「本当にそれでいいんですか郁未さん?」 「ええ。もう決めたことだもの。訂正するする気はないわ」 天沢郁未は椅子代わりにしたベッドから立ち上がり自分のデイパックを取り病室を出た。 病室の外――エントランスでは那須宗一が先ほど連れてきた橘敬介と上月澪の怪我の治療を済ませていた。 「―――さすがね手馴れてる」 「応急処置程度だけどな。それよりどうしたんだ?」 「見れば判るでしょう?」 「………行くのか?」 「まあね。随分休ませて貰ったし」 「そうか………」 そう言って郁未は診療所を去ろうとした。 だが、その直前に声をかけられる。 「郁未」 「なに?」 「判っていると思うが、俺はあんたと葉子さんのことは完全に信用しているわけじゃあない。 だからこれから先、あんたが殺し合いに乗ろうが乗らまいが俺の知ったことじゃない…………」 「―――そう」 「だが、これだけは言っておく。情に流されると自滅するぞ」 「その助言だけありがたく頂いておくわ……」 そうして郁未は診療所を後にした。 「―――郁未さん、行ってしまわれたのですか?」 郁未が診療所を去った後、今度は葉子がやってきた。 ただし、郁未とは違い彼女は荷物を持っていなかった。 「ああ。あんたはどうすんだ? あいつと行かなくてよかったのか?」 「私はまだ足のほうがまだ万全じゃありませんので、私が付いていても足手まといになるだけですから。 ―――まあ、多分大丈夫でしょう。あの人はそう簡単に死ぬような人ではありませんから」 「―――制限されているとはいえ、クラスAの能力者だから……か?」 「やはりご存知だったんですねFARGOのこと」 「ああ」 「―――郁未さんは恐らく少年を探しに行ったんだと思います」 「少年? あの参加者名簿に載っていた55番の『少年』のことか?」 「はい」 「――あいつは知り合いはいないと言っていたはずだが?」 「嘘ですよ。それに実を言うと先ほどの放送で名前があった名倉由依さん、巳間晴香さんも郁未さんのお知り合いです」 「そうだったのか」 「―――そういえば宗一さんはご存知ですか? 数ヶ月前に起きた謎の集団失踪事件を?」 「ああ。もちろん。日本中から計数十名もの人間が1夜にて姿を消したというあの事件だな? 警察がマスコミなどに規制を働きかけて表舞台ではあまり騒ぎにはならなかったが………それがどうしたんだ?」 「―――実は、その時行方不明になった数十名のうちの1人に先ほどの『少年』がいたのです」 「なんだと!?」 宗一は思わず座っていたソファーから立ち上がった。 「そうして郁未さんや私たちの前から姿を消し、それ以来行方知らずだったはずの彼が今回この殺人ゲームの参加者の1人としてこの島にいる……なにか引っかかりませんか?」 「―――つまり郁未はその少年が数ヶ月前の事件と今回のこの殺し合いのことを何か知っているんじゃあないかと思い行動に出た……と言いたいんだな?」 「はい……」 ―――今葉子が言ったことは嘘など1つもない全て本当のことである。 那須宗一の情報力ならば今回の殺し合いを終わらせるためのヒントがなにか見つかるかもしれないと思ったからだ。 足を負傷してしまった彼女はもう前線で郁未と協力することは不可能だ。 そのため彼女は郁未が僅かでも助かり、生き残るための方法を見つけ出すという最後方からのサポートすることにしたのだ。 故に、今彼女が求めているもの―――それは宗一たちエージェント同様『情報』であった。 郁未が生き残るための助けになるため、今は少しでも情報がほしいのである。たとえそれが敵からの情報であってもだ。 「そういえば、宗一さんはどうお考えです? 先ほどの放送の件ですが……」 「例の『優勝者にはどのような願いもひとつ叶えてやる』というやつか?」 「はい」 「俺は―――あの話は嘘ではないと思う。 俺やリサ、お前たちFARGOの面子をはじめ、鬼の血を引くという柏木の人間。今は亡き篁。 さらには来栖川、長瀬、倉田といった表舞台でも名をはせている人間たち、そんな面子を1日で拉致し集めるほどの存在だ。 恐らく―――下手をすれば俺たちを遥かに凌駕するもの―――宗教的に言えば『神』とかそんなものがこの殺し合いの裏には隠れているんだと思う」 「なるほど………」 放送が終わってまだそれほどの時間は経過していないのにそれほどの推測を立てるとは――やはり那須宗一―――NASTYBOYは伊達ではないなと葉子は思った。 だが、今宗一が言ったとおり本当に神のような存在がこのゲームの裏に存在しているとなると万一自分たちが主催を敵に回すことになった場合、果たして自分たちでは太刀打ちできるのかという疑問もあった。 「―――そういえば、エディさんと梶原さん、そして佳乃さん……亡くなられていましたね……」 「ああ……」 宗一は手をギュッと握り締めた。 「―――死なんてものは常に人に平等に訪れるものなんだ……だが今回の場合は、絶対に間違っている……」 「そうですね……」 「ゆかりもエディも姉さんも佳乃も……決して殺されるような人間じゃなかった……」 「―――宗一さんはこれから先どうするんですか? 探している人たちはまだいるのでしょう?」 「ああ。すぐにでもここを出発して皐月や七海やリサ――そして佳乃が探していた人たちを見つけ出したいとは思っている………だけど、まだその時じゃあないと思っている………」 「何故ですか?」 「まだ情報が足りない……この殺し合いの主催のこと、この首輪のこと、そして例の少年と数ヶ月前の事件のこととかがな………」 「………」 「俺たちエージェントは時に人を傷つけたり、殺したりと与えられたミッションなら何でもこなす。だが根本は『情報を得る』ためだけに存在するものだ。 情に流されたら……自滅するのがオチだ。俺はこれまで生きてきた経験――そして今回のことでそれを学んだ……」 そう言うと宗一は近くに置いてあったデイパックを手に取り、そして中を開いた。 「それは?」 「あそこで今寝かせている男が持っていた物だ。何か役に立つかもしれない」 宗一が取り出したもの――それは携帯電話と束になったダイナマイトだった。 実は敬介が持ってきたデイパックは古河渚に与えられたものだったのだ。 なお、この携帯は水瀬名雪に支給されたものと同型で、名雪のもの同様GPSが内蔵されているのだが、MP3と時限爆弾としての機能は付いていない。 「―――ダイナマイトはともかく、携帯電話は使えそうだ」 「あの男には悪いが、この携帯は使わせてもらおう。1人でも多くの人の命を守るために今は少しでも情報を集めなきゃならないからな」 「何をするんですか?」 「この携帯を今から改造する。少なくとも電波が入って島内の電話と繋がるくらいにはしたいな」 そう言うと宗一は自分が持っていたツールセットを取り出し、早速携帯電話の改造を開始した。 【時間:2日目・午前6時45分】 【場所:I−7(診療所)】 那須宗一 【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)、H&K VP70(残弾数2)、包丁、ダイナマイトの束、携帯電話(GPS付き)、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:携帯電話の改造開始。現在の目的は情報を集めること、次に仲間と合流】 鹿沼葉子 【所持品:支給品一式】 【状態:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当ては済んでいるがまだ歩けるほどではない)。一応マーダー。今は郁未のために情報を収集する】 橘敬介 【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】 【状態:左肩重症(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷・気絶。澪の保護と観鈴の探索、美汐との再会を目指す】 上月澪 【所持品:なし】 【状態:精神不安定。頭部軽症・気絶中。目的不明】 天沢 郁未 【持ち物:支給品一式(水半分)】 【状態:右腕と頭に軽症(手当て済み)、葉子と別離、目的不明(少年を探す?)、すでに診療所からは移動済み】 【備考】 ・現在宗一が持っている携帯はGPSレーダーにより水瀬名雪のものが2km以内にあるなら相手の居場所がわかる機能がある ・敬介の支給品以外の所持品は万一のため宗一が所持 ・郁未が向かった先などは後続の書き手さんに任せます - BACK