冬弥は貴明に撃たれた傷を抑えながら鎌石村の道をふらつきながら歩いていた。 「――なにやってるんだろうな、俺は」 勢い込んで人を襲ったのにもかかわらず、結果は武器は失い、自らは怪我を負っただけ。 それでも由綺を殺した人間に対する憎悪は止まなかった。 ポケットに残った十円玉を取り出すとぎゅっと握り締める。 痛みに耐えながら歩く道すがら、気が付くと昨日訪れた消防分署が目の前にあった。 「そう言えば昨日もこの道を通ったな……」 奇妙な縁で知り合った自分の隣にいた少女のことを思い出した。 どこかマナに良く似たその風体を頭の中に描く。 「……七瀬さんはどうしているのかな」 去り際の呆然と泣き出しそうな顔が冬弥の脳裏を駆け巡る。 「だからなんで今更七瀬さんの顔が浮かぶんだ……次に会っても殺すことになるだけなのに」 考えるのを拒絶するように頭を振りながら呟いた――その直後、彼を手伝うように異音が辺りに響き渡る。 「――!?」 その音に冬弥は慌てて分署の壁へと身を隠すように移動する。 鳴り響く重いエンジン音と共に一台の車が分署の前に停車すると、中から一人の女性が降りてきた。 「――そこにおられるんでしょう? ……藤井さん」 見つかっていたのかと舌打ちをした冬弥だったが、聞き覚えのある声と呼ばれた自身の名前にそっと壁から身を乗り出すと そこにはもう帰れない日常の世界の住人であったはずの篠塚弥生の姿があった――。 「っつっ……」 促されるように車に乗り込み、怪我の手当てを受ける冬弥の顔が痛みに曇る。 だが意にもせず弥生は黙々と応急処置を続け包帯を巻いていた。 その間二人の間にはずっと沈黙が流れ付ける続ける。 胸に去来する共通の想い。由綺を失った悲しみとその怒りの矛先はおそらくまったく一緒だろう。 敢えて冬弥は何も言わなかった。 きっと弥生さんはゲームに乗った。 俺も乗ったものと考えているが、それでも目的は一緒だからとこうやってくれているんだ――。 「誰に……」 弥生の手が止まり、ポツリとつぶやく様に尋ねる。 「誰にやられたんですか?」 「――河野貴明って名乗ってたかな……あとは攻撃されたわけじゃないけど霧島聖って女性も。 この二人は由綺を殺した奴じゃ無かったわけで……情け無い話ですけどね」 冬弥の答えた名前に少し驚いたものの、納得したような顔で「そうですか」と小さく返すと、救急箱に使い終わった包帯を仕舞い蓋をする。 「一つ確認してもよろしいでしょうか?」 いつもスタジオで見せていた表情でありながら冷たく悲しい色を瞳に灯しながら発せられた問いに冬弥は首を振りながら答える。 「言いたいことはわかりますよ。間違いなく弥生さんの想像通りです」 冬弥の返答に少し寂しそうに、だが愁いを帯びた表情で弥生は笑った。 「差し支えなければご一緒してもよろしいでしょうか?」 「――別にかまわないですけど、武器も何も無い、それに怪我もしてる……足手まといでしかないですよ」 弱気な冬弥の発言に少し苛立ちを覚えたものの、服の裾をめくりさきほど聖から治療を受けた傷痕を見せながら言った。 「――それは私も同じですよ。それもあの方につけられたものだって言うのですから恥ずかしい限りです」 「もしかして英二さん……?」 コクリと頷きながら視線を逸らすように空を眺め言葉を続けた。 「――やはりあの方は強いです……意思も、言葉も、行動も、全てが私とは大違いで……。 でも……由綺さんを失った私に何が残るんでしょうか。別のやり方って言うのは何なんでしょうか……」 それは俺も同じです――と言いかけて冬弥は口をつぐんだ。 言葉にしたら決心が揺らいでしまう気がした。 おそらく彼女も迷っていたのだろう。 だが『優勝すれば望みは全て叶う』と言う主催の言葉を信じて動こうとしているんだと。 自分はそんな言葉は信じて無いし、誇れるような立派な行動理念も無かった。 「――俺は」 ただあるのは由綺を殺した人間を許せないと言う想い。 「由綺を殺した人間が憎い……ただそれだけさ」 他の人間を殺すことへの迷いはあれどそれだけは変わらず、だからこそ止まろうとは思わなかった。 その冬弥の答えに弥生は振り返ると満足そうに小さく頷くのだった。 「さて、それでは武器を取りに行きましょうか」 言いながら弥生は車のエンジンをかける。 「え?」 「霧島さん方は観音堂のところにいらっしゃったのでしょう? 放送前に鎌石村にいて藤井さんがそこで出会ったのだとしたら間違いなく氷川村のほうに向かっているはずです。 今なら向こうも手負いでしょうし殺せるうちに殺しておくべきだと思いますわ」 「でももう大分前だしいるかどうかもわからないですよ?」 「……いなければそれはそれで構いません。少なくとも鎌石村で人と出会うことが無かったので氷川村へと向かおうと思っていましたし」 「しかし車でだと目立ちませんか?」 次々と繰り出される冬弥の問いに弥生は彼女らしからぬ笑みを浮かべながら答えた。 「……逆に安全だと思いますよ、先ほどの藤井さんのようにこの音を聞いたら隠れるでしょうし。それに――」 弥生は言いながら窓ガラスを全力で殴りつける。 その音に冬弥は思わず怯むも、ガラスにはヒビ一つ入ってなかった。 「どうやらこの車は窓はおろかタイヤまで完全に防弾製になっているようですので、撃たれて爆発ということもなさそうです」 エンジンをかけた車内に訪れる再びの沈黙。 ハンドルを握り締め一直線に前を見続ける弥生に対し、ポケットの十円玉を握り締めながら冬弥はいまだに思い浮かぶ顔に悩んでいた。 ――だが由綺の仇を討つという共通の思いを乗せて車はゆっくりと動き出していった。 篠塚弥生 【所持品:包丁、救急箱、水と食料少々、ほか支給品一式(車の後部座席に置いてある)】 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)、自動車運転(燃料はほぼ満タン)、観音堂経由して氷川村→平瀬村へと向かう】 藤井冬弥 【所持品:消防斧、支給品一式】 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)】 【時間:2日目10:00】 【場所:C−5鎌石村消防分署前出発】 【備考】 ・自動車は基本的に道しか走れません - BACK