気がついたら暗いところにいた。 本当にすごく暗い。 右も左も上も下も判らないし、今自分が立っているのか、それとも浮いているのかすら判らないほど暗い場所だ。 ここを一言で言うなら……そう、『闇』だ。 そんな場所にあたし―――吉岡チエはいる。 (うぅ…なんか怖いっス……) なんで自分はこんなところにいるのか? 確か先ほどまで自分はあの島の教会で舞先輩と耕一さんたちの帰りを待っていたはずだ。 それなのに、なぜ今自分はここにいる? ――――ワカラナイ。 判らないからただ前へと歩いてみることにした。 といってもこんな闇の中だ。足を動かしていても本当に自分は前に進んでいるのかすら判らないが… かれこれ数十分は歩いたと思う。 闇という景色は一向に変わる様子は無い。 「はぁ……いったいあたしどうしちゃったんだろ?」 そう言ってため息をついていたら目の前から急に一筋の光が差し込んだ。 出口かなと最初あたしは思った。 もちろんあたしはその光の方へと歩いていく。 近づけば近づくほど光が徐々に大きくなっていく。 よかった。やっぱりあの光がこの闇の出口なんだと思い安堵する。 「―――ん?」 よく見るとその光の近くに2人の女の子の人影があった。 それはあの島であたしが(多分)1番良く知っている子たちで、あたしが1番会いたかった2人だ。 「このみ、ちゃる!」 とっさに2人の名(片方は愛称だが)をあたしは叫んでいた。 「あっ。よっち〜♪」 「よっち……」 2人は同時にあたしに気づき、あたしの名(これも愛称だが)を呼んだ。 柚原このみと山田ミチル…あたしの自慢の親友の2人――よかった。やっと会えた…… すぐさま2人のもとへ駆け寄り飛びついてやろうとあたしは走り出した。 すると…… ―――ゴン! 「あいたーーーーーーーっ!!」 2人まであともう少しという距離のところで見えない壁に激突した。 な…なんでっスか!? 「どうしたの、よっち?」 「よく判らんが大丈夫か?」 強打したおでこを押さえて縮こまるあたしを2人が不思議そうな顔で見る。 「あ…あたしにも判らないっスよ。なんか見えない壁があるみたいで……」 あたしがそういうと2人は「えっ?」と声をあげてこちらに近づいてくる。 ある程度歩いたところで2人もその見えない壁に接触した。 (ちなみにこのみもあたしと同じくおでこをゴンとうった) お互いの距離はもう手の届きそうなところまで来ていた。 しかし、あたしたちの間にはガラスほどの厚さの見えない壁がある。 どちらかが一方の元に行くことは不可能であった。 なんか水族館の魚になった気分だとあたしは思った。 「これは………ああ。そういうことか……」 何かに気づいたちゃるはそう言うと苦笑いをしてうんうんと頷いた。 「ちゃる、この壁が何だか判るの?」 このみがちゃるに尋ねる。 それにちゃるはうんと頷き答えた。 「よっち……残念だけど、よっちはまだこっちには来ちゃダメだ」 「な…なんでっスか?」 「よっちはまだ………生きているから」 ―――は? なぁに言ってるんスかこの赤い狐は。 まるで自分たちがもう死んでしまった者みたいなこと言って……… ―――えっ? 死? 生きている? ちょ、ちょっと待った。 そんなこと言うってことは、もしかしてちゃるは……そして…そのちゃると同じ場所にいるこのみは…… 「嘘……嘘っスよね……? そんなことあるわけが………」 「嘘じゃないさ……それなら、何故私とこのみはそっちにいけないの?」 「!?」 「そうだね……なんでよっちはこのみたちのところに来れないのかな?」 「……………」 答えることができない。 なぜなら2人の言っていることは間違ってはいないから……あたしはまだ死んじゃいないから…… 「よっち…」 「…………」 このみが心配そうにあたしの顔を見る。 ―――このみには悪いが、そんな顔であたしを見ないでほしかった。なぜなら今にもあたしは泣き崩れそうだったから。 「………ねえ、よっち。よっちはタカくんのこと好き?」 「――へ?」 突然このみが先ほどとはまったく関係の無いことを口にした。 というか。なんでここで河野先輩が出てくるんスか? 「ねえ、どうなのよっち?」 このみが壁越しにぐいっと真剣そうな表情で顔を近づけてくる。 思わず圧倒されそうになった。だけど、おかげで気がついた。 なんだ。たとえ死んじゃっていてもこのみはあたしが知っているいつものこのみじゃないか。 「きゅ…急にそんなこと聞かれても困るっスよ。こ、河野先輩のことは別に嫌いじゃないっスけど………」 「よっち、顔が赤くなっているぞ」 「うっさい!」 ついでにちゃるもあたしが知っているちゃるだった。 「先輩にはこのみがいるじゃあないっスか………」 そこでハッとした。そうだ。このみはもう…… 「うん…このみはもうタカくんとは一緒にいられないから……もう会えないから……だからよっちにタカくんをお願いしたいの。 多分タカくんこのみのこと知ったら壊れちゃうかもしれない……」 なるほど…そういうことか……。しかし『壊れちゃう』という言い方がなんかこのみらしい例え方だったから思わずクスリと笑ってしまう。 「………わかったよ、このみ。先輩はこの大親友の吉岡チエに任せるっス!」 「うん!」 そう言ったこのみは笑顔だった。その目にはうっすらと涙があった。 それが嬉し涙なのか悲しみによる涙なのかはあたしには判らない。 「よっち……私も言いたいことがある」 「なんスか?」 「これはこのみにも聞いてほしいことだ」 「えっ? なに?」 「…………」 しばしの沈黙。そしてちゃるは再び口を開いた。 「………私はあの島で人を殺した」 「えっ!?」 「なっ!?」 「私はあの殺人ゲームに乗ったんだ。 私が貰ったのは銃だったから……それに、ゲームに乗るか乗らないか考えるのが面倒だったから………こんな私を2人は親友だと思ってくれる?」 「……………」 「……………」 今度はあたしとこのみが口を閉ざす。またも沈黙。そして、あたしたちは口を開く。 言うことは最初から決まっている。 「もちろんっスよ」 「もちろんだよ。たとえちゃるがどうなっちゃっても、ちゃるはちゃるであることに変わりはないもん」 「このみ……」 「そうっスね〜。普段から何をするのも面倒臭そうな顔してるっすもんね〜ちゃるは」 「うるさいぞよっち」 そう言うちゃるの顔は笑っていた。 「でもちゃる、その人に会ったらちゃんと謝らなきゃだめだよ」 「そうだな……許してくれるか判らないが………」 「その時はむこうが許してくれるまで謝り続ければいいんスよ」 「―――よっちらしい考え方だな」 「えへ。自分でもそう思うっス」 そう言ってあたしたち3人は笑った。 「―――さて。よっち、私たちはそろそろ行くぞ」 「そうっスか………」 「元気でね、よっち」 「後は頼むぞ、よっち」 このみが手をひらひらと振る。それに習いちゃるも手をひらひらと振った。 もちろんあたしも手を振る。 徐々に2人の姿が遠くに――光の中に消えていく。今のあたしができることはただ手を振ってそれを見送るだけだ。 「さようなら…またいつか………」 その言葉を言った瞬間2人の姿は消え、あたしの視界は真っ白になった。 俗に言う『ホワイト・アウト』ってやつだと思う。 * * * * * 「うん……あ。志保先輩おはようっス」 「やれやれ……今頃になって気がついたのあんた?」 チエが目を覚ますとそこは教会の聖堂だった。 (ああ、そっか。あたしあの時あの髪の長い女の人にやられて、そのまま気絶していたんスよね) 気を失う直前までの記憶を思い出してチエは苦笑いする。 「あっ……吉岡さん起きたのか?」 「…………大丈夫……よっち?」 仮眠を取っていた護と舞も目を覚ましチエに話しかける。 「はい。お蔭様で体調はバッチリOKっス!」 「やれやれ……あたしたちは交代交代で見張りと休憩を繰り返していたっていうのに、あんたは6時間近くぐっすり寝ていたわよ………」 「うっ……すいません」 「まあいいじゃないか。吉岡さんはこうして無事に目を覚ましてくれたんだし」 「――あれ? 耕一さんがいないっスけどどうしたんすか?」 「ああ。耕一さんなら吉岡さんが寝ている間に梓って子がここに来たんだけど、 その子と一緒に千鶴さん――ああ、千鶴さんっていうのは吉岡さんと川澄さんを襲った女の人の名前ね。 その人を止めるって言って2人で行っちゃったよ」 「そうっスか。あの人が耕一さんの探していた人の1人だったんスね……」 『――みなさん……聞こえているでしょうか。』 「!?」 ――その時、2回目の放送が始まった。 「やれやれ……ホームルームの時間か………」 護がポツリと呟いた。 放送が終わると、最初の放送が終わった時と同じく、場の空気は重く沈んだ。 「うそ…レミィや来栖川先輩まで……」 「姫川さんって子の名前もあったな………」 「耕一たちが無事だったのは幸い……だけど……」 舞の言葉と同時に護、志保、舞はチエの方に目を向けた。 チエは信じられないという反面、どこか判っていたという顔をしていた。 「―――やっぱり死んじゃっていたんスねこのみ…ちゃる………おばさんも……」 チエは俯いてそう呟いた。幸いその言葉は舞たちの耳には聞こえなかった。 『さっき夢で死んだこのみたちと会った』なんて縁起の悪いことは3人には言えなかったからだ。 「吉岡さん……なんて言って良いか判らないけど……その………」 チエを慰めようと護が声をかける。 「―――大丈夫っス、住井先輩。確かに辛いけど…悲しんでなんかいられないっスよ」 チエはそう言うと顔を上げた。その表情には悲しみも怒りもなく、ただひとつの現実を受け止めた少女の顔があった。 「そうか………そうだよな。死んだ連中の分まで俺たちが笑って生きてやらなきゃバチが当たるもんな」 護がふっと笑う。それに釣られて志保も笑った。 「そうよね…悲しんでばっかいちゃあ死んだ連中に笑われちゃうものね!」 「はちみつくまさん」 暗くなっていたムードが再び少し明るさを取り戻した。 「……でも、問題はこれからよ」 「ああ。あのウサギが言っていたこと……『優勝した奴は好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてもらえる』だっけ? 嘘か本当かは判らないけど……間違いなくこれに釣られる奴は出てくるよな」 「そうっスね。もしかしたら今までゲームに乗っていなかった人も『自分が優勝して参加者全員を生き返らせれば良い』なんて考えてゲームに乗っちゃう可能性もあるっス」 「ヒロたちがそうなっていなければいいけど……」 「そうだな……」 「それで……これから先どうする?」 「もちろん今は知り合いや同志を探そう。あの放送の後でも俺たちと同じ考えの人は間違いなくいるはずだ」 「そうね。じゃあまずはここからすぐ近くにある平瀬村から行ってみるとしましょうか?」 地図を広げた志保が平瀬村に指を指す。 「そうだな。村をある程度調べ終わったらその後のことはまたその時に考えよう」 「はちみつくまさん」 「決まりっスね」 4人はうんと首を縦に振ると、早速自分たちの荷物を持って教会を出た。 「あ…そうだったっス」 「ん? どうしたのよっち?」 平瀬村へ向かう道の途中、何かを思い出し声をあげたチエに志保が問いかけた。 「実はあたし、もう1人探したい人がいたっス」 「えっ? 誰?」 「―――河野貴明先輩っス」 (―――受け継ごう。そして伝えよう。河野先輩に。このみの思いを……あたしの秘めていた思いといっしょに………) 【時間:2日目午前6時45分頃】 【場所:F−3】 吉岡チエ 【所持品:支給品一式】 【状態:平瀬村に移動中。貴明ほか知人・同志を探す】 住井護 【所持品:投げナイフ(残:2本)・支給品一式】 【状態:平瀬村に移動中。浩平ほか知人・同志を探す】 長岡志保 【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・支給品一式)】 【状態:平瀬村に移動中。浩之・あかりほか知人・同志を探す】 川澄舞 【所持品:日本刀・支給品一式】 【状態:平瀬村に移動中。祐一・佐祐理ほか知人・同志を探す】 - BACK