「くそ……この俺様があんなカスに……」 高槻との戦闘から逃げ遂せた岸田洋一は、切りつけられた右腕を押さえながら走り続けていた。 流れ出る血を押さえてはいるが、その勢いは未だ止まることは無い。 激しい痛みは襲われてはいるものの思い通りに動かすことは出来ていた。 神経に至っていなかったのが彼にとっては幸いと言うところだろうか。 「絶対に殺してやる! 隣の女どもを目の前で犯したやった後に最大の苦痛を与えてな!!」 手持ちの武器を見ながら岸田は叫ぶ。怒りは収まることもなく脳内からアドレナリンが駆け巡っていた。 せっかく手に入れたコルトガバメントをいきなり奪われるという不甲斐無さに舌をうつ。 釘の残数は確かにまだあった。 だがこの怪我で絶対の死を与えるためにはこれだけでは分が悪いと、溢れ出る激情を抑えながら考えていた。 武器がいる。あれにも勝るとも劣らない絶対的な武器が。 そう考えながら走り続けていた岸田の目に、道脇に倒れこむ人影の姿が映った。 思わず足を止め、気付かれないようにと木の影に身を隠す。 注意深く観察するも一向にその影は動く気配を見せなかった。 音を立てずに影に忍び寄り――岸田が目にしたのは数時間前に藤井冬弥によって殺された柚原春夏の死体だった。 仰向けのまま目を見開き、額に大きな風穴を開けているそれは死んでいるということを一瞬で認識させる。 「……脅かしやがって」 物言わぬ骸となった春夏の死体を忌々しげに睨み付けるとそのまま思い切り蹴飛ばした。 「殺すならもっと若い女にしろってんだ。こんなオバンじゃ死姦する気にもなりゃしねえ」 言いながら岸田は春夏の身体をまさぐる。 別に犯してやろうなどと考えたではなく、何か武器になるものを持っていないかと考えたためだった。 殺されてる上に、周りにもバック等が見当たらない事からそんなに期待はしていなかったわけだが、彼の期待は良い意味で裏切られることになる。 「ククク……良いもん持ってんじゃねーか」 岸田が目をつけたのは春夏が着込んでいた防弾アーマー。 勿論春夏のように頭部を打ち抜かれでもしたならば全く意味を持たないものではあるが それでも急所の多い身体を守れるのならば大きな武器となるだろう。 春夏の上着を力任せに剥ぎ取りアーマーを脱がせると、腕の痛みをこらえながら自身の服の下に着込む。 多少重いが行動にそこまで支障が無いことを確認すると、上半身裸となった春夏の死体を興味もなく再び蹴り飛ばし再び走り出した。 再び駆け出すししばらく走ったところで、岸田は大きな門を発見した。 「なんだこりゃ……『無学寺』?」 眼前にそびえたつ門の大きさに呆気に取られるが、しばしの休憩を取るにはちょうど良いだろうと考え足を進めた。 人がいる可能性も考慮し警戒は緩めない。 寺の扉の前に立つと、予想通り中から数名の話し声が岸田の耳に届いた。 音を立てぬよう扉を数センチ開き、中の様子を窺い見る。 中には女が三人。その中の一人は車椅子にまたがっている。 全員が子供のようで小さく笑いを漏らしながら談笑していた。 「また仲良しこよしで群れあいか……本当にどうしようもない奴らばかりだな」 岸田は頭を巡らせて考えた。子供だけだとは言っても先ほどのようなミスはしない。 別段焦って行動を起こす必要も無いのだ。 そして一つの考えに至りながら彼はゆっくりと扉を開けた。 「!?」 無学寺にて高槻の帰りを待っていた郁乃、七海、ゆめみの三人はいきなり開いた扉に思わず視線を送っていた。 高槻が戻ってきたのかと思ったのも束の間だった。 「……た、助けて下さい」 扉を開けた本人は右腕を押さえ、いかにも苦しそうな声を発しながら懇願の表情を三人に送る。 その右腕から流れ落ちる血を見て、慌てて三人は岸田の下へと駆け寄った。 「ひどい……」 岸田の負った傷を前に七海が呆然と立ち尽くす。 車椅子に乗ったままでうまく様子を探れない郁乃ですら、遠目からその傷が浅いもので無いことはわかった。 声も出せずに固まる二人を横目に、ゆめみが岸田の腕を取る。 「つっ……」 自信の意思では無い圧力に岸田が呻き声を上げた。 勿論半分は演技だったのだが、目の前の少女達の表情からさらなる同情を得られたことは明白だった。 心の中でほくそえみながらも、沈痛な表情をさらに深める。 「これは刀傷でしょうか……ちょっと待っててください」 言いながらゆめみが自身のバックを漁りだすとなにやら不思議な形をした容器を取り出した。 蓋を開け、中に指を突き刺しすと、中からどろりとした白いゲル状の液体が指にまとわりついていた。 「それは?」 「はい、忍者セットの中に入っていたのですがどうやら止血剤のようです。 鎮痛作用は無いようですが、これなら少しでも応急処置にはなるのではないかと思いまして……失礼します」 「すいません、お手数をおかけして……」 「いえ、とんでもないです。お役に立てて幸いです」 ゆめみがにこりと微笑みながら返す。 「一体なにが?」 ゲームに乗ったものに襲われたのだろう事はすぐに予想がついたものの、それでも郁乃からは頭の浮かぶ問いが口に出ていた。 「わかりません……いきなり後ろから襲われまして。暗かったので何がなにやらといった感じでした。 無我夢中で逃げてなんとか振り切ったみたいなのですが……」 そう言いながら岸田がキョロキョロと辺りを見渡し、どこか不安そうな顔を向けると三人に真面目な顔を向ける。 「助けて頂いたことはお礼を言います……ですがあなた達はここで何を? しかもこんな小さな子供ばかりで、危険では無いでしょうか」 岸田の言葉に郁乃は苦笑しながらブツブツと文句を言うように答える。 「あたしもそう思うんだけどね……まったくあの馬鹿あたしが残ってどうにかできると思ってるのかしら……。 とりあえずちょっとどこかに行っちゃった奴がいるんでそいつの帰りを待ってるって所ね」 「なるほど……」 やっぱり仲間がいたかと岸田の頭に先ほどの学校での出来事が思い出される。 最初からそれを念頭に入れておけばあんな屈辱を味わうこともなく今頃はあの豊満な女の肢体をしゃぶりつくせていたろうに。 そして問題点はもう一つ。自信の名前は名乗れないと言うこと。 先ほどは運良く成功したが毎回そうなるとも限らないだろうし、違っていて疑われたら襲うのも難しくなるだろう。 それに関して岸田は一つの案を考え付いていた。 失敗したならそれはしょうがない。仲間が来る前にトンズラすればいいだけだ。 だが成功したならばゆっくりでいい、隙を見て一人一人蹂躙してやるさ。 間を置き、ゆっくりと岸田はその案を口にする。 「いきなりですいません……澤倉美咲さんと言う女性に心当たりは無いでしょうか?」 岸田の問いに三人は顔を見合わせるも、フルフルと首を振る。 「……お仲間の方はどうでしょう? そんなことは言っておられませんでしたか?」 「残念だけど、言ってなかったような気がするわ」 「私も聞いていないです」 その答えに左腕で床を叩きつけ、悔しそうな表情を浮かべる岸田。 「そうですか……くそっ!」 ――さあどうだ。奴のことを知っているならなんらかのリアクションはあるだろう? だが岸田の行動に慌てふためいてはいるものの、三人からの返答はなく、ただどうして良いかわから無い表情だけが返される。 そこで確信を持つ。こいつらは七瀬彰のことは知らない……と。 岸田洋一 【持ち物:鋸、カッターナイフ、電動釘打ち機12/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】 【状態:左腕軽傷、右腕に深い切り傷、マーダー(やる気満々)】 小牧郁乃 【所持品:S&W 500マグナム(3/5、予備弾10発)、写真集×2、車椅子、他支給品】 【状態:岸田に駆け寄る】 立田七海 【所持品:フラッシュメモリー、他支給品】 【状態:岸田に駆け寄る】 ほしのゆめみ 【所持品1:忍者セット、他支給品】 【所持品2:おたま、他支給品】 【状態:岸田に駆け寄る】 【時間:2日目03:50、494話直後】 【場所:無学寺】 【備考:浩平は外で呑気にお星様鑑賞中】 - BACK