走った。 ひたすら走り続けた。 あの時のように。かつて、皐月の自殺を止めた時のように、二人は無心で走っていた。 違うのは、それが希望を求める前進ではなく、絶望に満ちた後退だということだった。 どれくらい走っただろう、全身が汗で濡れた時ようやく花梨がその足を止めた。皐月もそれに気付いて、二、三歩先に進んでから、また戻ってきた。体が言う事を聞いてない。ふらふらになっている。 「もう…追ってきてないよね」 行きも絶え絶えにそう呟くと、花梨は近くの木に身を寄せてへたり込んだ。皐月も腰が抜けたようにどさりと座る。 二人は無言で、息が切れなくなるのを待った。智子と幸村の犠牲の元に二人は生かされている、そう考えるとお互いかける言葉がなかった。二人とも自分の気持ちを抑えるのに精一杯だった。 だが二人に共通していたのは、「今ここで泣いてしまえば、きっともう一人も泣き崩れてしまう。だから私一人が泣くわけにはいかない」という気持ちだった。 「皐月さん…これからどうするの?」 呼吸が回復した頃、最初に声をかけたのは花梨。しかし、その声には元気が感じられないのは明らかだった。 「…分かんないよ、どうすればいいのかなんて」 「だよね…」 だが花梨は少しの安堵も感じていた。復讐に走る、と言い出すよりはマシだったからだ。 「銃も無くなっちゃったし…私はもうこのキノコしかないわ。そっちは」 「私は…警棒と、貝殻と…エディさんの、パン。それに…あの宝石」 まともな武器は何一つ見当たらなかった。おまけに体力も尽きかけているこの状態で再び狙われようものなら今度こそ助からない。 「皐月さん…これで良かったのかな」 花梨が宝石を取り出す。相変わらずの輝きを保ちながら花梨のてのひらに転がっている。 「花梨は…どう思ってるの? 先に花梨の言葉が聞きたい」 逆に尋ねられ、少し口を詰まらせる。しかし思いきったように皐月に言った。 「間違っては…間違ってはいない、と思う」 すると皐月が少し笑って「ならそれでいいじゃない」と答えた。 「花梨が間違っていない、って言わなかったらきっと殴ってた。…だって、それだったら幸村さんや智子、無駄死にになっちゃうでしょ…?」 うん、そーだね…と小さく頷く花梨。 「私達だけでも、これを守り抜こう? 他人から見てどんなにそれが馬鹿げたものだとしても」 皐月は立ち上がると、花梨に近づき、宝石ごとその手を握り締める。そして、祈るかのように目を閉じた。花梨もそれに倣う。 (幸村さん、智子、いってきます) 二人ともがそう思った、その時。突然、空が明るくなったような気がした。 「!? て、敵っ?」 驚いた二人が空を見上げる。しかし、それは何者かの襲撃ではなかった。 「…光…?」 小さな、小さな球状の光が、ふわふわと空に舞っていた。あまりにも幻想的なその光景に、二人は見入ってしまう。 『光』はゆっくりと落ちてくると、花梨の手のひらに収まった。皐月がそれを覗きこむ。 「…何なのかしら、これ」 確かめようと、一度つついてみた。すると、聞き覚えのある声が脳に響いてきた。 『今やーーーっ!!皐月、花梨、逃げるんやーーーーーっ!』 「とっ、智子っ!? えっ、何…ウソ…?」 突然回りをきょろきょろし始めた皐月に、花梨がどうしたの、と尋ねる。 「いや…これに触ったら、智子の声が…」 「え…? ウソでしょ…?」 半信半疑気味に、花梨もつついてみる。 『さっさと…行けッ! 手遅れになってからじゃ遅いんだヨッ!』 『足の早さなら、自信があるからっ!』 『馬鹿もんっ!こんな下らないゲームに乗りおって……』 花梨は耳を疑った。死んだはずの、確かに死を見届けたはずの三人の『声』が聞こえてきたからである。 「エディさん、このみ、幸村さん…」 「えっ? その人達の声も!? どうなってるの、これ?」 再び『光』に触れようとすると、するりとかわし、再び空に舞い上がる。そして、今度は宝石へと落ちていき…そして、『光』は宝石に吸いこまれていった。 目の前で起きた、超常的な現象に何が何だか分からない二人。 「…ねえ、花梨。どういうこと、なの?」 「さぁ…私も、数々のミステリを追ってきたけど…こんなのは見た事も聞いた事も…でも、これだけは分かるよ。これは…みんなの『想い』なんだって」 皐月もそれに頷くほかなかった。ただでさえ謎の多い宝石に、また一つ謎ができてしまった。 しかし、二人に再び希望への道が見えてきたのも確か。 『光』を集められれば、何か起こるかもしれない。 集め方は分からないが、とにかく大きな前進にはなった。 「よし、行こうっ! 皐月さん」 「うん!」 【場所:B-3付近の森】 【時間:2日目10:00頃】 笹森花梨 【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光一個)、手帳、エディの支給品一式】 【状態:光を集める】 湯浅皐月 【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、支給品一式】 【状態:光を集める】 ぴろ 【状態:皐月の鞄の中にいる】 - BACK