天沢郁未は、大音量で流される放送の音に目を覚ました。 雨宿りをしていた大樹の根元である。 「……おはようございます。具合はいかがですか」 すぐ隣に座っていた鹿沼葉子が、無表情に訊ねてくる。 「おはよ。……ん、まぁ大丈夫。骨にヒビとか入ったわけじゃないみたい」 ぐるぐると腕を回しながら、郁未が答える。 昨晩の巨大ロボットとの戦闘で得た負傷は、どうやら単なる打撲で済んだようだった。 『―――い、以上、38名が過去12時間の死亡者でした』 放送は続いている。 それを聞いた郁未が、呆れたように天を仰いだ。 「は、夜の間によく死んだもんだわね……。この調子だと、明日の今頃には誰もいなくなってる計算じゃない」 「ええ。キャラを立てやすくなるという意味では人が減るのは望ましいことですが、 勿論リスクが大きくなるということでもあります。 安全、かつ確実に出番を増やすためにはやはりパンの材料探しに専念するのが一番でしょう」 「そうねえ、いくら私らに不可視の力があったって、ロボ相手じゃ手も足も出なかったしね……。 あんなのがゴロゴロしてる方面に首つっこんでもいいことないわ」 そういえばターゲットなんてシステムもあったしねえ、などと言いながらごろんと転がる郁未。 「私も葉子さんもお尋ね者ってことになってるのよね。どれだけの人間が覚えてるか知らないけど」 「……」 「ってかそんなの主催以外、誰も気にしてなかったりして」 返事はない。 「あれ? んなこたぁーない、とか言わないの葉子さん?」 「……」 「スルーかよ」 「……ちょっと静かにしてもらえませんか桃色脳髄」 「なにその人格全否定!?」 何さ、どうせあんただってELPOD入ったら、あーんなことやこーんなことで色々スゴいことになってんでしょうがー。と わめく郁未を完全に無視したまま、葉子は険しい顔をして放送に聞き入っていた。 『……以上、臨時放送は皆様のお耳の恋人、桜井あさひがお送りいたしました♪ あなたのハートに、ときめ』 唐突に放送が終わる。 郁未が不満げに葉子を睨んだ。 「何よ、そんな難しい顔しちゃって。私らには関係ないことばっかりだったじゃない」 「……そうですね。郁未さんには関係のないことでした」 「うわ何その言い方。喧嘩売ってる?」 「……すみません。少し、動揺しているだけです」 大人しく頭を下げた葉子に、郁未は驚愕の色を隠せない。 「ちょ、ちょっと本当にどうしちゃったの葉子さん!? 普段ならたとえ人の土手ッ腹に風穴開けたって、つい刺しちゃいました、で済まそうとするキャラなのに!」 「……少しあなたの頭蓋骨を切開して、その間違った認識ごと脳髄をかき混ぜてあげたくなりました」 「そうそう、それよ! それでこそ葉子さん!」 手を叩いて喜ぶ郁未を見て、毒気を抜かれたように溜息をつく葉子。 「……いいですか、郁未さん。落ち着いて聞いてください」 「何よ、改まって」 大きく息を吸い込むと、葉子は静かに口を開いた。 「この島は、あと数時間で跡形もなく消滅します」 「……は?」 あんぐりと口を開ける郁未。 何を言い出すのかという顔だった。 「……言いたいことは判りますが、これは事実です」 「へぇ……」 「先程の放送は聞いていましたね」 「まぁ、一応は」 「ではそこに、砧夕霧という名が出たことは」 「知らない」 「鳥頭を無視して話を進めますが、久瀬という人物に与えられた砧夕霧というのはとんでもない代物です」 「知ってたけどあんた、すげえ自分勝手だよね……」 「光学兵器・砧夕霧。それこそは凸システムの完成体なのです」 「いや、いいけどさ……ぐえ」 あさっての方向を向いていた郁未の顔を掴んで、強引に自分の方へと向き直らせる葉子。 郁未の首から妙な音がした。 「いた、痛いって」 「核兵器にも匹敵する膨大な熱量……太陽光線の反射・増幅によるビーム照射が、凸システムの正体です」 「あの、ちょっと、私の首どうなってるの」 「数体で一ユニット、ユニット同士で更に増幅を繰り返すその威力は、数に比例して増大していくのです」 「はぁ……」 「先程の放送によれば、その数は30000……。それだけいれば、この島を蒸発させて充分お釣りがきます」 熱っぽく語る葉子に、とりあえず首の確認を諦めた郁未が不承不承、訊ねる。 「……で、なんで葉子さんがそんなこと知ってんの」 聞かなきゃ終わんないんだろうなー、という声である。 「……仕方ありません。どうやら真実を語らねばならない時が来たようですね……」 「いや別に無理にとは……」 「FARGOのクラスA信徒とは世を忍ぶ仮の姿」 「え、そうなの!?」 思わず素で聞き返す郁未。 そんな郁未の様子に、満足げに小鼻を膨らませると、葉子は高らかに告げた。 「そう、何を隠そうこの私こそが、凸システムの試作第一号―――光学戰試挑躰、鹿沼葉子なのです!」 バァーン、と効果音がつかないのが不思議なくらいのノリである。 聞かされた郁未はといえば、 「うわすげえー。……あいたっ!」 はたかれた。 「何すんのよ! 頭悪くなったらどうしてくれるの!?」 「それ以上悪くなることはありませんから安心してください。 ……それより何です、そのリアクションは。妙に薄くありませんか」 「いやだって、何言ってるかわかんないし……」 「たった今、懇切丁寧に説明してさしあげたばかりでしょうがこのミジンコ脳」 「ってかぶっちゃけどうでも……いたた、痛い、痛いってば」 鉈の背でぐりぐりと小突かれる郁未。 ずい、と押し出された葉子の輝く額が、郁未の視界を覆い尽くした。 「見なさいこの磨き上げられた額を」 「眩しい、眩しいから」 「試挑躰である私ですらこの夜明け、雨天という悪条件下でこれだけの集光率を誇るのです」 「ちょっと、目、痛いから、ね、葉子さん」 「完成体である砧夕霧の額たるや……想像するだに恐ろしいものがあるでしょう」 「うん、うん、そうだね、だからちょっと離れてくれるかなお願い頼むから」 「分かればいいのです」 言って、ようやく葉子が郁未から離れる。 慌てて瞼の上からごしごしと眼を擦る郁未。 「拷問まがいよ、これ……」 「……というわけで、方針変更です」 「聞いてる……?」 涙目で睨む郁未を無視して、葉子はすっくと立ち上がる。 「私たちは私たちの自由を取り戻すべく、砧夕霧、ひいてはその持ち主である久瀬という人物を叩きます」 「へぇ……」 「行く手には数々の困難が待ち受けているでしょう。しかし、私たちは決して歩みを止めることはありません」 「そうなんだ……」 「この運命に打ち勝った暁には、私たちの頭上には主人公の栄冠すら輝いていることでしょう」 「いや私、一応主人公だったんだけど……」 「さあ行きましょう郁未さん、まずは敵を探し出すのです」 ぐっ、と拳を握り締める葉子の前に、郁未の声は悉く無視されるのであった。 【時間:2日目午前6時頃】 【場所:E−8】 天沢郁未 【所持品:薙刀】 【状態:唖然】 鹿沼葉子 【所持品:鉈】 【状態:光学戰試挑躰・ノリノリ】 - BACK