリスクも高いという事である。
冷静さを欠いていた耕一はその事に気付いていなかった。


ぱららららら……

突然銃声が辺りに響き渡る。
直後、耕一のすぐ後ろの地面がまるで線を描くかのように順番に弾け飛んだ。

「て、敵かっ!?」
耕一は驚いて立ち止まりかけたが―――それは自殺行為だと気付いてすぐに再び走り出した。

ぱららららら……

再び銃声が響き渡る。
しかし咄嗟の判断が功を奏したのか、再び放たれた銃弾の群れも彼を捉える事は無かった。
第3射は―――無い。きっと弾切れだ。
しかし敵が一時的に弾切れを起こしていようとまだ予備の弾丸があるかも知れない。
この場は走り続けるしか無かった。

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「ああ、もう!やっぱり駄目だったわね」
一人残された綾香は心底悔しそうに呟いた。
銃器に関しては素人の彼女では、離れた場所を全力疾走している相手を射抜く事は適わなかった。
綾香は追撃するか悩んだが結局それはしない事にした………相手の逃げる方向は自分の行き先とは反対方向だったからだ。
あのような隙だらけの行動を取っている男では長生き出来ないだろう、自分が手を下すまでもない。
そう考えた彼女はすぐに気を取り直し、氷川村目指して歩き出した。


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綾香の銃撃を凌いだ後も耕一はそのまま走り続けた。
脇目も振らず己の全てをその脚に籠めて駆け抜ける。
後ろから誰かが追ってくるような気配もしない。

(何て奴だ…いきなり撃ってくるなんて……!!)
余りにも一方的な攻撃に耕一は怒りと焦りを覚えていた。
襲撃者の姿を確認する余裕は無かったが、間違いなくゲームに乗っている人間だろう。
そいつは全く容赦する事なく狙撃してきたのだ。
耕一もほんの数時間前に流れた放送は聞いている。
もう3分の1以上……多分今はもっと多くの人間が殺されてしまったに違いない。

この島にはさっきの襲撃者のようなやる気になっている者が確実に何人か…もしかしたら何十人かという規模で存在する。
今も殺し合いはこの島の至る所で行なわれているのだ。
仮に有紀寧を打倒出来たとしても………根本的な問題が全て解決する訳ではない。
果たしてこの先ずっと人を殺さずにやっていけるのだろうか?
きっと無理だ、さっきの奴を殺さずに制止出来るとは思えない。

また……仮に仲間を作ったとしてもそのうちの誰かが裏切ったら終わりだ。
そう考えると千鶴のやっている事は、身内の生存確率を上げるという意味では最も効率の良い方法であるように思えた。
柏木家の人間なら絶対に裏切らない。それに自分達は普通の人間とは違う。
家族で力を合わせれば、他の人間がいなくても島からの脱出は可能なんじゃないか?という疑問が頭を過ぎる。
(なら俺もいっそ……)

『正当防衛なら、殺したって良いんじゃないか?』


そんな囁きが心のどこかから聞こえてくる。
それは仕方の無いことかも知れない。
自分だって死にたくは無いし、初音を救うという使命もある。
襲ってきた襲撃者を悉く殺していけばその両方を成す事になるのだ。

――なら今から戻ってあの襲ってきた奴と戦うか?
…………駄目だ。俺は銃を持っていない、近付く前に蜂の巣にされるのがオチだ。

――なら銃を持っていない相手なら勝てるんじゃないか?
それは……勝てる。そうさ、近接戦なら俺は柳川にだって負けない自信がある。

――でも……銃を持っていない奴が襲撃を仕掛けてくるだろうか?
それは確率が低い。序盤ならともかくここまでゲームが進んでしまった今では、ゲームに乗った奴は強力な武器を手に入れているだろう。

……けど、俺は銃を持っていない奴らを知っている。4人もいるのに銃を一つも持っていない奴らを、だ。
何故攻撃の対象を襲撃者だけに絞る必要がある?舞達を殺せば、後一人殺すだけで初音ちゃんは救えるんじゃないのか?
舞達の命と初音ちゃんの命、どっちが自分にとって大切だ?

……
……
…

「―――駄目だっ、何を考えているんだ俺は!」
恐ろしい方向に進みかけた思考を慌てて停止させる。

鬼の殺戮衝動にも耐えた自分がそんな簡単に狂気に身を任せて良い訳が無い。
今は襲われたばかり……一歩間違えれば命を落としていた。
だからそんなネガティブな考えが生まれるんだ。
なら今は何も考えないでおこう。ただ走り続けよう、平瀬村へと。

そう強引に結論付けて、耕一は考えるのを止めた。




柏木耕一
【時間:2日目9:35頃】
【場所:H-3街道】
【所持品:大きなハンマー・支給品一式】
【状態:錯乱気味、平瀬村へ。首輪爆破まであと23:10】


来栖川綾香
【時間:2日目9:00頃】
【場所:I-5街道】
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×4)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数3・レーダー】
【状態@:氷川村に行き電池の探索。右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【状態A:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】
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