ラブハンターvs恐るべき魔弾の射手




「……ったく、あの馬鹿……」

第二回定時放送、正確にはその直後の臨時放送を聞いた、来栖川綾香の第一声である。
眉間によったシワを揉み解しながら、綾香は渋い顔で考え込んでいた。

結局、更迭と処断が同時に行われたというわけだ。
いずれ避け得ぬ事態であったとは、思う。思うが、しかし。
綾香の来栖川重工役員としての思考回路が、名状しがたい違和感を訴えていた。

更迭は、まだいい。
東京の緊急会議を経て出された妥当な結論と、納得もできる。
しかし、急遽参加者としてプログラムに組み込むというのは、流石に性急に過ぎる。
あれでも久瀬防衛庁長官の一子なのだ。
それを、いずれ形式的なものになるとはいえ正規の手続きも踏まずに参加者、しかもターゲット扱いで
有無を言わせず抹殺するとなっては、今回のプログラム遂行にあたって強硬に横槍を入れてきた防衛庁、
ひいては軍の面子が立たない。
有り体に言って、今回の処分には背広組の意向があまりにも反映されていない。

更に言えば、三万体もの砧夕霧が久瀬に与えられたというのもおかしな話だった。
そもそも砧シリーズは軍の発注を受けて来栖川重工のラインで量産していたものだ。
そして三万体といえば、納品した機体のほぼ全てにあたる。
巨費を投じてようやく実働レベルにまで数を揃えたそれを、抹殺対象として指定した個人に支給するというのだ。
いくらなんでもそんな無茶を、百鬼夜行の霞ヶ関が通す筈もない。
そんな指示を出せば内局や他省庁の突き上げを食うでは済まないことくらい、現場の人間であれば少なからず
理解しているはずだった。

おそらく、否、十中八九まで、今回の処分は久瀬に代わってこの現場を仕切ることになった人間、それも
現場勘もなければ予算配分に関わることもない外部の人間の独断専攻と、綾香は状況をそう読んでいた。
この分では、新司令とやらの御世も長くはないだろう。
いかに面従腹背の伝統があるとはいえ、制服組がいつまでも背広組の意向を無視して動けるとは思えなかった。

とはいえ、時間が解決するに任せて無視を決め込むわけにもいかなかった。
砧夕霧は単体ではデコが光るだけの不気味な人形だが、数が揃えば途端に強力な光学兵器へと変貌を遂げる。
三万体ともなれば、戦略級の威力を有するといってよかった。
それが個人の手にあるという危険性を、綾香は正しく認識していた。
叩くなら雲に覆われて陽光が射さない午前中しかない、と綾香は思考を巡らせる。
問題は三万という数と上陸地点だが、大規模な艦が接岸できるような海岸は、この島にそう多くない。
常識的に考えれば、本部の設置されている空母「あきひで」、それが展開している沖木島の東側。
綾香たちの現在位置からもそう遠くない場所が、第一候補であった。


「……で、あんた誰」

その少年はふらりと立っていた。
思考を中断した綾香が、険悪な声で誰何する。
見れば、少年は上半身に何も纏っていないようだった。

「……知ってる?
 早朝に裸で女の子の寝室に入ってくる男は無条件で殺していいって法律、去年施行されたの」

明確な殺意の込められた綾香の言葉にも、少年は顔色ひとつ変えない。
ズボンだけを身につけた姿で、ゆらりと口を開く。

「あいつ……知ってるだろ?」
「は?」

要領を得ない少年の言葉に、飛び掛るタイミングを見失う綾香。

「あいつさ……いなくなったんだ。急に」
「……」
「俺のこと、嫌いになったのかな……そんなはず、ないよな。きっと何か理由があるんだ。
 だから追っかけてるんだ。知ってるだろ?」

何かにとり憑かれたような少年の言動に、思わず一歩退く綾香。
恍惚の表情をすら浮かべながら、少年はふらふらと洞窟の中に踏み入ってくる。
ふんふんと、何かを嗅ぐように鼻を鳴らす少年。

「ああ、やっぱりだ……。ここ、あいつの……匂いがする」
「うわキモっ!」

思わず叫ぶ綾香。
少年は明らかに常軌を逸していた。

「なあ……知ってるんだろ、あいつのこと……」
「いや、知ってるっていうか、なんていうか……」

綾香の脳裏に、先程ボロ雑巾のようになるまで痛めつけて追い出した金髪の少年の姿が浮かぶ。
口ごもる綾香の様子を訝しがってか、少年がどろりとした目つきで綾香を睨んだ。

「……知ってるならさ……、返してくれよ」

言いながらズボンの中に突っ込まれた少年の手が、魔法のように一丁の銃を掴みだした。
コルト・パイソン。古風なリボルバー式拳銃である。

「俺の運命を……返してくれよ……!」

銃口を向けられた綾香は、しかし余裕の表情で少年を見返している。
その顔から戸惑いが消えていた。戦闘ともなれば、綾香の領域であった。
己を取り戻した綾香の身体を包む銀色のパワードスーツが、薄明かりに煌く。

「……は、上等じゃない。そんな豆鉄砲でKPS-U1改の装甲を、」

しかし最後まで言い切ることは、できなかった。
少年は躊躇なくトリガーを引いていた。

轟音が洞窟内に反響する。
放たれた.357マグナム弾が、笑みをすら浮かべる綾香の頭部バイザーへと、着弾する。
秒速400メートルの速度を与えられた弾丸は、13mm弾の直撃にすら耐える特殊合金製のバイザーを、しかし易々と貫通し、
綾香の右眼窩を抉ると、その鉛の弾体を脳髄へと―――

「って、そんなんなったらマジで死ぬわよねえ!?(;゚皿゚)」

間一髪。
綾香は春原から会得したカウンターリアクションによって、致命的な打撃を回避していた。
火を噴くバイザーを投げ捨てて、苦痛にのた打ち回る綾香。長い黒髪がばさりと広がる。
眼を×印にして転がるその襟首を掴んで洞窟の奥へと走り出したのは、HMX-13セリオである。
もう一方の腕には来栖川芹香を抱えていた。

「―――早速、その異能が役に立ちましたね」
「危なく二度目の死を迎えるところだったわ……」

涙を浮かべながら答える綾香。抱えられながら首を捻る。

「しっかし、それにしても……なんで拳銃弾なんかで撃ち抜かれたんだろ。
 機関銃の掃射にだって耐える複合装甲、って触れ込みで売り出すのよアレ。
 やっぱ責任者は物理的に吊るし上げね……」
「開発部門の総責任者は綾香様ですが」
「マグナム弾、たって9mmでしょ……? そんなのに負けるなら軍事予算なんて要らないっつーの」

と、セリオの指摘を無視した綾香に、芹香が何事かを囁いた。

「え? ……ごめん、さすがによく聞こえなかった」
「―――あれは魔弾の射手の一種ではないか、と芹香様は仰っています」

高性能の集音センサーを持つセリオが代弁する。

「何それ」
「―――物理法則から、俗に運命と呼ばれるものまで、概念そのものを捻じ曲げる力を持った弾丸を広く魔弾と称する、と仰っています」
「ちょっとだけ噛み砕いてくれると嬉しいかな……」
「―――彼の撃った弾から、庇護、或いは防護の概念を無視するような力を感じた、と仰っています」
「もう一声」
「……綾香様にもご理解いただける範囲で端的に申し上げるならば、」
「姉さん、ホントにそんなこと言ってる?」

無視して、セリオが続ける。

「―――防御無視、と」
「そりゃ分かりやすいわね」

轟音。
顔をしかめた綾香の鼻先を、弾丸が掠めていく。
慌てて振り返ると、少年が血相を変えて追いかけてきていた。

「さっきの顔……あいつの……! お前、あいつに……陽平に何をした……っ!」

どうやら、綾香のリアクションに鋭く春原の痕跡を嗅ぎつけたようだった。
舌打ちして、セリオに短く指示を出す綾香。

「もう大丈夫、下ろして。……姉さんをお願い」
「はい」

半ば飛び降りるように、走るセリオの腕から身を投げ出す綾香。
勢いを殺さず、前転して近くの大きな岩陰に飛び込んだ。
見る見るうちに遠くなっていくセリオの背中に向かって、綾香は叫ぶ。

「で、弱点は!?」

変わらず淡々と、しかし音量だけは平時より大きく、セリオが返答する。

「―――知らないわそんなもの、と」
「絶対言ってないでしょ……」

嘆息して、綾香は少年の様子を窺う。
足音は聞こえない。どうやら綾香が迎撃体勢を取ったのを見て、少年も足を止めたようだった。
岩陰からそっと顔を出そうとする綾香だったが、瞬間、背筋に悪寒が走った。
轟音。反射的に身を引いた綾香の、そのすぐ目の前を弾丸が駆け抜ける。

「……ッ!?」

冷や汗を垂らしながら横目で見れば、身を隠していた岩盤に、ぽっかりと穴が開いている。
全身から血の気が引いていくのを感じる綾香の耳に、遠くからの声が響く。セリオだった。

「―――申し忘れましたが……」
「何!?」

叫び返す綾香。

「……敵弾が防護という概念を貫通する以上、防壁はあまり意味を成しませんのでお気をつけ下さい」
「早く言えよっ!」

思わずツッコんだ瞬間に、またも轟音が響いた。
遅いと分かっていても、反射的に身を伏せる綾香。衝撃は無かった。

「っくぁ……外してくれたか。……って、待てよ……?
 これ、確かに弾は防げないかもしれないけど……」

二つ目の穴が開いた岩盤を見上げて、綾香はようやく気づく。
防壁としての意味は無くとも、遮蔽には充分な効果があるのだった。

「っとに、わざと紛らわしい言い方してるんじゃないのか、アイツ……?」

セリオが駆けていった洞窟の奥に広がる闇に、ちらりと目をやる綾香。
暗視装置つきのバイザーが失われた今、その闇を見通すことはできなかった。
気を取り直して思考を戦闘に集中させる。

(落ち着け……まず、状況確認だ)

岩陰に身を縮めて投影面積を小さくしながら、彼我の戦力を計算し始める綾香。
まず自身の武装KPS-U1改は、少なくとも装甲面では全くの無力であった。
有効なのは運動能力の向上機能、そしてそれ自身の重量と硬度。
となれば手持ちで最大の火力は、エルクゥの腕による肉弾戦となる。
既に黒く変色し、鬼化を完了した拳を握り締める綾香。
一方、少年が手にしている銃はコルト・パイソン。6連装のリボルバーであった。

(最初に私が撃たれてから、合わせて4発撃ってるってことは……)

相手の残弾は多くとも2発。リロードをしている気配はない。
このまま膠着状態を続けて弾切れを待つのが得策だろうか、と綾香は頭の中でシミュレーションを開始する。
正面から撃たれた最初の一発はともかくとして、あとはすべて外れていることを考えても、敵の射撃精度は決して高くない。
当たれば致命傷となりかねない弾丸とはいえ、KPS-U1によって補助された綾香の運動能力で振り回せば、それほど
分の悪い賭けではないかもしれない。

でもねえ、と綾香は内心で顔をしかめる。
いくら確率は悪くないといったところで、ギャンブルであることに変わりはなかった。

(もっと確実な方法―――敵は、防護を無視する概念か……概念?)

と、綾香がそこまで思考を巡らせたところで、またしても洞窟内に轟音が反響した。
弾丸が岩盤に三つ目の穴を開ける。
が、まったくのめくら撃ちである。弾痕は綾香に掠りもせず飛び抜けていった。

(残り、一発……!)

新たな判断材料を得て、シミュレーションを更に推し進めようとする綾香。
だがその耳に、少年の怪訝な声が飛び込んできた。同時に、カチカチという金属音。

「……あれ? もう弾切れか……使えないな……」

危機感の欠片もない声と共に、ガシャリと音がした。
少年が拳銃を投げ捨てた音であると、綾香は聞き分ける。
千載一遇の好機。間髪いれず、岩陰から飛び出す綾香。
果たして、少年の持っていたコルト・パイソンは地面に落ちていた。
少年自身は、不思議そうな顔で迫り来る綾香を見ている。その両手はズボンの中に突っ込まれていた。
もらった、と勝利を確信する綾香。疾る。
だが少年はへら、と笑うと、意外な言葉を口にした。

「―――何だ、そっちから出てきてくれたの」

次の瞬間、綾香の目に映っていたのは、悪夢のような光景であった。
ズボンから引き出された少年の両手には、それぞれ黒光りする長大な銃が握られていた。
二丁の自動小銃の銃口が、ゆっくりと綾香へと向けられる。

「この島ってすごいよな……ちょっと歩くだけで、武器がごろごろ落ちてるんだから。
 誰かが捨てていったのかな……感謝しなくちゃな」
「なんてデタラメな……! ってか、どっから出したのよ……!」

自身のことを棚に上げて憤る綾香。
しかし、足は止まらない。止めるわけにはいかなかった。
拳銃であればともかく、この閉鎖空間で自動小銃が相手では、命中精度の計算など意味がなかった。
遮蔽物ごと蜂の巣にされるのが目に見えている。距離を取ることは、即ち敗北を意味していた。
春原の異能をもって致命傷を回避したところで、近づけなければ手の出しようがない。
そもそも、発動に失敗すれば即死だった。

(やっぱり、一旦退いてセリオと合流するべきだったかな……)

後悔も、今となっては役に立たない。
一秒を更に区切る単位で、綾香は彼我の距離が近づいていくのを認識する。
しかし、間に合わない。自身が拳の間合いに入るよりも早く、敵の小銃が火を噴くと、綾香は確信する。

(敵は概念、か……。仕方ない、イチかバチか……!)

決断は一瞬。
疾走のまま頭を下げ、身を低くする綾香。
上体をほとんど地面に擦るように、頭から相手に突っ込む姿勢。
その黒い両の拳は、腰溜めに引かれている。
視線が、少年を捉えた。

「……陽平を、返せっ!」

マズルフラッシュが見えるよりも、一瞬早く。
綾香は右の拳を、突き出していた。間合いの遥か外である。
弾丸の嵐が、綾香を押し包む。狭い洞窟の中に、発砲音が反響する。
血煙が、上がる。

一瞬の後。
圧倒的に勝利に近いはずの少年の表情は、しかし恐怖に凍り付いていた。

「なんで……なんで、止まらない!? 来るな……来るなぁっ!!」

来栖川綾香が、迫っていた。
間合いまで、あと五歩。爛々と輝く真紅の瞳が、少年を射抜いていた。

「……思ったとおりだ。アンタの弾は、防護を貫く」

あと、四歩。
白い牙を剥き出して、綾香が嗤う。

「そうだ、この硬い皮膚は確かにわたしを護る為のもの」

あと三歩。
黒い皮膚を血で染めながら、綾香の拳が繰り出されている。

「けれど、この拳は―――何かを護る為のものじゃあない」

あと二歩。
続く弾幕を、左右の拳で薙ぎ払い、綾香は止まらない。

「だったら……アンタの力が貫けるのは、私の、皮一枚だけ」

あと一歩。
ぼろぼろになった黒い皮膚の破片が、鮮血と共に周囲に散乱する。

「ただの弾丸が……この拳を、止められるか―――!」
「ひっ……!」

自身を襲うすべての弾丸を迎撃し尽し、綾香が最後の一歩を、踏み出した。

「―――さようなら、魔弾の射手」

少年が最後に見たのは、嗤いながら血塗れの拳を振るう、悪鬼の如き少女の姿であった。




「うぇ……、サンドバックにされすぎて気持ち悪い……」

雨の中を、一人の少年がとぼとぼと歩いている。春原陽平である。
こみ上げる嘔吐感に口元を押さえながら、春原はどこへともなく歩みを進めていた。

―――まだ、この時の彼には知る由もなかったのである。
住井護少年の一発……概念を超えて春原に放たれたその恐るべき子種は、彼の胎内に新しい命を芽生えさせていた。
己に宿った小さな奇跡を知らず、そしてまた住井護の死を知らず、春原陽平は歩いている。




 【時間:2日目午前6時過ぎ】
 【場所:H−6】
来栖川綾香
 【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:両腕パワードスーツ全損、ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)】
セリオ
 【持ち物:なし】
 【状態:グリーン】
イルファ
 【状態:せめて描写くらいしてください】
来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】
住井護
 【状態:死亡】
春原陽平
 【持ち物:なし】
 【状態:妊娠(;゚皿゚)】
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