二人の追走者




家を飛び出すと貴明はすぐさま周りを見渡した。
あの様子ならそんなに遠くには行けてはいないだろう――と逃げた名雪の疲れきったボロボロの表情を思い出す。
案の定、数百メートルほど離れた場所を走っている名雪の小さな背中が見えた。
遠めから見ても身体はふらふらとおぼつかない足取りなのが良くわかった。
あんなところを誰かに見つかったらたまったものじゃない。
考えるまでもなく貴明は駆けていた。
「待って! 大丈夫だからっ!」
名雪の背中がみるみるうちに近づき、今にも倒れそうなその背中に思わず叫んでいた。
後方から聞こえた声にその肩がビクリと震えると、名雪はゆっくりとこちらを振り返り……そして貴明は叫んだことを後悔する。
「来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
顔は絶望にゆがみ、どこにそんな体力が残されていたのか、名雪は貴明に背を向けると走り出す。
「あっ……くそっ、なにやってんだ俺は」
自分の思慮の無さを悔やみながら、再び逃げるその姿を追いかけようと走り出した直後、放送は流された。

「…………このみ……………春夏おばさん…………」
再会を約束した少女達の名前、幼馴染の親友の名前……自分の知らないところでまた知り合いが死んでいった。
そして最後に呼ばれた名前に全身から力が抜け、呆然と足を止め空を見上げた。
押し寄せる感情が貴明の全てを無に返そうと襲ってくるのが自分でわかった。
頬を静かに涙が零れ落ちる。
このまま倒れ込んで感情のままに泣き喚き叫びたい衝動に、ほんの数分前に確認した決意がもろくも崩れ去ろうとしていた。
だが貴明がゆっくりと顔を地上に戻した時、彼の瞳に映ったのは恐怖から必死に逃げ続ける再び小さくなった名雪の後姿。
(……そうだ、泣くのなんかいつでも出来る。今俺がしなきゃいけないのは泣くことか? 違うだろう!)
零れ落ちかけた涙を無理矢理拭うと、すでに豆粒ほどになろうかと言う距離まで離された名雪の背中に向かって貴明は走り出した――。





左手で十円玉、右手でFN P90を握り締める冬弥の表情は、彼を知るものならその違いに彼だとわからないかもしれない。
静かな決意を胸に秘めたまま彼の脳裏に浮かぶのは、今は無くなってしまった日常。
復讐なんてただのエゴだと言う事はわかっていた。
こんな自分を見たらあの世で由綺はなんて言うかな……って人を殺そうとしている自分が向こうで会えるわけ無いか。
そう苦笑した彼の瞳に親しみは篭っておらず、ただ冷たい光が灯るのみ。
自分の取るべき道は決まった、いや決めた。だからもう迷わない。

観音堂から続いていた獣道を抜け、舗装された道へと出る。
冬弥は周囲を警戒するように見渡したところで、彼が息をつく間もなく眼前を一人の少女が通り過ぎていった。
一瞬しか見えなかったが、涙が後方へと飛び散り、怯えた表情であったのは確認できた。
そして少女が来た方向からは必死の形相で追いかける一人の少年の姿もあった。
状況がつかめず、一瞬呆然と立ち尽くしかけた冬弥の前を少年は彼に気付くことなく過ぎ去っていく。
我に帰った冬弥は貴明の持つショットガンと涙を流し逃げ去った名雪の姿に激しい憎悪に襲われた。
――由綺達もそうやって殺されたのかよ!?
湧き上がる激情のままに冬弥はFN P90を握りなおし、二人の後を追うように地を蹴ったのだった。




【時間:2日目・午前6:20】
【場所:C-5/6境界】

河野貴明
 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ)×24、SIG・P232(残弾数2/7)仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
 【状態:左腕に刺し傷(治療済み)、名雪を追う(もちろん殺すつもりはない)】
藤井冬弥
 【所持品:FN P90(残弾49/50)、ほか支給品一式】
 【状態:貴明・名雪を追う(二人は冬弥の存在に気付いていない)】
水瀬名雪
 【所持品:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状態:逃走中、錯乱・疲労共に限界】

 【備考:冬弥の投げた十円玉の出た面は不明】
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