来栖川綾香には、「まーりゃん」を打ちのめすというしっかりとした目的があった。 そのために手を汚す覚悟もできている、ダニエルを撃った時から彼女はゲームに乗った身になった。 今、彼女は北川潤に言われた通り神塚山に向けて走り続けていた。 途中崖上の場所に出てしまいまわり道を余儀なくされるが、それでもめげずに彼女はひたすら足を動かし続けた。 そんな時だった。思いがけない場所から、声をかけられたのは。 「おい、おい!綾香じゃないかっ、いや〜助かった・・・」 「え、浩之?あんた、こんな所で一体何してんのよ」 視覚的に捉えにくい茂みに隠れるように寄り添う男女、その一方は綾香も見知った相手・・・藤田浩之であった。 突然の再会に戸惑う、そんな綾香の様子を気にすることなく浩之は話し出した。 「あそこの崖から落ちたんだよ、それで足挫いっちゃっって身動きとれなかったんだ。 いやぁ、通りがかったのがお前でよかった」 「藤田くん、お知り合い?」 「ああ、来栖川綾香って言って、すっげー頼りがいのあるヤツだ。 綾香、こっちは川名みさきさん」 「みさきです、よろしくお願いします」 「えっと、私こっちなんだけど・・・」 「わわわ、ごめんなさい」 「綾香・・・川名な、目が見えないんだ」 それからも、浩之は普段の様子からは思いつかないほど流暢に話し続けた。 第一回放送が行われた頃からずっと二人だったという、気づかぬうちに彼の中にも何らかのストレスが溜められたのであろう。 だが、それらの話は全て綾香の耳を素通りしていく。 ・・・なんで、こんなに早く出会ってしまったのか。そんなつらい感情に支配されてしまいそうだった。 綾香の右手には、今もS&Wが握られている。 一方、目の前の二人は何の武装もしていない。 綾香が少し、人差し指を動かすだけで二人を葬ることはできる。 そんな現実が今、彼女の目の前にあった。 「・・・綾香?」 いい加減静か過ぎる彼女の様子をおかしく思ったのか、浩之も怪訝な表情で見やってくる。 きゅっと唇を噛み締め、彼女は決意を露にした。 ・・・自分の進むべき道を、誤ってはいけないのだ。 「ちょっと、聞いてもいいかしら」 今、彼女の最優先事項は「まーりゃん」である、そのことについての確認は必要だった。 「ここら辺、集団が通ったりはしなかったかしら。時間的にはちょっと前になるんだけど」 「ああ・・・確か、一回そういうのは通った気がする」 「藤田君の視覚には入らなくて、声かけられなかったんだよね。私はこんなだから見極めることもできなくて・・・」 「そう。その中に、女の子は入っていた?」 「連中、しゃべりながらの移動じゃなかったから正直分からない。ごめんな」 「そう・・・」 これだけだったら可能性的には五分と五分、と言った所だろう。 だが、潤の証言からその一行が「まーりゃん」の属するものだという察しは容易につく。 ・・・これで、目の前の二人は本当の意味で用済みとなった。 すっと、銃を手にした右手を構える。 狙うは大切な友人、隣の少女など彼を殺れた後にはどうとでもなる。 イヤなものを後回しにせず先に持っていくところが、何とも彼女らしいと言ったところか。 「・・・冗談だろ?」 いきなりの綾香の行動に、浩之も戸惑いが隠せなかったらしい。 だが、綾香は弁明も何もしようとしなかった。する気がなかった。 「冗談じゃないわ」 「お前がゲームに乗る必要なんてないだろ?」 「できたのよ、理由が」 「・・・マジか」 「ごめん、大マジ。痛いのは一瞬よ、この距離なら外さない・・・ごめんね」 最後の呟きと共に、引き金を引いた瞬間だった。 それは、本当に一瞬のできごと。綾香も予想することができなかった。 浩之を狙うS&Wと彼の間、突如割り込んできた存在。みさきである。 目の見えない彼女が、気配だけで動いた結果--------浩之に当たるはずの銃弾は彼女の腹部に命中する。 「あうっ・・・!!」 「か、川名ぁ!」 浩之の叫び声、みさきはそのまま前のめりに倒れこんだ。 致命傷ではないのだろう、苦しそうだが彼女が息を引き取る様子は見えない。 綾香は今一度S&Wを構えなおし・・・そして、今度は浩之ではなく彼女を狙い。撃った。 言葉も出ないとは、このような状態であろう。 信じられないといった視線、みさきに止めを刺した綾香は一身にそれを受けるしかない。 それが、彼女のしたことに対する責任であるから。 「綾香、お前・・・っ!」 「憎いかしら。当然よね・・・私も、そうだったもの」 「川名がお前に何をしたんだっ、お前、彼女は・・・彼女はなぁ!!」 「ごめん」 胸が痛まない訳ではない。苦しくないはずがない。・・・綾香、だって。 でも、こんなにも戸惑いなく事を起こせたことに対する自分を、綾香自信恐ろしく感じていた。 これが「殺人鬼」というもの・・・今の、綾香だということを。 見た目には出ないが、精神的な消耗はひどかった。 罪悪感はあるのだ・・・ダニエルを撃った時とはまた、違う形で。 それは、関係性のないみさきの死に対してではない・・・友人である、彼の存在が大きかった。 視線も、言葉も、何もかも。 一秒でも早く逃げ出したかった、もう彼を殺さなければいけないという思いを抱けないほど、綾香の心には負担がつのっていて。 これから「まーりゃん」を倒しに行くという状況的にも、不にしか働かない状態である。 ・・・どっちみち浩之は、この足では何もできないだろう。 「まーりゃん」と決着をつけた後戻ってくるのでも問題はない、綾香はそう判断する。 それまでに、もっと強くならなければ。 心を鍛えなければ。こんなことで揺らぐ必要のないくらい、冷徹な人間にならなければいけなかった。 彼と目を合わせることなく、綾香は山頂を目指し歩き出そうとする。 当然の如く浩之は疑問を口に出すが、綾香はそれに対しての答えは伝えなかった。その代わり。 「あいつとの事が終わったら戻ってくるわ。・・・浩之、その時はあなたを」 一呼吸おき、そして。 「あなたを、殺すわ」 顔を伏せたまま言い放つ。 そのまま振り返らないで走り出す綾香、涙はもう枯れ果てて、いた。 来栖川綾香 【時間:2日目午前2時】 【場所:G−5】 【所持品:S&W M1076 残弾数(4/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】 【状態:舞のいる集団に向かう、腕を軽症(治療済み)。麻亜子とそれに関連する人物の殺害(今は麻亜子>関連人物)、ゲームに乗っている】 藤田浩之 【時間:2日目午前2時】 【場所:G−5】 【所持品:無し。それまでの荷物は街道に放置】 【状態:足を打撲。一人では歩けない】 川名みさき 死亡 - BACK