「――少し静かになったの……」 名雪を無事に観音堂へと運んだことみは先程から近くで聞こえていた銃声がまったく聞こえなくなったことに気がついた。 おそらく聖が無事に戦っていた者たちを仲裁したのであろう。 ことみはほっと肩を撫で下ろした。 ―――ぱららららら……! 「えっ!?」 刹那、再び銃声が辺りに響き渡った。 (――まさか…先生……!) 嫌な予感がしたことみは気がつけば銃声がした方へと駆け出していた。 「かはっ……!」 「河野君!」 藤井冬弥のP90から放たれた無数の5.7ミリ弾は銃口の先にいた河野貴明の左脇腹、左肩、右腕から鮮血を吹き出させた。 貴明は一度吐血すると大地に崩れ落ち、たちまち血の池を形成していく。 貴明ももちろん回避運動をとっていたが、それが終わるよりも早く冬弥はトリガーを引いていた。 「――次はお前だ………!」 貴明が動かないことを確認すると冬弥はP90の銃口を次の標的――霧島聖に向けた。 「ッ!?」 すぐさま聖は近くの草木が密集している場所へと滑り込む。 ぱらら! 滑り込むと同時に冬弥のP90が再び火を吹いた。 「くっ――普通は逃げるべきなのだろうが、ここで私が引き下がってしまうとことみ君たちの身が危ないしな……!」 聖はそう言うとデイパックからベアークローを取り出し自分の手に装着した。 「医者が人を傷つけるというのは本当はしたくないのだが仕方がない。死なない程度に痛い目にあってもらうぞ!」 そして聖は自身のデイパックを投げ捨て、冬弥のもとへと突撃した。 「ヤケになったか!?」 すぐさま冬弥も聖にP90を撃つが聖はまたしても草木の影に隠れそれをかわす。 が、貫通力の勝れたP90の弾丸は細い木々を貫通し聖の腕をかすった。 「くっ…! さすがに銃相手では不味いか……?」 しかし聖は後に引くことはできない。 もし自分に万一のことがあったら、ことみたちがこの場から逃れるための時間だけでも稼がなくてはならない。 既にことみも再び戦闘が始まったことに気づいているはずだ。 「そうだな……お姉ちゃんは医者である以上、最後まで他の人のために頑張らなければいけないもんな。佳乃………!」 ふっと笑ってそう言うと再び茂みから飛び出し冬弥のもとへと突き進む。 この戦いの優劣など本当は最初から判っている。ゆえに、聖は自身の命に変えてでも冬弥をこの場から退かせる覚悟であった。 ―――またしても銃声が辺りに鳴り響いた。 ―――体が熱い。 どうして俺は寝てるんだっけ? ああ、そうだ。撃たれたんだ。 体のあちこちから激しい痛みを感じる。熱いのは――血が出ているからだ。 ―――うん。このままじゃ間違いなく出血多量で死ぬな。 ―――死ぬ? ちょっと待った。こんな所で俺は死んでいいのか? 俺はまだだれも助けていない。むしろ助けられてばかりじゃないか。 それなのに、こんなところで死ぬのは勝手すぎないか? それに、ここで死んだらタマ姉や雄二、久寿川先輩たちを裏切ることになる。 ――そんなのは嫌だ! こんな所で死ぬのは嫌だ! だけど体が動かない……このまま無残に死んでいくのか? 恐い! 死ぬのは恐い! 死にたくない! ―――ぱららららら……! !? 銃声が聞こえる。 そうだ――霧島さんは!? あの女の子はどうなった!? うっすらと目を開く。 そこにはマシンガンを撃つ藤井さんの後ろ姿だけが移っていた。誰が戦っているのかは判らない。 しかし、見たところ現在は藤井さんの方が有利なのは確かだ。やられるのも時間の問題かもしれない。 今戦っている人も俺のように……無残にも撃ち殺されてしまうのか………? ……違う! なにを言っているんだ!? 俺はまだ死んじゃいない! それに、俺はこんな島で――こんな糞ゲームなんかで死ぬつもりはない! 俺にはやらなきゃならないことがまだ残っているから……! だから。たとえボロ雑巾のようになるまで傷ついても何度だって立ち上がってやる! ―――それなら……今やるべきことはひとつだろう河野貴明! 俺は意識を覚醒させ、かっと目を開いた。 ―――右手に力をこめる。腕が痛むがそんなの今は関係ない。 ―――動く。ならば動かす。 腰にねじ込んであるソレを手に取る。これを俺に託してくれた久寿川先輩の顔が脳裏によぎる。 そうだ。この程度の痛み、久寿川先輩やこの島で死んでいった人たちが受けた痛みや苦しみに比べたらぜんぜんマシしゃないか! 「もう……守られてばかりいるのは……嫌だ!」 俺は持てる気力を振り絞り立ち上がった。 やっと藤井さんはこちらに気がついたようだ。 ―――だけど遅い。 構える。 そして……力一杯手に持っているソレのトリガーを引いた。 「ぐうっ……!?」 左肩に激痛が走った。被弾したと聖はすぐに気づいた。 「くっ……だがまだだ!」 ひるむことなく聖は前に進む。 せめて目の前にいる彼に――藤井冬弥にせめて一矢報いるまでは倒れるわけにはいかない。 (ふっ…佳乃。どうやらお姉ちゃんは負けず嫌いでもあるようだ……) こんな時でも聖は笑っていた。 「くっ…こんな時に何笑ってるんだよお前!?」 そんな聖の顔を見た冬弥はいらだちを隠せなかった。 こちらはただでさえ銃の弾が切れそうで苛立っているというのに、聖のその顔は彼の感情をさらに底撫でしているようにしか見えなかった。 ぱらら! 「!? ぐああああ!」 聖の左腕に風穴が開き鮮血を吹き出した。さすがの聖も激痛に耐え切れず大地に倒れ伏した。 「終わりだ!」 冬弥のP90が倒れた聖を捕らえる。だが、次の瞬間、その叫び声が聞こえた。 「もう……守られてばかりいるのは……嫌だ!」 「!?」 冬弥が振り替えると、そこには殺したはずの河野貴明が銃を手に立ち上がる姿があった。彼はまだ死んではいなかったのだ。 「ちっ!」 冬弥はすぐさまP90を構えようとしたが、それよりも早く貴明は持っていたSIGを構え、そして引き金を引いた。 2発の銃声とともに冬弥の右腕と右肩に激痛が走った。 「があああああ!?」 痛みのあまりP90が持っていた手からこぼれ落ちた。 「……………」 その様子を黙って見つめながら貴明は力尽き再び大地に倒れた。しかし、持っていたSIGは決して放さなかった。 「くっ…あいつ……」 「君の相手は私だ!」 冬弥はすぐにP90を拾おうとしたが、いつの間にか接近していた聖の体当たりを食らった。 「ぐっ………さすがにこれはまずいか?」 さすがにこのままだとこちらが不利だと判断した冬弥は立ち上がるとすぐに鎌石村の方へと撤退していった。 本当は銃も拾っていきたかったが諦めた。どうせ弾もほとんど残っていないだろうと思ったからだ。 (こうなるんだったら留美ちゃんから予備のマガジンを貰っておくべきだった…… ん? なんで俺、こんな時に留美ちゃんのことなんて思い出しているんだろう?) そんな自分がおかしくて冬弥は思わず笑ってしまった。 「はは……本当に何やってんだろうな俺…………?」 「河野君、しっかりしたまえ!」 冬弥が去ったのを確認すると聖は貴明のもとに駆け寄った。 「出血がひどいな……急いで応急処置をしなければ……」 「先生!」 「ん?」 振り替えるとそこには銃声を聞きつけやってきたことみの姿があった。 「おお。ことみ君、無事だったか」 「先生……その腕…血が出てるの……」 聖の腕を指差すことみの顔が青ざめる。 そんなことみに対して聖は普段と変わらない笑顔で答える。 「なあに。この程度なら私にとっては掠り傷にさ。それより手を貸してくれないか? 急患なんだ」 「……うん」 ことみは頷くとすぐに聖と貴明のもとに駆け寄った。 「………なんとか応急処置は済ませたが、あとは彼の体力次第だな」 観音堂の堂内に運んできた貴明を寝かせると聖はふぅと一度息を吐いた。 「先生、お疲れさまなの」 「ああ、ありがとう。………ところで、その子もまだ目を覚まさないのかね?」 「うん……」 聖たちは貴明の隣で眠っている水瀬名雪に目を向けた。目を覚まさないことは心配だが、先程よりは顔色がよくなってきていた。 「――とにかく。今はこの2人が目を覚ますのを待とう。氷上村に迎うのは少し遅れてしまうがね」 「うん。貴明くんは先生や私たちの命の恩人なの」 苦笑いしてそう言った聖にことみは笑顔でそう答えた。 霧島聖 【時間:2日目・10:30】 【場所:C−6(観音堂)】 【所持品1:ベアークロー、FN P90(4/50)、治療用の道具一式(残り半分くらい)、他支給品一式】 【所持品2:Remington M870(2/4)、予備弾(12番ゲージ)×24、SIG・P232(0/7)、仕込み鉄扇、他支給品一式】 【状態:左肩・左腕負傷(応急処置および治療済み)。貴明と名雪が起きるまで見守る】 一ノ瀬ことみ 【時間:2日目・10:30】 【場所:C−6(観音堂)】 【所持品:暗殺用十徳ナイフ、青酸カリ入り青いマニキュア、携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(機動1時間後に爆発)付き)他支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)】 【状態:普通。貴明と名雪が起きるまで見守る】 河野貴明 【時間:2日目・10:30】 【場所:C−6(観音堂)】 【所持品:なし(聖が預かっている)】 【状態:左脇腹・左肩・右腕負傷(応急処置および治療済み)。左腕刺し傷・右足に掠り傷(どちらも治療済み)。気絶中】 水瀬名雪 【時間:2日目・10:30】 【場所:C−6(観音堂)】 【所持品:なし(ことみが預かっている)】 【状態:気絶中。精神状況不明】 藤井冬弥 【時間:2日目・7:30】 【場所:C−6(鎌石村の方に移動済み)】 【所持品:支給品一式】 【状態:右腕・右肩負傷。マーダー。最終目標は由綺を殺した者の殺害】 【備考】 ・名雪が目を覚ました後の精神状態は後続の書き手さんにお任せします - BACK