to heart




「・・・」
「ちょ、ちょっといきなり立ち止まらないで・・・ぐはっ!」

柚原春夏の元から逃げ出した川澄舞、長岡志保、吉岡チエの三人はひたすらあの場から離れるべく走り続けていた。
耕一の稼いでくれる時間がどれくらいになるか分からない、背面で起こる銃声に涙を堪えながらもひたすら足を動かす一行。
何も考える余裕はなかった。恐怖がチエの思考を乗っ取る、志保の余裕を金繰り捨てる。
そんな、走ることだけに夢中であった二人に気にも留めず、舞はいきなり立ち止まった。
フラフラになったチエはその場にしゃがみこみ、志保はというと勢い余って前のめりに転倒する。
連れの二人には目もくれず、舞はいきなりキョロキョロと視線を周囲へと這わせ始めた。

「・・・誰かいる」

抑揚のない声、だが幾分の緊張感の含まれたそれ。
いきなりの発言に、後ろの二人も気が引き締まる。

「ま、またゲームに乗った人っスか・・・」
「分からない」

怯えに満ちたチエの問い、舞は一歩前に出て気配の出所を探ろうとした。
・・・そして、一点を見つめ、止まる。
チエ、志保と繋いでいた手を無造作にほどき、素早く鞄にさしていた日本刀を取り出す舞。
手馴れた手つきで鞘から刀身を抜き、彼女は近くの茂みに向かって切っ先をつきつけた。

「そこ、出てきて」
「・・・何や、できるようやな」

返答は、即座に返ってきた。
思いがけない場所からの声に、チエは震え志保は固まる。
それでも表情を崩さず刀を構え続ける舞の元に姿を現したのは・・・二人の、志保と同じ制服を着た少女であった。

「ほ、保科さん・・・」
「笹森さん、下がっとき」

不安が隠せない様子の笹森花梨を庇うよう、保科智子は支給品である捕獲用ネットの入ったバズーカーの照準を舞に合わせる。
普段は明るい花梨の様子もここでは読み取れない、彼女もそれくらい場に対する警戒心を強めていた。
森に身を隠していた二人を突如襲った銃声、距離的にはそこまで近いとも思えなかったが連続して鳴るそれの正体を確かめるべく二人はここまでやってきた。
争いに混ざる気はない、ただ様子を確認しに来ただけである。
・・・距離的にもまだまだあったから油断した。舌打ちする智子の様子を見ても、舞は特別慌てることなく相手の出方を窺っていた。
これが彼女にとっての普通なのだが、それが智子に通じることもなく。
一見余裕にも見える舞の様子に、智子は内心の焦りを悟られぬよう強気な態度で声をかけた。

「けったいなことやってるようやな、こっちまで響いたで」
「・・・私達が仕掛けたんじゃない」
「それを、信じろ言うん?」

両者の間に冷え切った空気が流れていた時であった。

「え?あらららあららっ!ほーしなさんっ」
「・・・あんたは、確か」

呑気な明るい声が響く、倒れていた志保はすかさず体を起こし智子の下へ駆け寄った。

「し、志保さん、知り合いっスか」
「モチよモチの大モチよんっ、良かった〜知り合いに会えるなんて志保ちゃん超ラッキーッ!」

確かに面識はあったがそこまで馴れ馴れしくされる筋合いもなかった・・・が、それは野暮というものであろう。
嬉しそうに腕に抱きついてくる志保の様子に、智子は少し呆れながらも微笑み返す。

「保科さん、そちらは?」
「ああ、こっちで知り合ったんや」
「ど、どもです、笹森花梨です」

その後チエ、舞も軽く自己紹介をし事態の説明を行った。
智子曰くここら辺の森には、他に人もいないらしい。取りあえずの安全は手に入ったことになる。
ようやくほっとできる瞬間に出会え、志保もチエも安心したようだった。
そんな二人の様子を確認し、舞は改めて智子に言う。

「・・・二人を、お願い」
「あんたはどうするんや」
「戻る」
「え?!」

驚きにもれたチエの声、だが舞は気にせず話を続けた。

「耕一を置いてきた。助けに行く」
「ちょ、ちょっとちょっとっ、でも危ないわよ死んじゃうわよっ?!」
「二人をお願い」
「・・・分かった」
「保科さん?!ちょっと、止めてよ」
「とりあえずここら辺の森に隠れてるさかい、何かあったら呼んでや」
「ありがとう」

背を向けた舞にまだ掴みかかろうとする志保を智子が止める。
どうして、という視線に対し智子はそれを明確な言葉にして伝えた。

「あんたが行っても、足手まといってことやろ」
「で、でも・・・っ」
「無駄死にか、あるいは足引っ張って川澄さん自身に何か危害が加わるか。そんなん嫌やろ」

智子の言い分に言葉を失う・・・確かに、今の志保は舞にとって足手まとい以外の何物でもないだろう。
そして、それはチエも同じく。

「舞さん、あの・・・」
「?」
「気をつけてっス・・・役に立てなくて、ごめんなさいっス・・・」

涙声混じりのチエの台詞に、一同も言葉を失う。
そう、あの時舞が耕一に説得され逃げるという選択肢を選んだのも、ひいては自分達が邪魔な存在であったからである。
舞は、とんだ回り道をさせられたのだ。
耕一という犠牲で自分達の安全は確保されたという事実が、改めてチエに重くのしかかる。
その上で、生まれた悪循環を改善させる策を、彼女は持ち得ない。
・・・すっかり落ち込んでしまった様子のチエ、舞は彼女に向き直り慰めるようその項垂れ気味な頭をポンポンと撫でた。
反応は返ってこない。少し首を傾げた後、舞は刀を持っていない方の空いた片手で自分の髪を結っていたリボンをほどく。
一つにまとめられていた黒髪がさらっと広がる。そのままリボンをチエに差し出し、俯く彼女にそれを押し付けた。

「これ、よっちに貸す」
「え・・・?」
「よっちは友達、この島で一番にできた友達。大切だから守る、私は守れるだけの力もあるから」

リボンを手にポカンとするチエに対し、舞は小さく微笑んだ。

「返して、私が戻ってきた時に。それで、おかえりって言って」
「舞、さん・・・」
「いってくる」
「いって、らっしゃい・・・っス・・・ぐすっ」

チエの声を背に受け舞は再び走り出す、もう振り返ることはしなかった。
そして、ただ彼女の無事を見守る少女たちだけがそこに取り残される。

「まい、さん・・・」

チエの手の中、大事そうに抱きしめられた舞のリボンが彼女のいた証だった。
死地とも呼べる場所へ向かう彼女の安否を、チエはひたすら願うのであった。




花梨が駆け寄りチエの背を撫でる、その光景を志保と智子は少し後ろから眺める形で佇んでいた。
ポスン。瞬間、智子の肩に温もりが移る。

「・・・長岡さん?」

いきなりの志保の行動に戸惑う智子、顔を押し付ける形で智子の左肩を占領する志保はさっきまでのふざけた調子が抜け妙に大人しかった。

「はは、は・・・不謹慎だけど、今になって思い出したっつーか、ね。もち、忘れちゃいけないことだったけど」

寄り添うように顔を押し付けてられ、そのまま片腕もぎゅっと捕られる。
彼女の様子は明らかにおかしかった、その突然の行為のさす意味を図ろうと智子は彼女の後頭部を見つめ続ける。

「何か、あったんか?」

声をかけると、志保の背中が一際大きく震えた。彼女が話し出すまで、智子は今度は静かに待つ。

「はは、あはは・・・ほら、志保ちゃんってばこういう湿っぽいのダメじゃない?
 いつも明るくハキハキと、これが志保ちゃん原理なワケよ。
 あたしはどんな場でも盛り上げ役に徹するのが空気読んでるっていうか・・・」

覇気のない語り。意を決したように、彼女は一つ深呼吸をしてそれと一緒に言葉を吐いた。

「あたしがさ、いけなかったんだ」

か細い呟きは、智子の耳にやっと届くくらいの声量で。
ぎゅっと、腕を掴む力が強くなる。その状態で、ポツポツと志保は話を続けた。
自分の出した犠牲のことを。それは逃げることに必死になっていたため、今の今まで疎かになってしまったこと。
・・・明るい彼の雰囲気が、気まずいムードを一転させた優しさが失われたのは余りにも一瞬だったとういうことを。

「住井君殺したのもあたしだよ・・・何も考えてなかった、あたしの我侭のせいなんだよぉ・・・」

あの湿った森の中にい続ければ、頂上へ行こうなどと言わなければ。確かにマーダーとは遭遇しなかったかもしれない。
無用心に、見張り役の二人と談笑などしていなければ、マーダーに気づかれなかったかもしれない。

「調子乗ってたのよ、あたし。死体があった、だから村から出たっていうのに。
 あ、あまり、にも・・・平、和だった・・・からぁっ・・・!」

志保の体を抱きなおし、智子は優しく彼女の背中を擦った。
あやすように。ただ、その動作を繰り返す。

「ほな、その住井君の変わりに今度は長岡さんが笑わんとな」

智子の言葉に、小さく頷く志保。

「大丈夫や、柏木って人もきっと川澄さんが何とかしてくれる。信じよ、な?」

うん、と。もう一度、小さく頷く。
そして、心の中で誓う。もう同じミスは繰り返さないと。
明るくおしゃべりなだけの自分とは、これでさようならだ。



チエの思い、志保の思い。
チエの思いは舞に届いた。改めて二人の心は通うことができたから、チエも前を向いて歩ける。
志保の思いは今は亡き住井護に届くだろうか。それはこれからの彼女の行動が示してくれるであろう。

二人は何の力も持たない少女であった、でも。
それでも足掻くのだ。生きている限り、精一杯自分にできることを。




【時間:2日目午前3時】
【場所:E−5北部】

川澄舞
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:耕一のもとへ戻る、祐一と佐祐理を探す】

吉岡チエ
【所持品:舞のリボン、他支給品一式(水補充済み)】
【状態:舞を見送る、このみとミチルを探す】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:舞を見送る、足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り2発)、支給品一式】
【状態:舞を見送る】

笹森花梨
【所持品:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:舞を見送る】
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