心の痛み




柏木千鶴は平瀬村郊外の民家を探索していた。
村に来たのは獲物を探すという目的もあったが、それとは別に食料を調達する必要もあったからだ。

「まあこんな所かしらね」
食料はすぐに見つかった。質素なパンが数個だけだったが携帯出来る事を考えると逆に都合が良い。
腹が減っては軍は出来ぬという言葉もある。空腹は集中力の低下にも繋がり、決して軽んじてはいけない事なのだ。
千鶴は早速手に入れたパンを食べ始めた。その時千鶴はふと昨晩の事を思い出した。

(そういえば前は愛佳ちゃんと一緒に食べたのよね……)
愛佳とはほんの少しの間しか一緒しかいなかったが、その時間こそがこの島の中で唯一千鶴が本来の千鶴でいられた時間。
安らぎを感じられた時間だった。
愛佳は出会ったばかりの自分に信頼を寄せてくれた。
仕方の無い事ではあったが自分はその信頼を裏切ったのだ。
そう考えると心が痛む感覚を覚え、その事に気付いた千鶴は皮肉な笑みを浮かべた。

「私何をやってるのかしら……もっと酷い事を大勢の人にしなければならないのにね」
人殺しに比べればまだ千鶴が愛佳達にした事はマシな事だと言える。
千鶴は既に二人の命をその手で奪っている。にも拘らず、その時よりもずっと心に痛みを感じていた。
きっと嬉しかったのだ。愛佳がこんな自分を信頼してくれた事が。
……人を殺すと決めたのに、それでもまだ自分は安らぎを求めてしまっている。
その事を千鶴は認めざるを得なかった。
しかしだからと言って立ち止まる訳にはいかない。
こうしてる間にも家族に危険が迫っているのかも知れないのだ。例えどんなに心が痛もうと止まれない。

食事を終えた千鶴は民家を出ようとした。
だがその時千鶴は、視界の隅にある物が入るのを確認した。

「あれは……ノートパソコン?」
部屋の片隅にあったノートパソコンを発見した千鶴はパソコンの電源を入れた。
(今は時間が惜しいけど……何か役立つ情報が手に入れるかもしれない)
そんな千鶴の希望は見事に叶う事になる。



千鶴はロワちゃんねるを見て『岡崎朋也』の書き込み、そして『レインボー』の書き込みを見つけたのだ。
『岡崎朋也』の書き込みの内容から察するに彼が再びロワちゃんねるを見る可能性は低いだろう。
そして『レインボー』もまた『岡崎朋也』を救う為に鎌石村に現れるかも知れない。
一体どれだけの人間が『岡崎朋也』の誘いに乗るか分からないが、今の自分の武装なら虚さえ付ければ相手が何人いようと一瞬で全滅させる事が可能だ。
それにまだだいぶ時間もある。ウォプタルの足の速さを考えれば平瀬村一帯を調べつくしてからでも十分に間に合う。

今後の方針が決まった千鶴は再びその手を朱に染める為に動き出した。
家族の無事と、もう二度と愛佳に出会わない事を祈りながら。
ほぼ同じ時刻に耕一と初音は有紀寧の謀略に嵌まり窮地を迎えていたのだが、その事を千鶴は知る由も無かった。




柏木千鶴
【場所:E-02】
【時間:二日目午前08:45】
【持ち物:日本刀・支給品一式(食料を半分消費)、ウージー(残弾25)、予備マガジン弾丸25発入り×4】
【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、マーダー。平瀬村を探索した後14時までに鎌石村役場へ】
ウォプタル
【状態:民家の傍の木に繋いである】

※千鶴がロワちゃんねるを見たのは耕一の書き込みの直前
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