「――祐介お兄ちゃん…………」 窓の外を眺め、今にも泣き出しそうな顔で初音はもう何度目かもわからないほどに、祐介の名前を呟いていた。 放送後、祐介が家を出てからすでに二時間が立とうとしていた。 だが一向に彼が戻ってくる気配は無い。 もしかして襲われでもしたのだろうか? 最悪死んでいたり? そう思うといても立っても居られなくなり家を飛び出し探しに行こうともした。 ――もしそれで入れ違いになったらどうするんですか? ――そのせいで柏木さんの身に何かあったらそれこそ祐介さんは立ち直れないかもしれませんよ? ――信じて……待ちましょう。 だがその度に有紀寧の言葉によって遮られ、シュンと項垂れてしまう。 表面上は落ち着いたように初音をたしなめていた有紀寧だったが、同じように彼女も焦っていた。 武器は祐介が置いていったものの、正直なところ初音だけでは襲われたら何の役にも立たないだろう。 むしろ足手まといでしかなく、そうならないように手元に祐介を置いていたというのに、これではまったく意味が無い。 「はあ……」と小さく溜め息を漏らす。 せめて柏木姓の者達と合流できれば当面の安全は確保されるのに、と半ば投げやりに考えた時だった。 初音がフラフラと歩き出し、扉のほうへと向かっていた。 「柏木さん?」 尋ねる有紀寧の声を無視して初音はドアノブへと手をかける。 「――!?」 慌てて初音の元に走り寄り、ノブを握る初音を止めようと手を伸ばす――が、彼女の様子が先ほどとはまるで違っているのに目を見開いた。 瞳は生気を失ったように暗く曇り、「――次郎衛門……」とブツブツと呟いていた。 何が起きたのか有紀寧にはわからなかったが、ともあれここで初音までも居なくなってしまうのは避けたかった。 肩を掴み正気に戻そうと必死に揺さぶる。 「……あれ?」 振動に初音の瞳に光が戻り、キョロキョロと辺りを見渡しながら首をかしげた。 「柏木さん……どうしたんですか?」 有紀寧の問いに、まだ少しボンヤリとしたまま初音が答える。 「なんだろう……わかんないけど、誰かが呼ぶ声がしたの。懐かしくて、暖かくて……あれは…………」 その時、何かに気付いたように初音が叫んだ。 「耕一お兄ちゃん!」 「え?」 「耕一お兄ちゃんだ、きっと迎えに来てくれたんだ!」 言うや否や初音は勢いよく扉を開けると外へと駆け出した。 「あっ! 柏木さん!!」 いきなり何を、と訝しげに思いながらも慌てて有紀寧もその後を追うように走った。 「――お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」 初音の中に浮かんだ一つのイメージ。 それがいつのことだったのかはわからない。 だがそれは急かすように初音の足を走らせた。 近くに居る、私を探してくれている。 そんな想いに駆られ、ただ地を馳せる。 そしてずっと待ち望んでいた人物は、唐突に初音の前に姿を現した。 「……初音ちゃん…………良かったっ! 本当に良かったっっっ!!」 耕一は初音の姿を見つけるや否や、恥も外聞も無く彼女を強く抱きしめる。 その姿には威厳に満ちた彼の姿は無く、こぼれる涙がその喜びを現していた。 「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」 初音も言葉が出ず、耕一の名前を呼び続ける。 「はぁはぁはぁはぁ…………」 荒く息をつきながら追いついた有紀寧は目の前の状況をすぐに認識し、訪れた歓喜に震えながらも小さく口を開いた。 「柏木耕一さん……ですか?」 「そうだけど、君は?」 「有紀寧お姉ちゃん、大丈夫。今まで一緒に居てくれた人だよ」 小さく警戒を見せるも、初音の言葉にすぐさまそれを解いて微笑みながら言った。 「そうか、今まで初音ちゃんを守ってくれてありがとう」 うやうやしく会釈をする耕一に対し、有紀寧は手をブンブンと振り「とんでもないです」と返した。 「それよりも、こんな町の往来では危険です……私達が隠れていた家がすぐそこにありますので行きませんか?」 有紀寧の言葉に耕一は頷くと、初音の手をギシッと握り締め有紀寧の後に続いて歩き出した。 「……楓お姉ちゃんは」 家に入るなり初音の口から出た言葉に耕一は何も言えずに固まっていた。 なんと返せば良いのだろうか? 返答に詰まり、苦虫を潰したような耕一の表情を見て初音は呟く。 「やっぱり……んじゃったんだね」 その声はとても小さく、死んでいるということを認めたくなかったのだろうことが見てとれた。 答えない耕一の姿に初音の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 有紀寧は初音の身体を包み込むように抱きしめると耕一の顔をじっと見据えて言った。 「……他のご家族の方は?」 有紀寧の問いに初音は顔を上げ、再び耕一の顔をじっと見つめる。 不安に満ちたその顔に、耕一は千鶴のことを思い出しいたたまれなくなりながらも口を開く。 「千鶴さんはわからない……でも梓とは合流できた」 「ほんとっ!?」 落胆と喜びの表情を同時に見せる初音に、耕一ははにかみながら続けた。 「ああ……でも早く見つけるために二手に分かれたんだ。これで後は千鶴さんだけだ」 千鶴が自分達を守る為に人を殺している、とは口が裂けても言えない。 そして早く千鶴を探し出して……そして止めなければ。 「とりあえず梓は鎌石村へ向かってる。梓一人にしておくのはやっぱり不安だ。 初音ちゃんも見つけたし急いで俺達も合流しようと思う」 「うんっ!」 二人の会話に有紀寧は動揺を隠し切れなかった。 鎌石村に向かう? それは困る。彼には私を守ってもらわなくてはならないのだから。 だがなんと言えばいいのだろう? 目の前の耕一と言う男の家族への絆の深さはたった今出会ったばかりの自分にすらわかった。 そして、他者への愛情も掛け合わせているのもわかる。 生半可なことを言えば私まで連れて行かれるのではないかと有紀寧は葛藤していた。 「有紀寧さん、あなたも一緒にどうだろう?」 (……ほらやっぱりそうきますよね) 有紀寧は考える。 危険を冒してでも彼と一緒に行動して鎌石村に向かうべきか、それともなんとか言いくるめてここに留まるか。 だが先ほど自分が起こした扇動を考えると、どうしても鎌石村に向かうという気は起きないのだった。 「でも、危険ですよ……」 「かもしれない、でもここにいてもそれは代わらないと思うんだ。 初音ちゃんと一緒にいたお礼になればって事もあるけど、頼りないかもしれないが俺が絶対に守ってみせる」 (本当に想像通りの答えを返してくれる方ですね……) 有紀寧は半ば呆れながらも、それを表情には出さずに耕一の顔を見つめた。 小さく溜め息をつきながら意を決したように歩き出すと、机の上に置かれたパソコンの電源をつける。 「ん?」 「これを見てください……」 これが自分の出せる最大のカード、だがそれも耕一には効果は無いだろうし、逆に行く気がさらに増すだろうとも考えたが、 自分が行きたく無い理由には出来るだろうと有紀寧はロワちゃんねるを開いた。 耕一と言う最高の盾を無くすのは痛手だが自分の命にはとても変えられなかった。 「これは……!」 有紀寧が見せたのは自信が岡崎朋也を語り書き込んだレス。 それを見た耕一は思わず顔が綻んでいた。 「なんだ! 同じような考えのような奴がいるんじゃないかっ!」 「いいえ、それは違います」 単純に喜ぶ耕一とは対照的に暗く首を垂れながら有紀寧は画面をスクロールさせた。 そこに書かれていたのはレインボーと言うなる人物による彼への叱咤の言葉だった。 「単純に……殺人者も集まってくる可能性があると言う事です」 同じ想いを抱えた仲間を見つけた耕一の喜びが、有紀寧の言葉で現実に戻される。 有紀寧が言っているのは至極当然のことだ。 危険を伴うところに初音ちゃんも彼女も連れて行くわけには行かないだろう。 だが梓は鎌石村に向かっている、なんとかして止めなくてなならない。 彼女らをここに置いて? それこそ出来るわけが無い。 選べない選択の前に耕一は唸りながらも、ゆっくりとパソコンの前に置かれた椅子へと腰掛ける。 「――耕一さん?」 その姿に有紀寧の声は震えていた。 「無駄かもしれないが、これを使って梓に呼びかけてみる」 「そんなっ!」 「わかってるさ、これを書いたところで梓が見る可能性だって無いに等しい。 だがやらないよりは絶対マシな事だ」 「誰が書いたかわからないんですよ? 嘘だと思われるかもしれないんですよ?」 「それでもだ」 有紀寧の制止に耳を貸さず、耕一はキーボードを叩き続ける。 よろよろと有紀寧は後ずさりながら震えていた。 彼を止めることは不可能だ。そしてこのままだと最悪の事態が起きる。 チラリと部屋の片隅に目を見やる。そこには置かれていった祐介の鞄。 同時に左ポケットへと手を入れる。ゴツリとした感触。 それを握り締めると有紀寧は一つの覚悟を決め、ゆっくりと息をついた。 キーボードを叩く手が止まり、耕一が画面を凝視していた。 ============================================= 自分の安否を報告するスレッド 6:柏木耕一:二日目 08:36:10 ID:pdh2rLcYc 梓、初音ちゃんは見つけた。 もしこれを見ていたらすぐに俺の向かったところに来てくれ! 上を見ればわかるだろう、そこは危険だ! 千鶴さんも、これを見たら返事をくれ!! ============================================= 「初音ちゃん」 「ん?」 「ここに岡崎朋也ってやつのはいたのか?」 「え? ここにいたのはずっと私達だけだったと思うけど」 「それじゃIDが同じってのはどう言うことだ?」 そう言いながら耕一が有紀寧に大して振り返ったほぼ直後。 ポケットの中のリモコンを取り出すと有紀寧はそのスイッチを二人に向かって押していた。 耕一と初音の首輪が紅く点滅を始めるのにたいし、二人は有紀寧の行動の意味がわからずに呆然としていた。 「本当に残念です……あなたなら良い盾になってくれると思ったのですが……」 「「え?」」 そして祐介のバックからコルト・パイソンを取り出し、リモコンと一緒に二人へと突きつけた。 「二度は言いませんのでちゃんと聞いてくださいね。発言も禁止します。 ――今、このリモコンであなた方の首輪の爆弾を作動させました」 「なっ!?」 「あ、動かないでくださいね。どんなに早く私を捕まえようとしても、間違いなく私が爆破するほうが早いですから」 身構えた耕一を有紀寧の言葉が重く制し、耕一は鬼の形相で睨みつける。 「大丈夫ですよ、私の言うとおりにしていただければ解除して差し上げますから」 今まで見せていた笑みと何も変わらない有紀寧の表情がとても恐ろしいものに見えた初音が震えながら口を開いていた。 「有紀寧お姉ちゃん……なんで?」 「なんでもなにも、私はこの殺し合いに乗っていますから」 再び変わらぬ笑顔で、いやそれ以上に満面の笑みを浮かべて有紀寧は言い放つ。 「そうですね差し当たって10人ほど……さすがに多すぎますかね、5人にしましょう。 次の放送までに5人殺して、ご自身の名前と殺した方のお名前を掲示板に書き込んでください。 放送で呼ばれた名前と書き込まれた名前が一致したなら次の指令を出します」 笑みを全く崩すことなく有紀寧が淡々と告げる。 「勿論、パソコンが見つからなかったらそこでゲームオーバーですので時間には余裕を持って行動することをお勧めしますね。 場所は……鎌石村は掲示板を見ても予想がつくとおり、すでにいろいろ起きそうな気がしますので平瀬村にしましょうか。 勿論そっちに向かってもらっても結構ですよ? ただし私に危険が及ばないように氷川村では行動を起こさないようにお願いします。 もっとも、初音ちゃんがいますしそんなことはしないでしょうけどね」 「そんな要求呑むと思っているのか?」 「思っていますよ。そうしないと二人とも死ぬんですから。 それとも見知らぬ他人を助けて、柏木さん……初音さんを見殺しにしますか? ああ、言い忘れてましたが爆弾は解除しないと48時間以内に爆発しますので急いだほうがよろしいかと」 「!?」 「今は……8:45ですか。迷っている暇は無いと思いますよ? そして勿論選択肢もあなたには無いかと」 言いながら有紀寧は初音に向かって手招きする。 「彼女はこちらで預かっておきますね、危険でしょうし。大丈夫、私が必ずお守りします」 「……そんな言葉信じられると思うか?」 耕一が初音の身体を庇うように抱きしめながら言い放つ。 「ですから、信じる信じないの選択肢は無いのがお分かりになりませんか? ほら時間は待ってはくれませんよ、それともここでお二方とも死にますか?」 「三、二……」と急かすように有紀寧がカウントを始めた直後、耕一は「くそっ」と叫びながら 窓ガラスを突き破り、振り返りもせず地を蹴って駆け出していった。 「お兄ちゃんっ!」 全力で遠ざかっていく耕一の後姿に初音が懸命に叫ぶも耕一は何も答えない。 みるみるうちに遠ざかっていく耕一の後姿に有紀寧は満足そうに笑みを漏らすと 震えながら自身に振り返った初音に対して、出会ってから過ごしていた時と同じ笑顔で笑うのだった。 「――祐介さん遅いですね……戻ってきたら喜んでいただけるようにお食事の準備でもしましょうか」 【時間:2日目8:45】 【場所:I-6上部】 宮沢有紀寧 【所持品:コルトバイソン(6/6)、スイッチ(3/6)、ゴルフクラブ、支給品一式】 【状態:前腕軽傷(治療済み)、強い駒を隷属させる、祐介の帰りを待つ】 柏木初音 【所持品:鋸、支給品一式】 【状態:首輪爆破まであと二十四時間】 柏木耕一 【所持品:大きなハンマー・支給品一式】 【状態:首輪爆破まであと二十四時間 彼の行動や目的地は後続任せ】 【備考】 祐介の他の荷物(予備弾×19、包帯、消毒液、支給品一式)は家の中 有紀寧の「首輪爆破まで48時間」はブラフ、本当は24時間で爆破される - BACK