ずっと一緒に




「そう警戒すんなよ、俺達は殺し合いをする気は無いぞ。……つーか、武器が無い」
そう言って朋也は手に持つクラッカーをぶんぶんと振って見せた。
朋也以外の者はそもそも手に何も持っていない。
全く敵意も感じられないので、るーこは構えを解き警戒を緩めた。
「その筒状の物体は何だ?」
「知らないのか?これはクラッカーといってだな……」
言い終わる前にみちると風子が智也からクラッカーを奪い取り、天井に向けてクラッカーを放った。
パンパン!と派手な音が家中に響き渡る。
「るー!」
その音に驚いたるーこは非難の声と共に再び薙刀を朋也達に向けた。
それとは対照的にみちると風子は満足気に笑っている。
「にゃはは、驚いている。お姉さん弱虫だねー」
「大成功、です」
「つまらん悪戯をするんじゃないっ」
 ボコッ! ボコッ!
「にょわっ!」
「はうっ」
朋也の鉄拳(ゲンコツ)制裁が炸裂し、みちると風子は頭を抱えてうずくまる。
邪魔者を排除した朋也はるーことの会話を再開した。

「悪かったな。っと、まずは自己紹介をしとくか……俺は岡崎朋也だ」
「るーはるーこ。るーこ・きれいなそら。誇り高きるーの戦士だ」
るーこはそう言って両手を高々と上げた。
(……るー?戦士?そのポーズの意味は?)
突っ込み所が多すぎて朋也は頭が痛くなる感覚を覚えたが、とにかく話を進める事にした。
「それでアンタさっき同じ服だとかうーへいだとか言ってたけど、一体何の事だ?」
「そのままの意味だ。るーはうーへいを探している。うーともはうーへいの知り合いか?」
「うーへいって、一体誰なんだそりゃ?」
るーこの問い掛けに朋也は首を捻らせる。
うーへいが誰かの名前を指しているのは辛うじて分かったが、誰の事かはさっぱり分からなかった。
「うーへいはうー達には春原陽平と呼ばれていると思う」
「春原を見たのか!?」

「見たも何も少し前まで一緒に行動していたぞ」
「今は?」
「……分からない」
るーこはそう言って俯いた。
朋也達もこの民家の周辺の惨状は目撃している。
大きな戦いがあって、るーこも春原もそれに巻き込まれた事は容易に推測出来た。

「春原は俺の友達だ……一応な。ここで何があったか詳しい話を聞かせてくれないか?」
そしてるーこの説明が始まった。かなりの人数がこの場所に集まっていた事。
るーこが渚とも会っていた事。そして突然襲撃された事。
一緒にいたうちの一人がるーこを庇い撃たれた事。
るーこ独特の言葉遣いによる説明は少し分かり辛かったが、それでも大体の事情は飲み込める。
るーこは理緒が撃たれた所で一旦戦闘の説明を止めて、襲撃者―――来栖川綾香の特徴を説明した。
このゲームではマーダーの情報は非常に重要である。
どの人間がゲームに乗っているか知っていれば、少なくとも騙まし討ちをされる事は避けれるからだ。
「そうか……。それにしてもその女、全く容赦が無いな」
「ああ、あのうーは危険だ。完全にこの殺し合いに乗っている」
朋也の脳裏に民家の外で見た数人の死体となった姿が浮かぶ。
死体を見た事が無かった朋也にとってはどの死体も直視に耐えない無残なものに見えた。
どうしてあんな事が平気で出来るのか、全く理解出来なかった。

「それでだな……」
再びるーこの説明が始まる。綾香の尋問の内容。
突然民家の明かりがついた事。そして……。
「てめぇ!渚を撃ったのか!?」
「……すまない」
るーこが渚を撃った事を知った朋也は逆上してるーこの胸倉を掴んでいた。
朋也の刺すような視線が、るーこの心に文字通り突き刺さる。
あそこで渚を撃たなければ確実に全滅していた。それは紛れも無い事実だ。
それ故当時のるーこはその事を必要悪として気にしていなかったが、春原に責められてからは罪悪感を感じていた。
激昂する朋也に対して、るーこはただ謝る事しか出来ない。
頭に血が昇った朋也はるーこの胸倉を締め上げ、ガクガクと激しく揺すった。

「ふざけんなっ!何で……何でそんな事したんだよっ!渚は今どうしてるんだ!?どこにいるんだよ!」
「く…苦しいぞ……」
呼吸が出来なくなってるーこの顔色が見る見るうちに悪くなっていくが、怒りで我を忘れている朋也はその事に気付かない。
手に力を入れたままひたすら捲くし立てる。由真が横から恐る恐る制止の声を上げるが、朋也は全く聞き入れる様子が無かった。
――――だがその時、部屋の扉が開け放たれた。

「違うんだっ!るーこは悪くないんだ!」
全員の視線が扉の先に集中する。そこに立っていたのは……
「……うーへい?」
「るーこ……良かった、無事だったんだね……」
金髪の少年。朋也の親友。
そして、るーこが今一番会いたかった人物―――春原陽平だった。

彼は民家の傍まできて死体が誰かを確認していた。
渚の死体が無いのでホッとしていたが、中から朋也の怒声が聞こえてきたので慌てて駆けつけたのだ。
るーこと春原はお互い無事だった事に、再び会えた事に、嬉し涙が出そうになった。
だが今は再会を祝う事が許される状況ではない。
るーこを掴む手を離した朋也が、今度は春原へと詰め寄っていく。
「おい、春原……。渚を撃った事のどこが悪くないっていうんだ?」
「あの時はああする以外に無かった……そうしなきゃ全員殺されてたんだ」
「言いたい事はそれだけか?あいつが渚を撃ったのは事実なんだな。だったら俺はあいつを許せない」
守るべき存在を傷つけたるーこはもはや朋也にとっては敵でしかない。
生まれて初めて女に手を上げるべく、朋也はるーこに近付こうとした。
だが肩を後ろから掴まれその歩みを止められる。朋也が振り返ると春原が必死の形相で肩を掴んでいた。
「待ってくれ、殴るなら僕を殴ってくれ!」
「ああ?何言ってんだ?」
「僕が不甲斐なかったからいけなかったんだ!僕は……僕は渚ちゃんに救われながらも一人で逃げてしまったんだよ!
るーこが渚ちゃんを撃った時だって、ああなる前に僕がどうにかしないと駄目だったんだよっ!」
「お前、渚を放って逃げやがったのか!?」
「ああ……その通りだよ」
「てめぇぇぇっ!」
鈍い音がして春原が背中から派手に壁に叩きつけられた。

春原はうずくまって呻き声を上げている。
「うーへい!」
るーこが春原の傍に走り寄り、彼を庇うように朋也の前に立ち塞がった。
「そこまでだ、うーとも。うーへいは悪くない、どうしても気が済まないというのなら……」
るーこはそこまで言って、薙刀を朋也へと差し出した。
「これをやる。それでるーを殺すがいい。但し、絶対にうーへいには手を出すな」
「そんなの……」
「そんなの駄目だ、ふざけんなっ!」
つい感情的になってしまったがそれでも朋也は怒りに任せて人を殺すほど愚かではない。
怒りはまだ収まっていないものの、流石にその提案は断ろうとしたがそれより先に春原が叫んでいた。

「殺すなら僕を殺せよ。僕は絶対にるーこを守るんだ!」
春原はよろよろと立ち上がり、るーこを押し退けて朋也の正面に立っていた。
綾香に嬲られ、朋也に殴り飛ばされた春原の体は満身創痍もいいところだった。
だがそれでも彼は一歩も引かず、怒気どころか殺気すら帯びている朋也の目から視線を外さない。
今の春原の姿は覚悟を決めた一人の男の姿だった。
かつて臆病者と呼ばれていた頃の面影はもうどこにもない。

春原の真剣な眼差しを見ていた朋也は怒りが急激に醒めていくのを自覚して、諦めたように大きな溜息をついた。
「お、岡崎?」
「もういい、お前らのやり取りを見てたらこっちまで恥ずかしくなってくる。それにこんな事してる場合でも無いしな。
それより渚がどこ行ったか教えてくれ。怪我をしてるなら一刻も早く見つけないと……」
「ごめん、僕も分からない……。でも秋生さんが一緒だったから、多分大丈夫だと思う」
「オッサンが?」
「ああ。ここの外で戦ってた時、秋生さんが助けに来てくれたんだ」
「そうか……」
それなら確かに大丈夫かもしれないと、朋也は思った。
悪い言い方をすれば、殺しても死なないというイメージが秋生にはあった。
それに秋生なら何をさしおいてでも渚を守ろうとするだろう。信用度という点でも文句が無い。
だがそれでも渚には会いたかった。この島から無事に生きて帰れるという保障はどこにもないのだから。

「やっぱり俺は渚を探しに行くよ。それにみちる達の知り合いも探さないといけないしな」

「そっか……頑張れよ」
「おい、うーとも。これを持っていくと良い」
るーこは殺虫剤とトンカチを拾い朋也に投げ渡し、そして呟くようにぼそぼそと言葉を続けた。
「それと……うーなぎに会ったらすまなかったと伝えておいてくれ。許してもらえるとは思えないが……」
「……大丈夫だよ。あいつはお人良し過ぎるから、きっと笑って許してくれるさ」
朋也はそう言って笑った。その目からはもう怒りは感じられない。
場の空気が、随分と軽くなっていた。
「じゃあ僕も……」
「お前は駄目。渚には許さないように言っておく」
「僕だけ扱い悪くないですかねぇ!あんたそれでも僕の親友かっ」
「わりい、俺お前のこと友達だと思ってねーや」
「ひでえっ」
その二人のやり取りを見ていたるーこや風子、由真やみちるはついつい笑ってしまった。
それに釣られて朋也と春原も笑い出した。
束の間の出来事に過ぎなかったが、そこには日常となんら変わらぬ暖かさがあった。




朋也達が民家を過ぎ去った後、春原はるーこを優しく抱きしめた。
それはあまりにも唐突で彼らしくない行動だった。
「うーへい……?」
「ごめん、るーこ。僕はるーこの気持ちを考えてやれなかった」
「え?」
「るーこに守ってもらってばっかりで、全然るーこに何もしてあげれなかった……」
「それは違うぞ、うーへい」
るーこは春原の胸をうずめ、その背中に手をまわして抱きしめ返した。
「うーへいはさっきるーを守ってくれた」
「そうかな……?」
「ああ……それにるーは、うーへいと一緒にいたい。うーへいはただ傍に居てくれればそれで良い」
「るーこ……」

「だから、ずっと傍に居て欲しい。この島から帰ってもずっと一緒に居て欲しい」
るーこの声が涙声になっていた。
涙と共に素直な感情が溢れ出していた。
「ああ。僕はずっとるーこと一緒にいるよ……もう二度と離れない。僕はるーこの事が大好きみたいだから」
そう言って春原はるーこを抱きしめる力を強めた。
「るーもうーへいの事が大好きだ……」
るーこも同じように、強く春原を抱きしめた。
まるでお互いの体温を確かめ合うように。
これまで受けてきた心の傷を癒すように、二人はただ抱き合っていた。
るーこは春原に、春原はるーこに、確かなぬくもりを与え合っている。

―――――今この瞬間だけは、この島に自分達二人だけしかいない気がした。




 ルーシー・マリア・ミソラ
 【時間:2日目・午前5時】
 【場所:F−2 平瀬村・民家】
 【所持品1:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、スペツナズナイフ】
 【所持品2:鉈、包丁、他支給品一式(2人分)】
 【状態:左耳一部喪失、額裂傷、背中に軽い火傷(全て治療済み)】

 春原陽平
 【時間:2日目・午前5時】
 【場所:F−2 平瀬村・民家】
 【所持品:スタンガン、他支給品一式】
 【状態:全身打撲、数ヶ所に軽い切り傷】


 岡崎朋也
 【時間:2日目・午前4時】
 【場所:F−2 平瀬村】
 【所持品:クラッカー残り一個、トンカチ、殺虫剤、薙刀、他支給品一式】
 【状態:現在の目標は渚・知人の捜索】


 みちる
 【時間:2日目・午前4時】
 【場所:F−2 平瀬村】
 【所持品:武器不明、他支給品一式】
 【状態:現在の目標は美凪の捜索】

 十波由真
 【時間:2日目・午前4時】
 【場所:F−2 平瀬村】
 【所持品:双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:朋也に同行】

 伊吹風子
 【時間:2日目・午前4時】
 【場所:F−2 平瀬村】
 【所持品:三角帽、スペツナズナイフの柄、他支給品一式】
 【状態:朋也に同行】

【備考】
以下の物はるーこの近くに放置されている
・デイパック×5 ・鋏 ・アヒル隊長(7時間後爆発) ・木彫りのヒトデ
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