・・・体が、だるかった。 泣き疲れて眠ってしまった、その事実に気づいた時はもう朝だったようで。 窓から差し込むうっすらとした陽の光で、古河渚は目を覚ます。 「・・・え、これは・・・」 起き上がると、その見覚えのある景色に驚いた。いや、それ以前の問題でもある。 スプリングは少し固めだけれど眠るにはちょうどいいベッド、柔らかい布団。 ・・・それは、安全であった頃に自分が早苗の庇護のもと休んでいたあのベッドだった。 「目が覚めたか?」 戸惑う渚にかけられた声、気がついたら一人の男が部屋の入り口に立っていた。 見覚えのない人物に対する警戒心よりも、この把握できない現状に混乱してしまう渚。 ただ何がどうなっているかを理解しようと頭を動かすが・・・あの、父を亡くした場面から先の記憶はなく。 むしろ、それで思い出してしまった昨日の出来事に胸が締め付けられてしまう。 「妙にドンパチでっかい音がしたと思って来てみたら、もう俺が来た時には全部終わってた。 ・・・血の海の中で身動きするあんたを見た時はびっくりしたよ」 話しかけても答えてこない渚の様子を気にせず、男はゆっくりと近づいてきてベッドの横に添えつけられた椅子に腰掛けた。 目が合うと少し微笑み返してくる彼は、近くでみると思ったよりも幼い顔つきで。 同年代の男の子特有のやんちゃ加減が見え隠れする様は、少し朋也のことを彷彿させた。 「そう、ですか・・・」 そんな彼に対し、渚はただそれだけを返した。 男の言葉は昨日の全てを物語っていて、あの悲しみが現実の出来事だということを物語る。 瞼の裏に焼きついた光景を浮かべるだけで、渚の心は一気に疲弊した。 ・・・思い返すだけで悲しくなる、溢れそうになる涙を必死に堪えた。 「知り合い、だったか?」 男の気遣うような言葉。渚は目を伏せたまま、静かに頷いた。 「はい、おと・・・父と、母が」 「そうか、そりゃつらかったな・・・」 会話が止まる。 渚はきゅっと膝にかかったままの布団を握り締め、ひたすら堪え続けていた。 もう、何もできないまま泣き崩れるのだけは嫌だった。それで救える命などないことは、前日説明されていたのだから。 「俺は那須宗一。あんたは?」 「古河渚、です」 「俺はこれから、知り合いを探しに島を歩き回ろうと思う。勿論、ゲームになんて乗らないさ。 ・・・あんたは、どうする?」 問いかけ。それの指す意味に対し、渚の顔に戸惑いが浮かぶ。 これは自分も同行してよいのだろうか、それともただ単にお互いのこれからを話し合うためだけの話題なのか。 『一緒に行ってもいいですか』 それは、いつもの彼女なら答えだであろう台詞。 遠慮がちに、相手の出方を窺うように。 ・・・だが、もう受身でいるのはごめんだった。それで好転するなんてことがないことも、前日説明されていたのだから。 「わたしも一緒に、連れて行ってください」 だから彼女はこのような答え方をした。言葉に一つの、覚悟を決め。 「あの、お役に立てるかは分かりませんが・・・でも。 もう、誰も死なせたくないです。こんな争いは充分です」 大切な人を失ってしまった、もうこのような事態を繰り返さないために。 このような思いを、誰かにさせないために。 それが渚の出した思いの結論であった。 「あんた、いい根性してるな」 「え・・・?」 そんな彼女の様子に、宗一は小さく苦笑いを浮かべる。 自嘲気味に顔を歪ませる彼の指す態度の意味が分からず、渚は意味を問うよう彼に視線を向けた。 少し間を空けてから、宗一は静かに語りだす。 「・・・俺の知り合いがさ、放送で呼ばれたんだ。優しい子だったんだ、凄く好きだった。 へこんだよ、守れなかったことに対する後悔も大きかった」 「那須さん・・・」 悲しい語り。しかし、それに続けられた言葉は渚の予想を超えることになる。 「ごめん、俺あんたに嘘ついた。昨日の夜、この診療所で何か起きてた時・・・俺、近くにいたんだ」 「・・・え?」 「全てが片付くの見計らって、中入ってったんだよ・・・こん中に、俺の知り合いがいないの知ってたから」 言いながら、彼は懐から支給品であるFive-SeveNを取り出しそれを渚に向けて構える。 その慣れた手つきと突然の告白、二つの驚きで渚の体は硬直してしまい動けなくなる・・・が。 銃弾は放たれることなく、次の瞬間Five-SeveNは渚の懐に投げ込まれた。 「あいつが死んだっていうの知った時、俺はこのゲームに乗ってもいいと考えちまった。 大事な仲間以外、撃ち殺してもいいと思った・・・俺には、それをするだけの能力が与えられていたからな。 ここが騒がしかった時も、全てが終わった後に何かいい支給品でもあったら回収しようと思ったんだよ・・・」 表情が、ますます険しくなる。 ・・・宗一が何をもってこれを伝えているのか、その意図を渚が上手く理解することはできなかった。 だから、彼女は問う。ストレートに、彼の本心を知るために。 「・・・何故、殺さなかったんですか?」 静かな声に、伏せめになっていた宗一の顔が上げられる。 「では、何故わたしのことを殺さなかったのですか」 「それは・・・」 「何故、そのことを話してくれたんですか。 ・・・そんなことを言われても、わたしがあなたに対し良い感情を持つわけはありません」 「分かってる、だからそれをあんたに渡したんだ」 自動拳銃FN Five-SeveNは、今渚のもとにある。 彼女はそれに手をつけようとしなかったが、それでも武器は与えられたという状況。その指す意味は。 「わたしに、撃たれたいんですか?」 「・・・それが、あんたの親を見殺しにした、俺の責任でもあると思ったから」 ひどくつらそうな宗一の様子に、渚はやっと何かを理解したような感覚を得た。 そう。この人は、今でも後悔している。 守れなかった大事な人を失った時から、ずっと。 そして、誰かにとっての『大事な人』を奪う可能性を持っていたことに対し。 そう。実際渚にとっての『大事な人』を見殺しにしたということに対し、罪の意識を持っているのだと。 渚は一つ息を吐き、改めて宗一の目を見つめた。 彼はまだ笑い続けている。口元だけを緩ませ、死んだ目でこちらを見返している。 彼は、罰せられるのを待っていた。 「・・・いりません。そんなもの、そんな覚悟。 それでお父さんもお母さんも返ってくるわけではありません」 言い切った。受身でいる宗一を、突き放すべく。 渚に攻められることで免罪符を勝ち取ろうとする彼の態度を、彼女は許さなかった。 ・・・そして、渚自身も。自らの罪を、告白をする。 「それに・・・わたしも同じなんです。わたしも、一度は逃げましたから」 父なら大丈夫だと思ったから。 父なら、絶対あの状況をひっくり返してくれると思ったから。 出て行けと言われたからというのもあるが、やはり信じていたという部分が強かったから。 そんな言葉で期待を押し付け、渚はあの場から逃げ出した。 ・・・確かに信じていた、父なら何とかしてくれると。そして実際、あの場自体は何とかなった。 失ってから圧し掛かってくる後悔は、今もまだ続いている。 もしあの場に留まっていたとしても、渚にできたことなどなかったかもしれない。 でも、それでもと。思考は、ループし続ける ・・・そんな可能性を考えたら、キリなどないのだ。 だから渚は、もう後ろを振り返ろうとは思わなかった。 今の自分にはまだ未来があるから、今の自分には今度こそできることがあるだろうから。 「わたしは、父を犠牲にした分もう新たな犠牲を出さないために何かしたいです。 ・・・でも、思いだけでは、守りきれないんです」 渚は今一度宗一と目を合わせ、そして。 「那須さん、力を貸してください」 今度は自分から、協力を仰いだ。 「この件に関する償いは望まないです、でも。・・・わたしには、那須さんの力が必要です。 ゲームを止めたいです、この島にいるみなさんを救いたいです。勿論、那須さんのお友達もです。 ・・・これ以上誰かの大事な人が傷つくことのないよう、力を貸してください」 普段の彼女らしからぬ強い姿勢、凛とした強固なる意志は決して曲げられることのない思いの証。 そんな彼女と見つめ合ううちに、宗一も心のモヤと化した部分が晴れていくような気分を味わう。 ・・・こんな、何の力も持たないような少女がこれだけ言ってのけているという現実。 力があるからこその悩みができた宗一、でもそれを塗り替えるチャンスは今目の前にあった。 口の端をきゅっと結び、表情を改める。再び顔を上げた彼の迷いは、既に消えていた。 「・・・分かった」 返されたのは短い一言、これで会話は終わる。協定は、結ばれた。 古河渚 【時間:2日目・午前6時前】 【場所:I−7・診療所】 【持ち物:なし】 【状態:宗一と行動・ゲームを止める】 那須宗一 【時間:2日目・午前6時前】 【場所:I−7・診療所】 【所持品:FN Five-SeveN(残弾20/20)、他支給品一式】 【状態:渚に協力】 【備考:早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられている。秋生の支給品も室内に放置】 - BACK