「浩之君、足の調子はどうかな?」 「ん……」 みさきに言われて浩之は確かめるようにその場で足踏みしてみた。 痛みは無い。全力疾走でもしない限りは平気そうだった。 「大丈夫だ、痛みは引いてるよ。歩く分には問題無さそうだ」 「良かった……」 その言葉にみさきは心底安堵した。それは瑠璃や珊瑚も同じだった。 しかしやがて浩之は考え込むような表情になった。 その様子を心配した瑠璃が声を掛ける。 「浩之どうしたん?本当はまだ足痛むんか?」 「いや、それは大丈夫だ。ただ……主催者と戦うって言っても実際どうすれば良いのかなって思ってな」 「それはさんちゃんがパソコンを使ってきっと……」 「無理や……」 「え?」 一同は珊瑚の強い否定の言葉に驚き、彼女に視線を集中させた。 だが浩之達が見たものは言葉とは裏腹に笑顔を浮かべたまま口の前で人差し指を立てている珊瑚だった。 「珊瑚?何を……?」 「そんなん無理や。ロボットを作るのとはワケが違うわ」 浩之達は怪訝な表情をしながら問いかけるが、珊瑚は否定の言葉を続ける。 彼女は微笑みを浮かべたままバッグから地図を取り出しその裏にペンを走らせた。 【方法はあるよ。だけど盗聴されてるから口には出せないねん】 「ええっ!?」 浩之は思わず驚きの声をあげてしまった。 珊瑚は慌てて再び人差し指を口にあてた。 浩之がしまったという顔をしながら口を閉じる。 「そんな驚く事でもないやん……無理なもんは無理や」 【みさきの首輪を今朝寝てる振りして調べたけど、小さい穴がいくつかついとった。多分盗聴用や。 レンズはついとらんかったから、盗撮はされてへんと思う。 せやから少しの間、上手く話を合わせて欲しいねん。本命の話は筆談でするからな】 珊瑚はその事を書き終えるとみさきに近付いて、彼女の耳元で小声でボソボソと2,3言囁いた。 みさきもそれで事情を了承して表情を緩めていた。 「だから何とかして別の案を考えないとあかん……」 「そうか……」 【簡潔に説明すると流れはこうやで。まずは首輪の解除に使う工具を確保する。次にパソコンで主催者の情報を引き出す。 出来ればこの時に連中のセキュリティーシステムも無効化しときたいな……。最後に脱出するか、主催者と対決やな】 それを見た浩之は目を丸くしている。トントン拍子で話が進みすぎてまだ現実味が感じられないのだ。 彼もまた鞄からペンと地図を取り出し、文字を書き始めた。 【珊瑚は首輪を解除出来るのか?パソコンで主催者の情報を調べるなんてどうやってやるんだ?】 【うん、首輪の解除はよっぽど複雑な仕組みになってない限り工具があれば出来ると思う。 パソコンは正直まだ分からへん……島内部にだけでもアクセス出来るようなネット環境が無いとアウトや。 アクセス出来たとしても連中のセキュリティーシステムを無効化出来るかは分からへん……】 フェイクの会話を交わしつつ浩之と珊瑚は交互にペンを走らせる。 瑠璃はその様子を見守っており、書いている内容が分からないみさきはただじっと待っていた。 【パソコンに関してはやってみないと分からないって事か】 【そういう事やね。だからまずは村に行って工具とパソコンを探そうと思うんよ。出来れば信頼出来る知り合いも探したいな。 とにかく細かい作戦を決めるのはパソコンを調べてみてからやね】 「まずは仲間を集めるしか無いんじゃねえかな。正直俺達だけじゃどうしようもないしな」 「でもあんまり簡単に人を信用し過ぎると寝首をかかれかねへんよ」 「うーん、難しいな……。となるとまずは信用出来る知り合いを探すべきか」 【分かった。他に何かあるか?】 【あらへんよ。筆談はこれで終わるけど、工具を探してる事と盗聴に気付いてる事は口に出さんといてな】 浩之は親指を立ててみせた後、ペンと地図をバッグの中に仕舞った。 珊瑚も同じようにバッグの中に筆記用具を仕舞い、そしてみさきにまた耳打ちし大体の事情を説明した。 「じゃあまずは平瀬村へ行かへん?」 「え……でもそれって危ないんじゃ……」 瑠璃の提案に対してみさきが不安そうに呟く。 だが瑠璃は大きく首を振り、珊瑚の持つレーダーを指差した(尤も目が見えないみさきにはこの動作は分からなかったが)。 「さんちゃんのレーダーで周りを常に警戒して、人が近付いてきたら隠れて様子を見よ。 それで知り合いやったら声を掛けて、知らない人やったらそのままやり過ごせば大丈夫やって」 「そうだな……、悩んでても始まらないしな。よし、みんな行こうぜ!」 今後の方針が決まった彼らは再び歩き出した。 放送直後は重苦しい雰囲気からは一転して、希望が見えてきた彼らの足取りは軽い。 レーダーがある以上周りを過度に気にする必要も無い。 彼らは歩きながらも会話を続けていた。 「それで浩之は誰を探すつもりなん?」 「そうだな………神岸あかり、佐藤雅史、長岡志保……それから来栖川綾香だな。 特に綾香は強力な戦力になるから何とか合流したい」 勿論あかりや雅史の事も心配だったし出来れば見つけて守りたい。 だが今は何よりも主催者を倒す為に戦力が必要だった。 「へ〜、その綾香さんって凄い人なん?」 「ああ。綾香はエクストリームチャンピオンの全日本チャンピオンで、俺が知ってる限りでは一番運動神経が良い。 こんな糞ゲームに乗るような奴じゃないし、信頼出来る」 そう。綾香は気の強い女の子だが、その一方で姉や葵の事を気にかける優しさも持っている。 何より綾香は自分より何倍も精神的にタフだ。そんな彼女がこんなゲームに乗るとは到底考えられない。 ただ不安要素があるとすれば―――芹香の死だ。姉の死が綾香に与えた影響がどれ程のものか、浩之には想像も出来なかった。 「みさきは?」 「えーと、私はね……」 「あっ!?」 みさきが喋ろうとしたが、それはレーダーと睨めっこしていた珊瑚の叫び声で阻まれた。 レーダーに自分達以外の光点が一つ映っていた。 その光点はどうやら自分達がいる方向に向かってきているようだった。 「誰かが近付いてきてる!川名、こっちだっ!」 浩之は慌ててみさきの手を引っ張り近くの茂みの奥へと身を潜める。 瑠璃達もすぐその後に続いた。 ごくりと唾を飲み込みながらレーダーと、レーダーに映っている光点が来るであろう方向を交互に窺う。 否が応にも皆の緊張が高まってくる。やってくるのは知り合いかもしれない。 しかし、マーダーである可能性も十分に考えられる。 気付かれずにやり過ごせれば良いが、発見されてしまう可能性も0とは言い切れなかった。 やがて、その光点の人物が向こうの方から歩いてきた。 その人物を確認した瞬間浩之は緊張から解放され、その人物に向かって走り寄っていた。 「綾香っ!俺だ!」 「え、浩之……?」 その人物―――来栖川綾香はきょとんとした顔で浩之の方へと振り返っていた。 すぐに浩之は彼女の近くまで辿り着き、息を整えてから話し出した。 「全く、とんでもない事になったよな……。でも、お前だけでも無事で良かったよ」 「とーぜんでしょ。私はそう簡単にやられたりなんかしないわ。あなたこそよく無事だったわね」 「まあな。色々と大変だったけどな」 「それはお互い様よ……。ほら」 そう言って綾香は左腕の袖を捲ってみせた。 その肩には包帯が巻かれており、一目見ただけでも傷は浅くない事が分かった。 「お、お前大丈夫なのか?」 「平気よ、これくらい。私には良いハンデだわ」 綾香は手を振りながら笑顔でそう答えていた。 その笑顔を見た浩之はホッとしたような表情になった。 彼女はやっぱり、いつもの綾香だ。まだ芹香の死を報せる放送からはそれ程たっていない。 にも関わらずいつも通りの振る舞いを見せる綾香に、心底安堵を覚えた。 ――――だがその浩之の安堵はすぐに打ち砕かれる事になる。 「浩之ーっ、その子が綾香さんなん?」 「もー浩之、ちゃんと説明してから飛び出さなあかんで」 茂みの方から瑠璃達が歩いてきていた。 浩之と綾香の様子から、敵では無いと判断したのだろう。 「わりぃわりぃ。やっと知り合いを見つけれて、嬉しくてついな」 浩之は瑠璃達の方を向き、頭を掻きながら笑顔で謝罪する。 しかしその時、後ろでガチャリという音がした。 途端に、瑠璃達の表情が恐怖と驚愕のそれに変わった。 不審に思い綾香の方へ視線を戻すと、そこにいたのは先程までの彼女では無かった。 浩之が目にしたのは―――殺気に満ちた目で銃を構える殺戮者の姿だった。 「お、おい綾香、何やってんだよ!?この子達は俺の仲間だぞ!」 「だから?そんなの関係無いわよ」 「お、お前もしかしてゲームに……」 「ええ、私はゲームに乗ってるわよ。貴方も殺されたくなかったら大人しくしときなさい」 放送に続いて、信じたくない現実をまたも突きつけられる。浩之の顔に絶望の色が浮かんだ。 綾香は威圧するような視線を瑠璃と珊瑚に投げかける。 「そこのあんた達、死にたくなかったら質問に答えなさい。まーりゃんという人物に心当たりはない?」 「……知らへんわ」 瑠璃が首を振る。 同じ問いかけを珊瑚や浩之、みさきにも行なったが結果は一緒だった。 「そう。ったくどいつもこいつも知らない知らないって……あの女、よっぽど影が薄かったのかしら。 ま、仕方ないわ。じゃあ久寿川ささらは知ってる?」 「確か……うちの学校の生徒会長さんやったと思う」 「知り合い?」 「いや、名前を知ってるだけやで…」 ちっ、と綾香が舌打ちする。久寿川ささらの役職などには興味が無い。 もしかしたらまーりゃんという人物は生徒会関係の人間なのかもしれないが、その情報に何の意味がある。 瑠璃達の様子に嘘や偽りは感じられない。とすれば彼女達は自分の復讐すべき標的ではない。 本音を言えばまーりゃんと同じ学校というだけでも排除したかったが、今は浩之がいる。 まーりゃんと同じ学校とは言え浩之を自分の手で殺すのは流石に躊躇いを覚える。 無理に攻撃を仕掛ける事も無いだろうと、綾香は判断した。 「じゃあ最後に……あんた達の武器をよこしなさい。断ったら……分かるわよね?」 レーダーを失うのは痛手だったが、命には代えられない。 浩之達は渋々レーダーと携帯型レーザー誘導装置、それぞれの説明書を綾香に投げ渡した。 「これは……レーダーか。これであの女を探しやすくなるわね……。 じゃあ収穫もあった事だし、あんた達は見逃してあげる。せいぜい長生きしなさい、じゃあね」 綾香はバッグに奪い取った荷物を放り込んだ。 また一つ怨敵を探し出す足掛かりを得た綾香は上機嫌でその場を後にしようとしていた。 しかしその背中に声が掛けられた。 「ま、待ってくれよ!」 「あら……まだ何か用かしら?」 立ち去ろうとした矢先に浩之に呼び止められ、立ち止まる。 浩之は必死の形相で綾香の方を見ていた。 「なんで……なんでお前、こんなゲームに乗っちまったんだよ?先輩が死んだからか?」 「違うわよ。姉さんが死んだのは悲しかったけど、私はもっと前からゲームに乗っていたわ」 「何でだよっ!?」 「……そっか、これはあんた達にも関係のある事だったわね」 綾香はくすりと笑った。浩之はその笑みをみて、背筋がぞくりとするような感覚を覚えた。 「巳間晴香って知ってるでしょ?その子が殺されたのよ、まーりゃんって奴に、惨たらしくね」 「は、晴香が……」 巳間晴香の死は既に知っていたが、改めて聞かされるとやはり多少のショックを受ける。 だが、次の言葉はその何十倍ものショックを浩之達に与える事になる。 「それで雪見って分かるでしょ、あんた達と一緒に行動してたらしい深山雪見よ。 彼女はまーりゃんにハメられて私と晴香に襲い掛かってきたのよ。 私は雪見に撃たれた晴香を守る為に、雪見と戦ったわ。必死に戦った末に雪見を殺してしまった。 そして急いで晴香の治療をしようとしたら、もう晴香はまーりゃんに殺された後だったのよっ!」 「そ、そんな……」 「雪ちゃんが……」 「だから私はまーりゃんを殺してやるのよっ!絶対に許さない……これ以上無いくらい苦しめて殺してやるっ! アイツの知り合いも殺すっ!殺した奴らの死体の一部を持っていって、アイツに突きつけてるのよ。 あのクソガキがどんな反応をするか、今から楽しみだわ」 浩之は言葉が出なかった。かつて浩之と行動を共にした―――そしてみさきの親友である深山雪見のあまりにも報われない死に様。 そして綾香が剥き出しにした狂気。目の前の光景が現実だと受け入れたくなかった。 「これで分かったでしょ?私がゲームに乗った理由がね。安心なさい、私がちゃんと雪見の仇は取ってあげるからさ」 「駄目……だよ……」 「は?」 「駄目だよ!そんな事しても雪ちゃんも晴香さんも喜ばないよ!」 綾香にとっては最も関心の薄かった人物、川名みさきが叫んでいた。 あの優しかった雪見ならそんな事を望むはずがないから―――そう、叫んでいた。 綾香は一瞬呆然として、すぐにその表情は険しい物へと変わっていった。 彼女の存在など綾香にとってはどうでも良い事だが、言っている事が堪らなく気に入らない。 「何勘違いしてるのよ……別に晴香達を喜ばそうとしてやってる訳じゃないわ。私が満足出来ればそれでいいのよ。 全くどいつもこいつも戯言をほざく……。いい?これは元々一人しか生き残れないゲームなのよ。 だったらゲームに乗るしかないじゃない。あんた達も早く目を覚ました方がいいわよ」 「そんな……お前、それで満足なのか?人を殺して、自分一人だけ生き残って満足なのかよっ!?」 「そんなのどうでもいいわよ、現実を見なさい。さっきも言ったけど最後には一人しか生き残れないのよ……同じ事を何度も言わせないで頂戴」 そこで浩之は珊瑚に言われた計画を思い出した。 そう、自分達にはゲームに乗らずとも生き延びる希望があるのだ。 まだ脱出する手段までは決まっていないが、首輪だけなら何とかなる可能性が高い。 首輪さえどうにか出来れば道は開けるように思えた。 きっとその事を伝えれば綾香も考えを改めてくれる。今の彼女はこのゲームの環境の中で狂わされているだけだ。 自分の知っている来栖川綾香なら、きっと協力してくれる。 そう思った――――いや、思いたかった。 「そうだ!ゲームに乗らないでも帰れる方法があるんだよ!」 「……へえ、それは諦めなければどうにかなる、なんてクソみたいな理想論じゃなくて現実的な話なの?」 「それは……」 浩之は内容を言いかけて慌てて口を閉ざした。具体的な事を言えば主催者達にもその事が筒抜けとなってしまう。 これから先の行動が不利になるのは間違いなかった。 それでも、このまま綾香を放って置く訳にはいかない。 許しを請うように珊瑚の方を見ると、珊瑚は真剣な面持ちで頷いてくれた。 「そこの……珊瑚が首輪を外せるんだよ。他にもやろうとしてる事はあるけどそれは今は言えない。 でも、首輪さえ外せれば後は何とかなりそうって事は分かるだろ?一緒に主催者をぶっ飛ばそうぜ」 「ふーん……珊瑚さん、だっけ。それは本当の話なの?」 「……うん、そうや。ウチはそういうの凄い得意やから、多分やけど外せると思う」 浩之は最低限の、だけど説得には最も効果的な情報を教えていた。 首輪は参加者にとって最も大きな重圧となっている筈だった。 なにせ、主催者の気分一つでいつでも殺されてしまうのだから。 常に自分の命を人質に取られているようなものだった。 その重圧さえ取り除けば、綾香も仲間になってくれるだろうと考えた。 「そう……なら予定変更。そこの女は生かしておけないわ。 復讐する前にゲームを終わらせるなんて、冗談じゃないっ!」 「え……?」 だが、綾香の反応は浩之が期待していた反応とはまるで正反対で。 綾香の銃口が珊瑚へと向けられていた。 【時間:2日目午前7時50分頃】 【場所:G−5】 来栖川綾香 【所持品1:S&W M1076 残弾数(5/6)予備弾丸28・IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×5)】 【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数3・レーダー】 【状態@:やる気満々(浩之を殺すつもりはない)。肋骨損傷(激しい動きは若干の痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】 【状態A:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。今は珊瑚を殺害しようとしている】 藤田浩之 【所持品:なし】 【状態:驚愕】 川名みさき 【所持品:なし】 【状態:驚愕、恐怖】 姫百合瑠璃 【持ち物:デイパック、水(半分)、食料(3分の1】 【状態:驚愕、恐怖】 姫百合珊瑚 【持ち物:デイパック、水(半分)食料(3分の1)】 【状態:驚愕、恐怖】 - BACK