電波感じて… 〜Under the Blue Sky〜




長瀬祐介が『それ』を感じたのは初音たちのもとへ戻ろうと帰路についていた途中だった。
「これは………」
祐介はすぐに『それ』の正体に気がついた。
「……電波」
祐介はポツリと呟いた。

そう、確かにそれは祐介がよく知っている『電波』であった。
この島にいる、あるいは“いた”様々な人たちの意思が電波と直結し、それが祐介に流れ着いてきているのだ。
(ある程度制限されているとはいえこれくらいのことはできるんだな………)
やはり晴れているからかな、と祐介は先ほどと同様、また空を見る。


―――しばらくの間祐介は自身に集まる電波を感じることにした。
集まってくる電波には様々なものがあった。
あるものは悲しみに染まっているもの。またあるものは絶望に染まっているもの。そして希望の火を燃やし続けるもの……

(―――とても懐かしい感じがする……)
祐介はふぅと1回息を吐いた。
確かに彼が電波を感じることは久しぶりのことであった。

(……そういえば月島さんは今頃どうしているんだろう?)
ふと祐介はこの島にいる親族を除く知人で唯一の生き残りである月島拓也のことを考えた。
やはり瑠璃子を生き返らせるためにゲームに乗ってしまったのであろうか?
「…まあ、今の僕には関係の無いことか………」
祐介はそう呟くと止めていた足を再び歩かせようとした。

(あれ?)
が。その時彼は近くから恐怖に染まった電波と救いを求める心に染まった電波を感じた。
それもかなり強い。しかもそれはどんどん濃くなってくる。
――発信源がこちらに近づいて来ているんだ、と祐介は気づいた。

(誰だ?)
思わず物陰に身を隠して先ほど手に入れた弾切れのベネリM3をその手に握る。
こちらに向かってきている者が敵やこの島の狂気に囚われ暴走している人間でもこの銃口を向ければ少しは威嚇できるであろう。

―――感じる電波が濃くなるにつれ、祐介の耳に誰かの足音が聞こえた。同時に息遣いも聞こえる。
「はぁ……はぁっ……!」
―――どうやら女の子のようだ。
(何をそんなに怯えているんだ?)
祐介は思わず構えていた銃を下ろしてゆっくりと物陰から出た。



脳裏に焼きついて離れない光景に恐怖しながら、藤林椋は振り返りもせずに走り続けていた。
(――怖い。怖いよ…もう嫌だよ。お姉ちゃん。怖いよ。助けてよ……)

この島――こんな状況だからこそ人を信じたいと言った少年、佐藤雅史。
そんな彼が信じた相手――それも同じ学校に通う知り合いの手によって殺害された。
――雅史がマルチの振り下ろしたフライパンで頭蓋をかち割られ、血と脳髄を撒き散らす光景が何度も頭から離れない。

(みんな……みんな壊れちゃうんだ………)
もはや彼女は見知らぬ人間も、知人でさえも信じることができないほど精神に傷がついていた。
―――しかし、こんな状況でも唯一自身が最も信頼できる人間である姉の存在が彼女という人格をなんとか形成させていた。
自分の心はもはや誰も信じられるような状況ではないというのに、姉だけは信じている―――矛盾だなと椋も思う。
やはりロワちゃんねるで見つけた姉の書き込みが彼女にそのような感情を生んだのであろう。

「そこの君」
「―――!?」
背後から声がした。
しかし椋は振り返ることなく走る足を止めない。むしろさらにスピードを上げた。
つまるところ逃げたのである。
(振り返っちゃ駄目……足を止めちゃ駄目……止めたら殺される!)


「あ…ちょ、ちょっと!」
椋に声をかけた少年――長瀬祐介は逃げる椋の後ろ姿を見て少し戸惑ったが、すぐに彼女の後を追い走り出した。
急に声をかけたから驚かせてしまったか、と祐介は思った。
その考えは半分当たっていて、半分はずれである。
(ごめん初音ちゃん。有紀寧さん。少し戻るのは遅くなりそうだよ……)
祐介は心の中で自分の帰りを待っているであろう柏木初音と宮沢有紀寧の2人に謝罪した。
自身の銃――コルト・パイソンや荷物は全て初音たちのもとに置いてきてある。
だから2人の身に万一のことがあっても多分大丈夫だ―――と祐介は思っておいた。
(とにかく今は彼女の後を追わなきゃ。1人では危険過ぎる……)




―――それから30分近く2人の鬼ごっこは続いた。

(な…なんでまだついて来るのよぉ!?)
椋は1度後ろをちらりと振り向き追いかけてくる祐介の姿を確認する。
徐々に追いつかれてきている気がした。

「ちょ…だから僕の……話を聞いてってば……」
息苦しそうな祐介の声が聞こえてくる。
それでも椋は足を止めない。
自身も走りすぎて結構息苦しい状態だがまだ足には余裕があった。
(――騙されるもんか。追いついたら即私を殺すに決まってる……!)

「はぁ…はぁ……ほ…本当に…待ってってば……」
椋の後を追う祐介は少し体力的に限界が近づいてきていた。
なにしろデイパック2つにショットガンを背負って全力疾走しているのだから無理もない話である。
もっと自分に体力があればと祐介は内心愚痴る。

(瑠璃子さん、沙織ちゃん、瑞穂ちゃん、そして太田さん………教えてくれ。こういう時はどうすればいいんだ!?)
祐介がそう思った瞬間、祐介はまたしても電波を感じた。
(!?)
それはどこか温かい電波だった。
祐介はその温かさの正体がなんだか判っていた。
それは「人の思い」だ。たとえここが狂気が支配する島であっても人の思いは――人の心の温もりは消え去ってはいないのだ。
(――そうだ。これを………!)
祐介は走っていた足を止め目を閉じ己の力を集中した。
祐介の周辺に今祐介が感じたものと同じ温かな電波が集まってくる。
次の瞬間、祐介はかっと目を開いて既に100メートルほど距離が離れてしまった椋に向かってその電波を一斉に飛ばした。

「――――止まれ…!」

(――あれ?)
椋は突然自身の身体の動きか鈍くなっていくのを感じた。
徐々に……確実に椋の身体は静止していく。
「な…なんで……どうして?」
椋自身いったいどうなってしまったのか検討もつかない。
そして、ついに椋の身体は完全に動きを停止した。
いや。『停止』というより『固定』といったほうが正しいかもしれない。
身体――特に足が意思に反して動かないのだ。金縛りのように。
「そ…そんな……」
「ふぅ…やっと追いついたよ」
「ひっ!?」
気がつくと祐介が椋に追いついていた。そして、ついに祐介が椋を追い抜き振り返る。
椋の視界に祐介の姿が至近距離で映った。
「あ…あなた、私に何をしたんですか!?」
「ああ、ごめん。いくら話しても君が止まってくれなかったから、『電波』の力で君の『身体に信号を送る精神』に干渉して強制的に君を止めたんだ」

――電波? 精神に干渉? ワケが判らない。

「――と言っても、僕にとってもこれは賭けだったけど……僕の力もこれでも結構制限されていたからね」
空が晴れていたことと君の心にスキマができていたからできたんだろうね、と祐介は付け加えた。

――この少年は何を言っているんだ? 話している言葉の意味は大体判るが、言っている言葉1つ1つの意味が理解できない。

「わ……私をどうするつもりですか!?」
「へ? いや…別にどうもしないよ。僕はただ1人じゃ危ないから君に声をかけようとしただけで……」
「嘘です! それなら追いかけてきてしかもこんなワケのわからないことをしたりしません!」
「いや…それは君が逃げるから……」
「いや…嫌です! こんな所で死にたくありません! 助けて! お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
椋は絶叫した。しかしその声は祐介と自身以外の者には聞こえることなく空の彼方に吸い込まれる。
「お…落ち着いて……」
「いやああぁぁぁ! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
いつの間にか椋の目からは大量の涙が零れていた。
(どうしよう……らちがあかないよ………仕方がない……)
祐介はもう一度電波を集めて椋に飛ばした。
「―――眠れ…」
「ああああ…! あ……」
祐介の言葉と共に椋は次第に大人しくなり、やがて大地に崩れた。
そして次の瞬間にはすやすやとやすらかな寝息をたてた。椋は完全に眠っていた。

「―――はぁ…とりあえず少し寝かせれば落ち着いてくれるだろうけど……」
椋の寝顔を確認すると祐介は辺りを見回した。
今自分たちがいるのは村から少し離れた場所にある池のほとりだった。
「……しょうがない。彼女が目を覚ますまではここにいよう。僕が眠らせちゃったんだし………」
最初は村まで運ぼうかとも思ったが、ただでさえ今自分は大荷物だ。人を無事に村まで運べる自信はなかった。

祐介は池のほとりに大の字で寝転がった。
水辺のすがすがしい空気と日の光―――そして温かい電波を肌に感じた。

―――祐介が椋を追ったのは本当は彼女の助けを求めている声を感じ取ったからである。
かつて祐介が瑠璃子の救いの声を感じた時のように……
(この子が起きたらそのことをちゃんと説明してあげよう……電波のことも含めて………)

(長瀬くん)
(祐介さん)
(祐くん!)
(長瀬ちゃん……)
(――ん?)
――ふと今は無き友人・知人たちの声が聞こえた気がした。
これも電波の力なのだろうか? 電波には祐介自信知らない事がまだまだたくさんあるのだ。
(電波…届いた……?)
「…………うん。届いたよ。ありがとう……」
祐介は青い空に向かってぽつりと呟いた。




【時間:2日目・午前8:30】
【場所:H−6北(源五郎池のほとり)】

 長瀬祐介
 【所持品1:ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
 【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
 【状態:椋が起きるまで待つ。島でも条件次第である程度電波が使えることを知る】

 藤林椋
 【持ち物:包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、ノートパソコン、支給品一式(食料と水二日分)】
 【状態:祐介の電波の力で睡眠中】


【備考】
・祐介は瑠璃子よりも強力な電波の使い手なので他人に干渉する際の条件難易度が瑠璃子よりやや低い
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