策士




耕一が去った後、有紀寧は少しだけ歯噛みした。当初の予定と、少し食い違ってきたからである。
自分の理想は、あくまでも間接的な殺人。手を汚さず、リモコンで操った人間で人数を減らしていくはずだった。しかし…
(柏木耕一に名前を知られたのは失敗でしたね…)
あの人の良さそうな耕一のことだ。間違い無くこのことを梓、千鶴などの家族に知らせる確率は高い。つまり、自分がマーダーだという事が知れ渡って行くということだ。情報が伝わるのはとんでもなく早い。
もはや隠れ蓑は通用しないだろう。ならば、何としてでも手駒を増やさねばならない。
しかし、有紀寧も失敗ばかりではなかった。耕一に知らせた48時間というブラフは考えての上だ。
本来は24時間。耕一がブラフを信じているならまだ比較的余裕を持っている時間帯に爆発することになる。これが有紀寧の狙いだった。
先程も考えた通り、人の良さそうな耕一が乗って殺しに行く確率は低いと言わざるを得ない。恐らく何か打開策を講じようと仲間を集めるはず。そして、そこそこ仲間も集まってきたところで爆発すれば…
当然本来とは違う時間の爆発に、仲間は驚き、そして互いに疑うだろう。誰かが内部から騙まし討ちをした、と。そうなれば仲間割れ、上手く行けばそのまま殺し合いに発展することだって有り得る。
勿論、耕一がそのまま殺し合いに参加してくれることが一番望ましいことだが…望みは薄い。
有紀寧はちらり、と震えている初音を見た。その心理は手に取るように分かる。
自分のせいで、お兄ちゃんを殺し合いに向かわせてしまった、と。
お兄ちゃん、という先程の悲痛な叫びに、有紀寧は僅かながら心を痛めていた。兄を、家族を失う苦痛は、有紀寧にだって分かっている。しかし他人は他人だ。こちらにだって、何が何でも生き延びなければならない理由があるのだ。
「さ…柏木――いや、もう初音さんの方がいいですね。祐介さんが戻ってくるまで食事の支度でもしませんか?」
だから、せめて死に往く者への礼儀として最大限にもてなしてやってから死なせるつもりだった。
「ど…どうして…」
初音が震えながらも有紀寧に問う。
「どうして…そんなに笑いながらあんなことが出来るの?」


「決まってるじゃないですか」
有紀寧はにこっと笑って優しく答える。
「死にたくないからですよ」
その返答は、この島にいる人間のほとんどが考えていることだった。ただ有紀寧と他の人間が違うのは、そこに良心があるかどうかということだ。
「大丈夫です。まだ初音さんには利用価値がありますから…そう簡単には殺しません。精々耕一さんがあなたのために頑張ってたくさん殺してくれることを祈っててください」
初音を生かしておくのは万が一他の柏木家の人間が襲撃してきたときに備えるためだ。いわば人質である。
「有紀寧お姉ちゃん…お姉ちゃんは間違ってるよっ! 死にたくないのは私だって同じだけど…でも、そんな人達が集まればきっと、きっと何か出来るはずなのに!」
説教か。やれやれと肩をすくめる。
「そんな都合よくいくわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。第一、この首輪をどうやって外すんです? 出来るようならこのゲームはとっくに崩壊してると思いますが」
有紀寧の反論に、初音は何も言い返す事が出来ない。
「ともかく、少なくともわたしはそんな芸当ができるような大それた人間じゃあありません。そして、この島にいる人間が全員そうであることを、肝に命じておいた方がいいですよ」
くるりを背を向けて、キッチンで調理器具を取り出す有紀寧。初音は自分の無力さに項垂れ、その場から一歩も動く事はなかった。
一方の有紀寧は、すでに次の思考へと移っていた。残る問題、長瀬祐介をどうするか。
正直なところ、もう誤魔化しきるのは無理だ。自分のいないところで、あるいは首輪爆弾の事を話すかもしれない。そうなればたとえ拳銃を持っていようが負傷するのは免れない。
(元々そんなに利用価値もないですし…殺しますか?)
先手をとって殺してしまえばどうということもないが…本音は祐介ごときの小物相手に貴重な銃やリモコンを使うのも惜しい。どうしようかと思っていると、ふと有紀寧に一つの案が浮かんだ。
(そうです…わざわざ『長瀬さんに』リモコンや拳銃を使わなくてもいいじゃないですか)
有紀寧がほくそ笑んだところで、「戻ったよ、初音ちゃん、有紀寧ちゃん」という声が聞こえた。
来た。ある種の賭けになるが、勝算は大きい。有紀寧は初音に告げる。


「初音さん。長瀬さんをお迎えしてきますのでここで待っていて下さい。逃げようなどとは考えないで下さいね。もし逃げたらあなたの大切な耕一さんの首が飛びますから」
自分自身の命ならまだ諦めがつくだろうが大切な家族の命ならば別なはず。少なくとも、初音はそういう人間だ。
居間から出て、玄関へと向かう。有紀寧の策は言葉を駆使して祐介を殺し合いに向かわせることだ。
言い出すタイミングを見計らって、自分がゲームに乗っている人間であること、そして初音にリモコンを使って首輪の時限装置を作動させたことを告げる。当然その際、首輪を解除できる方法を知っているのは自分だけと言い、人を殺しに行くように要求する。
もちろん初音本人がいないので半信半疑になるだろうがその時はこう言ってやればいい。
「別に信じないならそれも構いませんよ? 嘘かどうか、初音さんの命を賭けてみますか? ボタンを一回押せば分かりますから」と。
今までの様子を見る限りでは祐介もどうしようもないお人好しだ。間違い無く自分の要求に乗ってくれるはず。
もし、万が一にでも失敗した時は…撃ち殺すしかない。
残る懸念は祐介が誰かを連れてくるということだ。まだ生き残りはたくさんいる。おまけに耕一のようなお人好しも数多いときている。
帰ってくる途中で誰かと息投合して複数人で帰ってきたという確率も決してゼロではないのだ。
ゼロではない。この島においては、あらゆる状況を考えなければならないのだ。むしろ、今まで予定通りにいっていた事こそが奇跡に近いのだろう。
その場合は…どうしようもない。祐介にとって初音の命は重大な問題だが連れにとってはそうでもないはず。無闇に正体を明かすと寿命を縮めかねない。
諦めて祐介とその連れで今まで通りにするしかない。無論初音の変調に気付く可能性は高い。それまでに、何としても次の策を講じておかねばならないだろう。
(…まあ、あくまで万が一の話ですが)
いつも通りの柔らかい表情に戻しながら、有紀寧は玄関の扉を開けた。




【時間:2日目9:30】
【場所:I-6上部】

 宮沢有紀寧
 【所持品:コルトバイソン(6/6)、スイッチ(3/6)、ゴルフクラブ、支給品一式】
 【状態:前腕軽傷(治療済み)、強い駒を隷属させる】

 柏木初音
 【所持品:鋸、支給品一式】
 【状態:首輪爆破まであと二十四時間、居間で呆然】

【備考】
祐介の他の荷物(予備弾×19、包帯、消毒液、支給品一式)は家の中
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