悪意の暴走




「ん?」
間抜けな声を出すと共に折原浩平が本堂へと姿を現した。
見知らぬ来訪者の姿に身構えかけるが、郁乃達の様子を見て杞憂だと思いながら声を上げて近づいた。
「なんだなんだ?」
何も言わずいきなり姿を消していた浩平を呆れたように睨みながら郁乃が言う。
「……ったく、どこ行ってたのよ?」
「ちょっと空を見たくなってな」
「呑気なものね……」
「まぁそう言うなよ、でなんかあったのか? ってこりゃひでえ!」
近づくまで良くわからなかったものの、岸田の様相を見てたまらず声を上げる。
「いきなり後ろから襲われたらしいのよ」
「お恥ずかしい話で。彼女達にはお世話になりました」
深々と頭を下げる岸田に対して、浩平はうろたえながら手を振る。
「いやいやよしてくれよ、俺は別に何もしちゃいないさ」
「ほんとね」
「なんだとコラ!」
目の前で繰り広げられる漫才に岸田の心の中には苛立ちが募っていた。
自分達の置かれた状況がわかっていないのだろうかと問い詰めたくなる。
だが少なくとも自分に対して危機感を抱いていないであろうから取りうる態度だろうと無理矢理納得させる。
「しかし凄い武器ですねそれ。私なんてこんなのですよ」
電動釘打ち機をバックから取り出すと、敵意が無いことを装うために四人の目の前に『置いた』。
「んー、確かにそうかもしれないけど、別に俺が人を殺すつもりが無い以上手に余るものでしか……」
抱えたPSG-1を左右にと傾けながら、少し困惑した顔で浩平が答える。
「それでも十分威嚇にはなるんじゃないですか?」
「そうね……少なくとも手ぶらよりは安心かも。まっ私がこんなの持ってても使いこなせるとは思わないんだけどね」
郁乃も懐からマグナムを取り出すと、腫れ物を扱うようにしげしげと眺めた。



「そういやアンタ、澤倉美咲って人知ってる?」
「ん、いや知らないな、なんだ急に?」
「この人が探してる人らしいの」
岸田はコクリと頷きながら浩平の瞳を見つめる。
だが申し訳なさそうに顔をしかめて浩平は答えた。
「なるほど……残念ながら心当たりは無いと思う」
「やっぱりダメですか……」
顔だけは悲痛めいたものを醸し出していたが、内心では喜びに震えていた。
「楽観的なことしか言えないけど、きっと無事でいてくれるさ。
 だから気を落とさずアンタも……ってそういや名前聞いてなかったな。俺は折原浩平ってんだ」
「はい、七瀬彰と言います」
「……は?」
聞き間違いかと浩平が耳をトントンと叩きながら呆けた顔で岸田を見つめていた。
その表情に岸田も浩平が疑問を抱いたことを察する。
「すまんがちょっと良く聞こえなかったかもしれないんだ、なんて名前だった?」
「なに、その歳でもう耳が遠くなっちゃったの? 七瀬彰さんでしょ?
 って言うかそういえばアンタが探してた人じゃないの?」
「いや俺が探してるのはもっと若い――」
四人が顔を見合わせ状況を理解できないまま岸田の姿を振り返った刹那、彼は行動に移っていた。
郁乃の手を捻り挙げるように持ったマグナムを奪い去ると、そのまま首を殴打し車椅子を横転させる。
痛みと反動により郁乃の身体は床へと投げ出され、苦痛に首を押さえ込む。
そして浩平が銃を構えるよりも早く七海の後ろに回りこむと、左手でその小さな身体を抱え込み銃口を押し付けながら笑った。
「いいとこまで行ってたと思ったんだがな、やっぱこの作戦は穴がありすぎるか」



「お前一体……」
浩平の問いを妨げるように、七海の頭に突きつた銃口を揺らす。
「こいつが見えないのか? いいからそいつはおとなしく捨てな」
「……どっちにしたって撃つんだろ?」
岸田はケケケと醜悪な笑みを浮かべながら続けて言った。
「まあそうだな。お前がこいつを見捨てるか見捨てないか、ただそれだけの違いだな」
「この野郎……」
いきがってみるも浩平に選択肢などあるはずも無い。
「お前……彰の名前を語って今までもそうやって人を殺してきたのか!?」
「だったらこの状況が何か変わるのか? いいから黙れや」
銃口がピタリと七海の頭に突きつけられたのを見て慌てて口をつぐむ。
許せなかった。岸田も。今こうして何も出来ないでいる自分も。
だが自分の行動次第では七海の命が危うい。
どうすればいいか決めあぐねている浩平の瞳に映ったのは、震えながらも真っ直ぐ自分を見ている七海の顔だった。
気にしないでくださいとそう言っているようにも見えた。
だが見捨てるなんて出来るわけが無い。

岸田の言葉から数秒の間……じれたように銃口を握る岸田を前に浩平は覚悟を決め、PSG-1を岸田の足元へ投げ捨てる。
そのほんの一瞬、岸田が視線をライフルに移した瞬間浩平は岸田に向かって駆けていた。
たった数歩の距離、手を伸ばせば助けられる距離。
握る拳に力を込め、全力で振りかぶりながら岸田の顔面をめがけていた。
だがドンッと響いた重い音と共に、浩平の右肩に響いた衝撃が彼の身体を後方へと吹き飛ばした。
「ヒィァッハハハハ……だろうな、だと思ったよ!!」
その顔をさらに歪め、七海を携えたまま打ち抜いた浩平にゆっくりと近づいていく。
肩を抑え腰をつきながらも毅然と睨みつける浩平の顎を、岸田は全力で蹴飛ばした。


「ぐああっっ」
跳ね上がる浩平の身体を押さえつけるように、続けざまに銃のグリップを頭上から振り下ろした。
「うがぁっ!」
全身を襲う痛みに抵抗すら出来ずに床へと叩きつけられ苦悶に叫ぶ浩平。
銃を持った手で浩平の髪の毛を掴むと、そのまま力任せに引き上げ、ブチブチと抜ける音が響いた。
「まあなんだ、別にこいつらを殺すつもりは今はなかったよ。殺しちまったら犯してもつまんねーしな。
 お前の行動は無駄だったって訳だ、ククク……」
眼前で発せられる岸田の言葉に激しい嫌悪感を覚えたが、腕も上がらず身体も満足に動かせず
睨みつけることしか出来ない。
「んま、どの道男には用はねーからてめえの運命は変わらなかったがな」
「……黙れよクソ野郎っ」
そう吐き捨てると、岸田の顔に向かって唾を吹きかける。浩平に許されたささやかな抵抗だった。
「……餓鬼が」
当然のごとく、それは起死回生にもならず岸田の逆鱗に触れるだけの結果に終わる。
握り締めた髪の毛を振り回し浩平の頭が激しく揺らされ、その度にブチブチと髪の毛が抜け続ける。
数度の往復の後、浩平の頭が再び床へと叩きつけられた。
そして満足に動かぬその身体を何度も踏みつけ、蹴り飛ばし、岸田は歓喜に叫び続けた。
「や、やめてください!」
後方からの叫びに浩平を踏みつける岸田の足がピクリと止まった。
ゆっくりと振り返るとそこには浩平が投げ捨てたPSG-1をかまえるゆめみの姿。
だがその身体は言葉とは裏腹に震えている。
「やめときなお嬢ちゃん、この娘に当たるぜ?
 それにそんなことされたらお嬢ちゃんも殺さなくちゃいけなくなるだろ」
せせら笑いを繰り返しながら再び身体を浩平に戻し、その頭を踏みつける。
「や、やめろ……」


か細いほどの呻き声しか出すことが出来ずにいるものの、浩平はゆめみに視線を送り、手を伸ばしながら口を開いていた。
「ああ? 誰もお前の発言なんか許可しちゃいねーよ」
頭に乗せた足を上げると、浩平の手を踏みなおす。
「ああああああああ」
再び響き渡る絶叫。それが合図だった。
一発の銃声と共に岸田の足すれすれを弾丸が通過していった。
振り返る先には半泣きになりながら今まさに銃弾を放ったゆめみの姿。
そんなゆめみの姿を見て、困ったように溜め息をつきながら岸田は銃口を向ける。
「あのなあ、言っただろ?」
岸田の持つ銃口はゆめみへと向けられ
「そんなことしたら」
そして放たれる銃弾。
「……殺すってな」
一直線にゆめみの左胸へと吸い込まれると同時に、音もなくゆめみの身体は地面へと倒れていった。

「いやあああああっっ!!」
その光景に岸田に押さえつけられていた七海が絶叫と共に暴れだす。
振りほどこうと身体を揺するも、小さな身体では岸田の力に対抗することも出来ず逃げる事すら出来なかった。
「うっとおしい!」
自身の腕の中でもがき続ける七海の鳩尾に拳を叩き込むと、細いうめき声と共に七海の体から力が抜ける。
人質はいなくなるがこの状況ならそんなものはもういらないだろうと七海の身体を投げ捨てた。
値踏みをするように倒れこむ郁乃を見てニヤリと口元を吊り上げた。



「うおおおおおおおおお!!」
まったくの予想外。
その叫びに一番驚いたのは岸田だった。
あれほど蹴られ、殴られ、踏みにじられ。
それでもどこにそんな力が残っていたのか、浩平が立ち上がり絶叫しながら岸田に向かって跳んでいた。
完全なる岸田の油断。銃を構えるまもなく拳が岸田の頬へとめり込んでいた。
「ケケケ……やるじゃねーか」
頭が揺れ、意識が飛びかける寸前でなんとかそれを耐え切る。
「ち……くしょ……う……」
一方の浩平は全ての力を使い果たし、その場に倒れ伏す。もはや指一本さえ動かす力が無いのがわかった。
「そんなんで俺様に一発入れるとはな……むかついたが褒めてやるよ」
床を見渡し先ほど置いたままの釘撃ち機を手に取ると、ニヤニヤと浩平に向かっていく。
「ご褒美だ」
言いながら浩平の手のひらに一本、また一本と釘を打ち抜く。
その激痛に声にもならない叫びを上げるが、床に打ち付けられた手がこれ以上の浩平の動きを許さなかった。
「もういっちょ」
同じように反対の手にも打ち込まれる釘。
「楽しませてくれた礼だ、特等席で堪能してくれや」
下卑た笑いと共に釘撃ち機を投げ捨てると踵を返す。

「さあ、楽しいパーティの始まりだ」
自身を見ながら発せられた岸田のその言葉に、郁乃の心が絶望に曇る。
揺れる頭を押さえながらも必死に後ずさるもその距離はゆっくりと詰められていく。
そして郁乃の目の前で岸田は片膝をつき、右手を差し出しながらかしこまりながら頭を下げた。
「お姫様、私と踊ってくださいませんか?」


大粒の涙を両目からこぼしながら郁乃はかぶりをふる。
押さえつけようとのしかかってくる岸田の身体を両手で必死に叩きながら抵抗する。
「……イヤ、…………イヤイヤ」
だがそのささやかな抵抗も岸田の興奮を高めるだけのものに過ぎなかった。
「まあ諦めて一緒に楽しもうぜ」
ビリっと鈍い音と共に郁乃の上着は破り捨てられ、発育途上な小さな胸が隠すことも許されずに晒される。
ズボンのベルトを外そうとする岸田に対し抗うことも許されず、郁乃は脳裏に浮かんだ顔……高槻の名前を叫んでいた。




岸田洋一
 【持ち物:鋸、カッターナイフ、電動釘打ち機8/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】
 【状態:左腕軽傷、右腕に深い切り傷、マーダー(やる気満々)】
小牧郁乃
 【所持品:S&W 500マグナム(2/5、予備弾10発)、写真集×2、車椅子、他支給品】
 【状態:岸田に押さえつけられる……間に合うのか高槻】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリー、他支給品】
 【状態:腹部殴打悶絶中】
ほしのゆめみ
 【所持品1:忍者セット、他支給品】
 【所持品2:おたま、他支給品】
 【状態:左胸を撃たれ倒れる、損傷状態不明】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、他支給品】
 【状態:全身打撲、打ち身など多数、両手は釘で床に打ち付けられ身動きが取れず】



【時間:2日目04:00】
【場所:無学寺】
【備考:全員の支給品は部屋にまとめられている】
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