「なぁ、マルチ。俺って強いよな」 へらへらと、いつものように軽く、しかし壊れたように笑いながら雄二は話しかける。目の前には先ほど惨殺したばかりの雅史の死体が転がっている。 「そうですね、雄二さんは『強く』て、『正しい』です」 「だよなぁ? はははっ、そうだよ、所詮やったもん勝ちなんだよ、このゲームはさ。勝った奴が正しくて、強いんだよな?」 「はい。間違いありません」 頷くマルチを見て満足そうに頭を撫でてやると、マルチもまた嬉しそうな顔をする。彼らの関係は、まさに狂った主従関係であった。 「さて、と…服に血がついて気持ち悪りぃな。まったく、こんな汚ねぇ奴の血をつけたまま姉貴や貴明に会えるかっての…行こうぜ」 「はい」 まるで道端の小石を蹴るかのように雅史の死体を蹴り飛ばして、彼らは替えの服を探しに歩いて行った。 * * * それから十数分の後、開いていた一軒家で適当な服を見繕って着替えた後、ぶらぶらと村をさまよっていると、不意に雄二は聞き覚えのある声を聞いた。 「雄二っ、雄二でしょ!? 無事だったの!?」 振り向くと、駆け寄ってきていたのは見なれた姉の顔。雄二も思わず金属バットを取り落として環の元へ向かう。 「姉貴じゃねぇか! 無事だったのかよっ」 「バカ、あんたやタカ坊を残して簡単に死にゃしないわよ」 互いに笑い合いながら体を叩き合ったりどつき合う。第三者の目から見れば、まさにそれは姉弟の感動の再会だっただろう。 「雄二さん、どちら様ですか? この人は」 拾いなおした金属バットと歪んだフライパンを手に、雄二に問い掛けるマルチ。環はその様子に何となくおかしいものを感じた。 (何だか…すごく無機質な声) まるで狂ってしまった人間のような――そこまで考えて、環は自分が疲れているのだ、と思った。 見たところメイドロボのようだから、きっとそんな風に聞こえてしまったのだろう、と思うことにする。 「ああ、マルチ紹介するぜ。俺の姉貴で、向坂環っていうんだよ」 「そうですか…お姉さんですね。宜しくお願いします。マルチといいます」 丁寧にお辞儀するマルチに、環も頭を下げる。 「ええ、こちらこそ。それより、ウチの雄二が迷惑かけなかった? このバカ、メイドロボが大好きなんだけど…何かされたりしなかった?」 「いいえ。それどころかわたしにとても優しくしてくださいましたし、色々と『正しい』ことも教えてくださいました」 どうやら粗相はしていないようで、環は安心する。 まぁ、これくらいのマナーがなくっちゃあ私の弟じゃないわよね。 「向坂ぁ、やっと追いついた…急に走ってくから何かと思ったじゃないか。知り合いか、そいつら?」 観鈴を背負った祐一と英二がようやく環に合流する。 「あぁ、ごめんごめん。弟が見つかったからつい、ね。こいつが弟の雄二で、隣にいるのが今まで一緒に雄二といてくれたマルチさん…ん? 雄二、どうかしたの?」 英二達を見るなり斜な表情になった雄二に、環が尋ねる。 「姉貴…何なんだよこいつら。見ず知らずの奴ばっかじゃねえか」 弟のあからさまな態度の豹変に驚きを隠せない環。それでも窘めるように言う。 「そんな言い方はないでしょ? 確かに会って間もないけど…信頼できる人達よ」 しかし雄二は態度を崩さぬばかりか強い口調で、 「信頼? 何言ってんだよ姉貴。こんなところで信頼もクソもあるかよ。騙されて寝首をかかれるのがオチだぜ? どうして殺さねぇんだよ」 予想もしていなかった雄二の発言に、一瞬我が耳を疑う環。英二達も環の弟だという人間の暴言に呆気にとられていた。 「信じてたっていつかは裏切られんだよ。だったら裏切る前にこっちから殺りゃあいいんだ。勝てば官軍、って言うだろ? 弱肉強食、どうせ強い奴しか生き残れないし勝った方が正義なんだよ。 信じてりゃあ救われますみたいなそんな宗教みたいな甘っちょろい妄想にすがり付いてたってどうせ死ぬしかねえんだよ。大体優勝すりゃあどんな願いでも叶えてもらえるんだろだったら殺した奴ら全員生きかえらせりゃいいじゃねえかどうしてその程度思いつかねえんだ姉貴? ああそうかそんなバカな奴らと一緒にいるから姉貴もバカになっちまったんだなだったら俺が目を覚まさせてやるよ、『強い』俺が姉貴の頭を揺さぶり起こしてやるからさぁ!」 早口で異常とも言える理論をまくしたてながらマルチから金属バットを受け取る雄二。 今にも振り下ろしてきそうなその雰囲気に、反射的に飛び退き、雄二と距離を取る環。 「な、何バカなこと言ってるの! ふざけるのもいい加減にしなさいっ! マルチさんも止めて!」 しかしマルチはあなたこそ何をバカなことを言っているのですか、と言わんばかりの口調で、 「いいえ。雄二さんはふざけてなどいません。むしろ逆です。雄二さんはこの場で最も的確な判断をなさっていると考えます。ゆえにわたしはこの場の人間、全員を排除することを第一目的とします」 フライパンを両手で握り締め、戦闘態勢に入るマルチ。先ほどまでは微塵も感じられなかった二人の狂気の行動に、祐一が慄きながら後ずさる。 「な、何なんだよっ…こいつら、あのまーりゃんって言う奴とも弥生って言う女とも違う…狂ってやがるっ…」 英二も狼狽えていたが、やがて覚悟したように口を固く閉じると、ベレッタを二人に向けて構える。 「近づかないでもらおうか、向坂少年、マルチとやら。危害を加えるようならこちらも実力行使に出る」 「英二さん!?」 「…すまんな、環君。殺しはしないが、放っておくには危険すぎる。どうやら血の気が多過ぎるようだからな。少し血の気を抜いてやる必要があるだろう?」 環は再び雄二の方を見る。二人は銃を気にするどころか、まるで見えていないような態度だ。 「…雄二! 今ならまだ取り返しはつくわ! いい加減になさい!」 「はぁ? いつからそんなに弱くなっちまったんだよ姉貴は。二日目にもなって、取り返しのつく人間なんていると思ってんのかよ! 姉貴だって、人の一人や二人撃ったんだろ? そこのそいつらも。俺だって、もう二人もやっちまったんだからな! まさか姉貴だけキレイキレイしてるわけねぇよなぁ、ハハ、ハハハハハハッ!」 壊れたような高笑いの後、雄二はマルチを愛しそうに抱き寄せながら囁く。 「そうだよな、もうこんなダメ姉貴なんて必要ねぇ。そうだ、俺が殺して俺の理想の姉貴に生きかえらせりゃいいんだ。姉貴だけじゃねえ、他の気に食わねぇ奴らもだ。 へへへへ…まるで神様みたいだよなぁ? 神様かぁ…いいねぇ、その響き。全知全能って奴だよ! みんなみんな俺が殺して生きかえらせて、そして…俺は世界の神となる!」 妄想じみた雄二の意見にも、マルチは手を叩いて賛同する。 「素晴らしい考えです、雄二『様』。雄二様を妨げる人間は…たとえご家族でも容赦しません」 もはや修正不可能なまでに二人の精神の歯車は歪んでいた。それを悟らざるを得なかった環は心底で悔む。 (救えなかったのか、このみだけじゃなくて、雄二も――だけど!) 後悔をかなぐり捨てて、英二を後ろ手で押し留める。 「環君、何を…?」 「すみません。祐一と観鈴を連れて、先に診療所へ向かってくれませんか? 弟は私が何とかします」 「しかし、加勢は必要じゃないのか、向坂? 俺一人だけでも…」 反論する祐一を、強い口調で窘める環。 「もし診療所に敵が潜んでたらどうするの? 観鈴を背負ったままで戦えるわけがないでしょ? それに…弟の不始末は、姉の私がきっちりとケリをつけなきゃならないのよ」 しかし…となおも反論を試みる祐一を英二が制する。 「分かった、君に従おう。少年、今は観鈴ちゃんの手当ての方が優先だ。下手に動かして傷が開いたら元も子もない」 英二に言われ、ちっと舌打ちしながらも環に言い寄る祐一。 「こんなところで死んでくれるなよっ、向坂! 神尾を運び込んだら、すぐに戻ってくるからな!」 「ふん、その前にカタをつけるわよ。雄二となら、戦い慣れてるから」 その言葉を聞いて、信じるぞ、と祐一が言い残して二人は診療所へと走って行った。 「あーおいおい、敵前逃亡かよ? 逃がすかぁ? 逃がさねぇよ。マルチ、行ってこい」 了解、とまるで戦闘機械のように呟いた後、マルチが駆け出す。…が、環がそれを許すはずもない。素早く接近し足払いをかけて転ばせる。そしてフライパンを奪い取り足を叩き折ってやろうと力いっぱい振り下ろそうとした――が。 「邪魔すんじゃねぇよ、クソ姉貴が」 横薙ぎに雄二の金属バットが振られる。フライパンの底で辛うじて受けとめるが勢いが強く二、三歩後退してしまう。その隙に、マルチが平然と立ち上がり再び追撃を始める。 「くっ――」 もう一撃、とマルチを追おうとしたがその前に雄二が立ちはだかる。 「逃げるなよ、姉貴。それとも弱くなり過ぎて立ち向かえないってか? だったら俺がその負け犬根性叩きなおしてやるぜ?」 「雄二っ…!」 避けては通れない。いや、避けてはならないのだ。環は一度体勢を解いて深呼吸する。その脳裏に、今までの事が思い出された。 『悪いけど、ウチの娘のために死んでもらうで』 『その他大勢の諸君には消えてもらおうではないか。このあたしがお掃除してあげよう』 「どいつもこいつもバカばっかり…」 あん? と首を傾げる雄二に、環は凄みを効かせた声で言い放つ。 「上等よ…かかってきなさい。その根性、叩き直してあげるわ!」 「へへ、それでこそ殺す甲斐があるってもんだ! 死ねっ、姉貴ィ!」 力任せの一撃。だが環はそこから一歩も動く事無くフライパンで打ち払う。勢い余って前のめりになりながらも横から第二撃を放つ雄二。しかしそれも動くことなく難なく打ち払う。 「どうしたの? 私は一歩も動いてないんだけど?」 挑発する環に雄二はムキになって打ちかかる。 「るせぇっ! まだこれからだよぉっ!」 何度も打ちかかるがまるで当たりもせず、打ち払われ続ける雄二。 「ち…ちくしょう! 負けるか! 俺が負けてたまるか! 俺は強いんだっ! 誰にも負けねぇんだよ!」 「強い…ね」 ため息をつくと、持っていたフライパンを打ち捨てる環。 「…おい、何のつもりだ? 姉貴」 「雄二相手には素手でも十分」 「武器なしで戦うってのかよ…へへへ、自信過剰なんだよ姉貴ぃぃぃーーーーー!」 『打つ』のではなく、『突き』に切り替えて環に攻撃する。それが功を奏したか、環の腹部にクリーンヒットする。よろめいた環にすかさず腕を、足を、腹を、頭部を殴打し続ける。 血が噴出し、それでも黙って殴られ続ける環。十数度殴り、地へ倒れ伏した環に、雄二は満足そうに笑う。 「自信過剰なのがダメなところなんだよなぁ、姉貴?」 頭をかち割ってやろうとバットを大きく振りかぶる。しかし直前、何事も無かったかのように平然と環が立ちあがった。 「なっ!?」 「それが雄二の本気…? 全然効かないわね」 まるでこたえていない様子の環に狼狽える雄二。実は雄二の疲労は既にピークを超えており、まともに環を殴れる力がなかったのだ。それに気付かない雄二はただ混乱するばかりだった。 「な…なんで死なないんだよ、俺は強いんだぞ、俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い…」 虚ろな言葉を発しながら、なおも力を振り絞って環にバットを振り下ろす。 「俺は…強いんだよォーーーーッ!」 瞬間。環が右腕を上げたかと思うとバットの動きが止まった。右腕一本で、雄二のバットを止めたのだ。 「あんたの言う『強さ』ってのは…」 唸るような環の声に、体を動かせない雄二。 「私一人殺せやしないの…? そんなちっぽけな『強さ』を…あんたは狂ってまで欲しかったの? …雄二ッ!」 涙が見えた。目の淵に涙が浮かんでいた。そして、それが雄二の見た最後の光景。 「この…バカ弟ッ!」 一発。途方も無く重い一発が雄二の顔に叩き込まれる。今まで食らってきたのとは質が違う拳に、なす術も無く地面に倒れる。 「はぁ…まったく、手間かけさせて…英二さんたち、無事かしら」 くるりと背を向けて去ろうとする環の背に、力のない声がかかる。 「ま…待てよ。待ちやがれよっ…」 雄二だった。どうやら、喋るくらいの根性はあるようだ。 「うるさいわね…あんたにつきあってる暇はないの。勝手にどこにでも行って、勝手になさい。行かなきゃならないのよ、私は」 「…ちくしょう、ちくしょう…後悔させてやるッ…」 すすり泣く声が聞こえた。だが環はまったく意にも介さない。 「悔しいの? その涙は悔し涙? 悔しいのだったら、何回でもかかってきなさい。その時は…また殴り倒してあげる」 去って行く背中を、雄二は見ることすら出来なかった。その胸にあるのはただ「悔しさ」だけだった。 【時間:2日目午前7:30】 【場所:I-07】 向坂環 【所持品:支給品一式】 【状態:頭部から出血、及び全身に殴打による傷。マルチを追う】 緒方英二 【持ち物:ベレッタM92(8/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】 【状態:疲労、診療所へ向かう】 相沢祐一 【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】 【状態:観鈴を背負っている、疲労、診療所へ向かう】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】 【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症、祐一に担がれている】 向坂雄二 【所持品:金属バット・支給品一式】 【状態:マーダー、精神異常。放心状態】 マルチ 【所持品:支給品一式】 【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている。英二達を追撃】 【その他:フライパンは雄二の近辺に放置】 - BACK