ああ、しっかし急いで戻ったはいいものの意味があんのか? どうせ「遅い」とかウダウダ文句言われるんだろ……。 そんなことを考えながら溜め息をつく高槻は沢渡真琴を抱えたまま無学寺の門をくぐった。 だがその直後彼の耳に届いたのは、悲痛な声で叫ばれた自身の名前―― その聞き覚えのある声に、考えるよりも先に体が動いていた。 今まで走り続けた疲れも忘れ、ただがむしゃらに駆ける。 ――なんだってんだよっ! ほんの数十メートル先に見える寺の扉がやけに遠く感じた。 響き渡った絶叫と急変した高槻の表情に、腕に抱かれた真琴が裾をぎゅっと握り締め不安げに見上げる。 だがそんな真琴のことすら忘れてしまったかのように高槻は一心不乱に走る。 ――まだだってか! 扉まであと三メートル 二メートル…… 一メートル……………… ガアアアアンと派手な音が所かまわずと響き渡った。 肩で息をつきながら、全力疾走のまま眼前の扉を蹴破った高槻は目の前の光景に愕然とする。 倒れたゆめみと七海、ボロボロになった見知らぬ男。それよりも何よりも真っ先に目に入ったのは、 ボロボロに破られた制服が申し訳なさ程度に上半身を隠してはいるものの、ほぼ裸となった郁乃と ズボンを下ろし押さえつけるように跨っている先ほど学校で撃退した岸田の姿――。 いきなり現れた高槻の姿に岸田はらしくないほどにうろたえていた。 まさか浩平の他にも仲間が居たとは。 しかもそれが先ほどの男だなどとは夢にも思っていなかった岸田が脱ぎ捨てかけたズボンを下ろす手を止めて固まる。 「てめえ、なにやってやがるっ!!!!」 両手に抱えた真琴を乱暴に投げ捨て、叫ぶや否やコルトガバメントを取り出し岸田に向かって地を蹴った。 ――近すぎる、当たっちまうか……!? 右手に抱えたそれを左手に持ち替え、代わりに右拳を握り締める。 いきなりの襲撃に慌てた岸田だったが、それでも組み敷いた郁乃を乱暴に抱えながら手元に置いていたマグナムに手を伸ばした。 だが、膝と踝に引っかかったズボンにより体勢が崩れ去る。 その隙を見逃さず高槻の裏拳が岸田の右頬を捕らえていた。 「っ!」 その衝撃に銃を取り落としながらも左腕に抱えた郁乃を離そうとはしない。 間髪いれずに銃のグリップを再び岸田の右頬へと叩き込む。 続けざまに襲った顔面への激痛に郁乃を抱えた腕を離し、岸田は両手で頬を押さえる。 そして声を上げさせる暇も与えず、高槻は右腕を振りかぶると押さえた腕の上から岸田を殴りつけていた。 高槻の拳にぐしゃりとした感触が襲う。 声にもならない悲鳴を上げのたうち回る岸田に対し、丸出しの下半身を見つめ唾を吐き捨てる。 「ふざけた真似しやがって!!!」 銃を握る手に力が篭り、「死ねよ」とただ一言告げ岸田に対して銃弾を放った。 だが高槻の思惑とは裏腹にカァンとした金属音が鳴り響き、彼の怒りを乗せた銃弾は岸田に胸に当たったと同時に見当違いのほうに跳ね返るとコロコロと床を転がっていた。 「んだとっ!?」 予期せぬ事態に高槻は再び引き金を引く。 だが結果は変わらず、再び放たれたその銃弾も弾かれるように逸れ本堂の壁に埋まっていた。 「……ククク」 高槻の狼狽した声に、顔面を押さえたままの岸田が突如醜悪に笑い声を上げた。 覗き見るように顔から両手を離すものの、そのおびただしい出血が鼻が折れていることを告げており、押さえるように左手を当てる。 「やってくれるじゃねえか……クズが」 高槻を睨みつける眼光は暗く深く、そして冷たく。 とても怪我人とは思えないような殺気と共に言い放っていた。 「その言葉そっくりそのまま返すぜこのクソ野郎」 郁乃はただ目の前で起こっている光景を映画でも見ているように呆然と眺めていた。 目の前に現れた高槻の姿に視線を移すも、焦点の合わない瞳で言葉にならない嗚咽を漏らし続ける。 その呻き漏れる声の一つ一つに感情が溢れ出る。 チラリと窺い見た郁乃の表情に高槻は今まで経験したことも無い怒りを覚えた。 さっきまで俺様を罵倒していた女が何故こんなすがるような目で俺様を見ている? ……決まってる、あいつのせいだ。 それを見て気分はどうだ? ……腸が煮えくり返ってしょうがねえ 何故だ? こんな女なんか頬っておけばいいと思っていたんじゃねえのか? ……知るかよ! そもそも他人となんか関るつもりなんか無いんじゃなかったのか? ……うるせぇっ! 自分でも言ってただろ? こんなの俺様じゃねえって。 ……いい加減黙れっ! 自問自答していたはずが、心の中で何者かが俺様に話しかけてくるような感覚に囚われた。 だがそれもあながち間違いじゃなかろう。 おそらくは昔の俺様が、この島に来て変わってしまった俺様を馬鹿にしてるんだ。 自分でだって何故こんなんになっちまったかわからねーんだからな。 FARGOに居た頃を思い出せよ。あの頃のように泣き叫ぶ女を犯し、嬲りまくればいいじゃないか。 目の前の男と争う必要なんかあるのか? 同類じゃねえか。楽しめばいいだろう、一緒によ。 ……黙れ黙れっ黙れっっっっ!!! 「―――――――!!!!」 瞬間、高槻は吼えた。 全ての思念を取り払うように、言葉とも言えない感情を口からあらん限りの大声で吐き出す。 その叫びに岸田の身体がわけもわからず震えた。 学校で戦った時とは明らかに何かが違う。あの時のこいつは完全に自分と同種だと感じていた。 同族嫌悪という奴だろうか、全てが気に食わなかった。 だが今目の前に居る高槻からは、それともまた違った感情で嫌気が湧き上がっていた。 晒された小さな乳房を隠すこともせず、未だ現実を受け入れきれない郁乃もその雄たけびに怯えながら顔を上げた。 自分の目の前に居るのはいったいなんなのか。 ハードボイルドで、ロリコンで、ストーカーで、天パで、名探偵で……それでいて私を好きだといってくれた人? だが考える暇も与えず郁乃の顔に柔らかな感触が当たると同時に視界が暗転し、郁乃の鼻腔をどこか汗臭い香りがくすぐる。 それはどこで嗅いだものだったのか……そんな昔ではない、そしてそれはけして嫌なものでは無かった。 震える腕を懸命に動かし自身の顔に当たるそれをそっと降ろすと――そこには今まで羽織っていた白衣を脱ぎ捨てた高槻の姿があった。 自然と視界がぼやけていた。 ――目の前に居るのはあいつだ……あいつだ…………あいつだ! 見たかったはずなのに、流れる涙が郁乃にそれを許してはくれない。 かけられた白衣を握り締め、先ほどとは違う歓喜の嗚咽が漏れ、郁乃は咽び泣いた。 自身の白衣に顔をうずめ、ただ泣き続ける郁乃の頭に手を置くと高槻は奥歯をかみ締めて呟いた。 「…………すまん」 今まで過ごしてきた中で、謝ったことなどあっただろうか。 だが高槻の人生初めてとも言えるそれは、何の臆面もなく、自然に、彼の口から漏れていた。 白衣を握り締める郁乃の手に力がこもり、顔を隠しながら大きく首を横に振られる。 「待ってろよ……すぐ終わらせる」 郁乃の頭をポンポンと叩きながら、倒れたゆめみと七海、ひれ伏したままの浩平をチラリと見て苦々しげに拳に力をこめる。 「――来いよ、ぶっ殺してやる!!」 ハードボイルド高槻 【所持品:食料・水以外の支給品一式、日本刀、分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:4/7)予備弾(13)】 【状況:岸田と対峙】 沢渡真琴 【所持品:スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】 【状況:無学寺扉に、身体はうまく動かない】 ポテト 【状態:真琴と一緒】 岸田洋一 【持ち物:鋸、カッターナイフ、、五寸釘(5本)、防弾アーマー】 【状態:高槻と対峙、左腕軽傷、右腕に深い切り傷、鼻骨骨折、マーダー(やる気満々)】 小牧郁乃 【所持品:支給品(写真集×2・マグナム予備弾10発)】 【状態:号泣】 立田七海 【所持品:支給品(フラッシュメモリ)】 【状態:腹部殴打悶絶中】 ほしのゆめみ 【所持品:支給品(忍者セット、おたま)】 【状態:左胸を撃たれ倒れる、損傷状態不明】 折原浩平 【所持品:支給品(要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2))】 【状態:全身打撲、打ち身など多数、両手は釘で床に打ち付けられ身動きが取れず】 【時間:2日目04:05】 【場所:無学寺本堂】 【備考1:郁乃・七海・浩平の支給品は部屋にまとめられている、郁乃の車椅子は倒れて放置】 【備考2:S&W 500マグナム(2/5)電動釘打ち機8/12は床、H&K PSG-1(残り3発。6倍スコープ付き)はゆめみのそば】 - BACK