受け継がれる強さ




あの後私と柳川さんは瑠璃さんの遺体を埋めるのを手伝いました。
珊瑚さんはその作業をしている間もずっと泣き続けていました。
瑠璃さんと珊瑚さんはきっと私と舞のようにお互いがお互いにとってかけがえの無い存在だったのでしょう……。
一人残された珊瑚さんの気持ちを思うと胸が締め付けられる様な気分になります。
常々『感傷に浸っている暇は無い』と言っている柳川さんが黙ってお手伝いをしていたのも、珊瑚さんの気持ちを考えての事だと思います。

「畜生、どうしてこんな事に……」

瑠璃さんの遺体を埋め終えた後、浩之さんがぼそっと呟きました。
浩之さんから聞いた話では先程の襲撃者は浩之さんのお知り合いの方だったようです。
知り合い同士で殺し合う…とても不毛で悲しい事です。
ですがそれがこの島では当然のように起こっています。
きっと理由なんて無い…参加者の誰かのせいだという物では無いのです。
だから私が言うべき事は決まっています。
それはかつて柳川さんが私に言った事と同じ―――

「悪いのは全てこのゲームを仕組んだ人です…ですから私達がすべき事は決まっていると思います。佐祐理には柳川さんのような力は無いけれど…それでも生きている限りは精一杯戦うつもりです」

それが私の誓いだから。柳川さんから学んだこの島での生き方だから。
その結果命を落とす事になったとしても、後悔なんてしない。
私の言葉を聞いた浩之さんは袖で涙を拭いました。

「ああ、元からそのつもりさ……。主催者の奴ら、絶対に許さねえ!」
「私も…私なんかに何が出来るかは分からないけど、浩之君と一緒に頑張るよ」
「ええ、みんなで力を合わせればきっと何とかなります。希望を捨てずに行きましょう」

皆、目的は同じ。浩之さんとみさきさんは迷わず即答してくれました。
みんな力が無いなりに前を向いて生きていこうとしているのです。
ですが、柳川さんが厳しい声でその流れを止めました。


「お前達にその覚悟はあるのか?」
「え?」
「戦うという事は自分が死ぬかもしれないという事だけではない…人を殺すという事でもある。ゲームに乗った者と遭遇したのならば躊躇無く殺さなければならない。
例えそれが知り合いであろうともな。人を殺したという罪を背負って生きていかねばならない……。倉田も含めて、お前達に本当にその覚悟があるのか?」
「…………」

その問い掛けに私は答える事が出来ませんでした。

――――人を殺す覚悟。
友人を自らの手で殺す事も厭わない程の頑強な意思。
柳川さんは確かにそれを持っていると思います。ですが私にその覚悟はありません。
万が一舞がゲームに乗っていたとしても、私は舞を撃てないでしょうから……。
黙り込んでいる私とは対照的に、浩之さんは反論を始めました。

「それは違うぜ…そんな覚悟はいらねえ。俺は守る為の覚悟を持って生きていく。俺は知り合いがゲームに乗っていたら、何としてでも止める。
諦めずに話し合えばきっといつかは分かり合える筈だ」
「それは普段の生活ならば正しいがこの島では理想論に過ぎない。その理想論で行動した結果が、あの娘の死ではないのか?」
「そ、それは……」
「俺は知り合いであろうとゲームに乗っている者は容赦無く殺す。例え一人ででも絶対に主催者を仕留めてみせる。
あの娘の死を無駄にしたくないのなら、お前達も覚悟を決める事だな。今すぐにとは言わん……。だが理想だけでは人は救えないのは紛れも無い事実だ。
いずれ選択をすべき時が必ず来る。それまでによくその事を考えておけ」

そう言うと柳川さんは背を向けて一人で歩きはじめました。
口調とは裏腹にその背中はとても寂しげなものに見えました。

私は知っています…柳川さんが本当は人を殺したくないと思っている事を。
苦しみながら戦い続けているという事を。
厳しい言葉の数々も、全てはその事を隠す為の鎧のようなものです。
だけど柳川さんの性格では絶対にその事を認めようとはしないでしょう……。
ですから今私が出来る事は一つだけ。黙って傍で支え続ける事だけが私の出来る事。
私は一人で歩き去ろうとする柳川さんを追いかけ、その手を掴みました。


「待ってください、佐祐理も行きます。一人で行くなんて認めませんっ!」
「そうか。……そうだな。そもそも俺達は倉田の知り合いを探しに平瀬村へと向かっていたんだったな……」
「ええ、ですから柳川さん一人では行かせません。それに佐祐理にもお手伝い出来る事はあると思います」
「俺達も一緒に行くよ。あんたのやり方に賛同した訳じゃないが目的は同じだ。だったら俺達とあんたは協力するべき仲間だ」

浩之さんの一言で柳川さんはキョトンとした表情になりました。
きっと浩之さんまでそう言ってくれるとは思っていなかったのでしょう。
押し隠してはいるもののその面持ちはどこか嬉しそうで――――私は思わずくすっと笑ってしまいました。
そんな私と一瞬目が合って、柳川さんはバツが悪そうに視線を逸らしました。

「……ふん、邪魔さえしないのならば好きにするが良い」
「ああ、そうさせて貰うよ。……珊瑚、いけるか?」

浩之さんは様子を窺うように珊瑚さんに声を掛けました。
すると珊瑚さんはゆっくりと立ち上がって、こちらに振り向きました。
その顔にはまだ涙の跡が残っていましたが、もう泣いてはいませんでした。
その表情は何かを決意したような表情で。

「うん、もう大丈夫…ウチはいっちゃんに救われた、瑠璃ちゃんに救われた。ウチの命は3人分や―――3人分頑張らないと瑠璃ちゃんといっちゃんに怒られちゃうわ。
せやから、もう行こう?最後まで希望は捨てないって、浩之も言うたやんか」
「……珊瑚も瑠璃も強いんだな。俺、お前達に励まされてばっかりだ」



私は瑠璃さんがどのような方だったのか、よく知りません。
ですが瑠璃さんは何も遺さずに死んだのではない―――『強さ』を浩之さん達に遺して死んだ。
そしてそれが受け継がれる限り、瑠璃さんは浩之さん達の中で生き続ける。
親から子へ。子から孫へ。人類は意思を託して進化してきました。
人とはそのようにして生きていくものだと私は信じています。

浩之さんは瑠璃さんが埋められた場所へと歩いてゆき、祈るように手を合わせてお辞儀をしました。


「守ってやれなくてすまない…せめて安らかに眠ってくれ」
「……浩之君、それは違うよ」
「川名?」
「こういう時は笑って『行ってきます』って言うんだよ。じゃないと瑠璃ちゃんが心配しちゃうよ?」
「……分かった。それじゃ最後はみんなで……」

「「「「『行ってきます』」」」」


最後には笑顔で。涙を堪えての笑顔はとても不自然で、端から見れば滑稽な光景だろうけど。
瑠璃さんの『強さ』を私も受け継いで生きていきたい。舞や祐一さん―――それに柳川さんと一緒に日常に帰れる日を夢見て。
私は生きていく。




【時間:2日目 8:40過ぎ】
【場所:G-5(移動中)】

藤田浩之
 【所持品:なし】
 【状態:柳川に同行、人を殺す気は無い】
川名みさき
 【所持品:なし】
 【状態:柳川に同行、人を殺す気は無い】
姫百合珊瑚
 【持ち物:デイパック、水(半分)食料(3分の1)】
 【状態:柳川に同行】

柳川祐也
【所持品@:出刃包丁(少し傷んでいる)、S&W M1076 残弾数(4/6)予備マガジン(7発入り×4)】
【所持品A、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、教会を経由して平瀬村へ】
倉田佐祐理
【所持品:支給品一式、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:舞の捜索、柳川に同行】
-


BACK