「…なぁ茜。どうして私達は殴り合いをしてたんだ?」 数十分にも及ぶガチンコ対決。結局両者共倒れとなり今は二人して無様に床に転がっている。けれども、二人の顔は先ほどとは一転して晴れ晴れとした顔になっていた。 「…さぁ? どうしてでしょう」 今にして思えばどうしてここまでのケンカに発展したのか分からない。というか、もうどうでもいい。 「しかし…茜って結構根性あるんだな。あまり言いたくなかったんだが…私は住んでいる街では誰にも負けたことがなかったんだけどな」 要はケンカが強く敵無しだったということらしい。確かに、蹴りはものすごく痛かった。 「忍耐力だけはありますから」 「なるほど」 智代はそう言うと、よっこらしょといった感じで起きあがった。 「さて…そろそろ本格的に動くか。味方が集まらない以上は自分達で何とかするしかない。装備を整えて出発だ」 「…装備、って何かアテがあるのですか」 「ここは倉庫だぞ? 少なくとも、フォークよりマシなものはいくらでもあると思うが」 「なるほど」 茜はそう言うと、よいしょといった感じで起きあがった。 「まだ詳しくは調べてないからな…何か有用なものがあるかもしれないな」 「そうでなければ困りますけどね…」 まず二人は奥にある工具の物置から探すことにした。まずは武器が大前提だ。適当に見繕って、これはどうかと互いに見せ合っていく。 「茜、これなんかどうだ? 携帯用チェーンソーがあるぞ」 「重過ぎです。第一、近接戦以外では意味が無いじゃないですか」 「そうか…神殺しもできるくらいだからいいと思ったんだが…」 そんな知識どこで学んだのか、と突っ込みをいれたくなったがそれを知っている自分もどうかと思ったので、やめた。 「智代、電動釘打ち機がありますけど…どうですか」 「いいんじゃないか? 一応は銃器の代わりにもなるしな。釘の数は?」 「かなり多そうです。弾切れの不安はなさそうですが」 なら持っていこう、と智代が言ったので茜はデイパックに詰めて次を探す。 「茜。ペンチがたくさんあるぞ。何本か持っていこうか」 投擲用だろうか。チェーンソーよりは悪くない。いいんじゃないですか、と言うと智代は2〜3本ほどデイパックに詰めこんだ。 「武器はこのへんでいいでしょう。次はどうします?」 「そうだな…防具も整えた方がいいんじゃないか?」 「防具って…もしかして、ヘルメットとかですか」 「ああ、そうだが? まあ他にも何かあるかもしれないが」 ヘルメットなんて中学生以来じゃないだろうか。ふっ、と茜の頭に自転車で漕ぎまわる昔の自分が浮かんだ。 ヘル中…と懐かしんでいると智代からヘルメットが一個投げられた。お約束通り、『安全第一』と書かれている。 さらにいいものはないかと智代は色々と漁っている。手伝おうか、と思った時、智代が声を張り上げた。 「茜、いいものが手に入ったぞ」 「いいもの?」 「湯たんぽだ」 なんと懐かしい。茜の頭に1960年代のほのかな香りが漂ってくる。…と、トリップしかけたとき、茜はあることに気付いた。 「…って、こんなものどうするんです。水でも入れて持ち運ぶんですか」 それもあるけどな、と智代が言い、それから自らの腹をどんどんと叩いた。 「メインはこっちだ。腹に仕込んでおけば擬似防弾チョッキになるぞ。何はなくとも金属製だからな」 なるほど。紐でも使って括り付けておけば効果は十分だろう。しかし… 「智代、ちょっと腹に入れてみてくれませんか」 「構わないが…どうしたんだ」 「いえ、少し気になることがあるので…」 少し首を傾げたが、言われた通り服の中に入れる。すると、思っていた通り、奇妙な出っ張りが出来てしまっていた。これでは、服の中に何か仕込んでいるのがバレバレである。 「ダメですね…ボテ腹にも見えません」 「妙な言い方をするな…あ、そうだ! いい方法がある」 言うなり智代はかけてあった作業着を取り出す。…まさか。 「どうだ茜、この作業着を服の上から着込んでおけばバレないと思うぞ」 自信まんまんに言う智代。確かに、グッドな方法ではあるが… が、ベストな方法がないのも事実。…了解です、と頷いて茜と智代は作業着を着込むことにした。 * * * 着替えた後。二人して鏡を見ながら茜は智代に呟く。 「智代…ぶっちゃけたこと、言っていいですか」 「…何だ?」 「これなんて作業員のオッサンですか」 頭にヘルメット。体を覆う作業着。電動釘打ち機。ペンチ。どこからどう見ても工場で働く作業員の姿だった。 「…言うな、私だって思ってたんだ」 命には代えられないとは言え、明らかにおかしな二人組である。はぁ、と二人分のため息が洩れた後、智代が行こうか、と言って荷物を取りに行こうとした。 「あ、待って下さい。後一つだけ気になることがあります」 茜はそう言うと、部屋の隅に目立たないように置かれていたパソコンの側へと行く。色々探している間に偶然見かけたものであった。 「どうした…? それも持って行くのか?」 「いえ、持っては行きませんけど…何か有用な情報があるんじゃないかと思って」 カチ、とボタンを押しパソコンの電源を入れる。程なくしてディスプレイにいくつかのアイコンが表示される。 「…流石に、インターネットは使えませんか。他には…『参加者の方へ』? 一応、開いてみますか。…channel.exe? 智代、何だと思います、これ?」 「さぁ…私はそのへんには詳しくないからな。開いてみるか」 はい、と茜が返事してアイコンをダブルクリックする。すると、某巨大掲示板のような見覚えのある壺が表示される。 「…悪趣味ですね」「まったくだ」 二人とも利用はほとんどしたことはないがインスパイア…いやパクリだという事は一目で分かった。 「スレッドがいくつかあるようですけど…どれから見ます?」 「あまり見たくはないが…死亡者の報告のスレッドだ」 ひょっとしたら、また新たに死亡者が出ているかもしれない。茜が、そのスレを開く。そこには管理人とものと思しき書きこみの後、ずらりと死亡者が並べられていた。そして、その中にあった何人かの名前に、智代が目を見開く。 「春原…古河…それに、仁科もか」 「…知り合いですか?」 「…いや、仁科以外は違うが…友人の家族らしい人物が何人かいたんだ」 苦渋に満ちた声で智代が言う。刻一刻と死者は増えつづけている。 「気になりますか」 「春原はともかくとして…古河の方がな。しかし、目的を放っては置けない。信じるしかないな、まだ無事なことを」 本当は今すぐにでもその友人を探しに行きたいのだろう。茜も少しだけクラスメイトのことが気がかりだったが、口に出すわけにもいかなかった。 「…次に行きます。『自分の安否を報告するスレッド』に飛びますよ」 茜がクリックし、スレを開く。 「藤林…あいつが書きこんでいたのか。…ああ、構わない、進めていいぞ」 それから順々に読み進める。すると、一番最後に気になる書きこみを見つけた。 「岡崎!? あいつっ…何をやっているんだ!」 「どうしたのですか」 「いや、知り合いなんだが…くそ、これじゃ敵に場所を知らせてるようなもんだぞ。あのバカ」 苦々しく呟く。茜から見ても、これでは賢い行動とは思えない。 「…しかし、おかしい部分もあるな。あいつ…岡崎は敬語なんて使うような奴じゃないんだが」 その言葉を聞いた茜はピンと来た。 「偽の書きこみ…いわゆる騙り、ですか?」 「かもしれない、いや、その可能性の方が大きい。しかし、ウソとも言い切れない」 「どうします、役場に向かいますか、それとも無視しますか」 智代はしばらく悩んだが、やがて行こう、と言い出した。 「たとえウソであっても…これを信じてやってくる人間もいるはずだ。マーダーもな。…なら、先に行ってそれを迎撃することも可能なはず」 「…要は、敵の数を減らしに行く、というわけですか」 「味方を増やす意味もある。どちらにしても、意味も無く動き回るよりはいい」 うん、と茜も頷く。 「それには同意です。だったら、なるべく早く向かったほうがいいでしょう。迎撃にも準備が必要かと」 だな、と智代も言い、パソコンの電源を切ると荷物を取り、準備を整えた。 「よし、行くかっ」 智代の声を起点にして、二人は再び外の世界へ飛び出していった。 【時間:2日目3:30】 【場所:F−2、倉庫】 坂上智代 【持ち物:手斧、ペンチ数本、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】 【状態:作業着姿。鎌石村役場まで行く】 里村茜 【持ち物:フォーク、電動釘打ち機(15/15)、釘の予備(50本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】 【状態:作業着姿。鎌石村役場まで行く】 - BACK