最期の想い




「確かこの林の中に置いたはずじゃ」
皐月達は幸村が隠したというアサルトライフルを回収しに海岸沿いまできていた。
彼女達には戦力が不足している。行動を起こすには強力な力が必要だった。

「それで、この林のどこらへんに置いたんや?」
「…すまんの、正確な場所までは覚えておらん」
「……は?」

絶句する一同。それも当然だ。
海岸沿いに木は延々と生い茂っており、手当たり次第探していては何時間かかるか分からない程の広さだ。

「それじゃ……どうするんや?」
「大丈夫じゃ、覚えてないといっても大体の目星はついとるのでな。ワシはそっちを探すから智子さんは……」

幸村は大まかな位置くらいなら覚えているらしく、ある程度探す範囲は絞れているとの事だった。
それでも捜索範囲は広く、固まったまま探すのはあまりに非効率的に思われた。
各々が探す範囲を指定され、素早く指定された場所へと散っていく。



「う〜、ここにも無いわね……」
普段からミステリ研活動に勤しんでいる笹森花梨にとって、探索は得意分野である。
事実彼女はホテル跡の時も念入りに隠されていた青い宝石と手記を見つけ出した。
だから彼女は、今回もうちが見つけたるんよ!と張り切って探し始めたのだが、無い物は無い。
自分の担当範囲をあらかた探し終えた彼女は、とうとう諦め座り込んだ。
ふと思い立ったように鞄の中から青い宝石を取り出し、手に取ってみる。
その宝石は木の間から降り注ぐ日光を受けて光り輝いている。
その輝きはまるでサファイアのようで、とても価値のある宝石である事は一目で見て取れる。

「綺麗な宝石……この宝石に何が隠されてるっていうの……?」
「――――それは鍵だよ。このゲームを、この計画を成功させる為のね」
「きゃっ!?」


突然横から声を掛けられ、思わず驚きの叫び声を上げる。
振り向いた先には黒ずくめの少年―――まさしく「少年」その人が立っていた。
その手に持つグロック19の照準は正確に花梨の頭へと向けられている。

花梨は自身に向けられた銃口よりも寧ろ、こんな状況でも笑顔を絶やさない少年自身に対して強い恐怖を覚えていた。
手足を痺れさせる圧倒的な死の予感――――この場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られる。
だが花梨が取った行動は恐怖による硬直でも逃走でもなかった。

「あ、あなたは……もしかして……前回参加してた少年っていう人……?」

直感的に抱いた疑問――それは殆ど確信に近い疑問だったが、とにかくその疑問をぶつける。
こんな状況にも関わらず訊かずにはいられなかったのだ。
すると少年は少し意外そうな顔をした。

「へえ、詳しいんだね。その宝石を隠した人がメモでも残してたのかな」
「やっぱりあなたが……?」
「そうだね。僕が前回のゲームに参加して……そして優勝した"少年"と呼ばれている人物だよ」
「やっぱり、あなたが……!」
「とにかくその宝石を渡してくれないかな?今回は十分にゲームは加速しているみたいだし、素直に渡せばここは見逃してあげるよ」

選択が突きつけられる。
花梨の直感は当たっていた。そしてその事を知った花梨の心に、強い怒りがこみ上げていた。
手帳の最後の部分は血痕が大量に付着していた。多分、もう助からないくらいの傷を負っていたのだろう。
苦みながら……そして、少年と主催者を憎みながらも執念で書き綴ったのだろう。
最期の力を振り絞って手帳を書いたであろう少女の気持ちを思い、花梨は憎しみを込めて少年を睨みつけた。
今は恐怖よりも怒りの方が勝っていた。だから花梨が迷う事は無い。花梨のその気持ちが口から漏れ始める。

「い………や……」
「え?」
「嫌!絶対にこれはあなたなんかに渡さないっ!」


恐怖を押さえ込んで、精一杯の虚勢を張りそう宣言する。
ここでこの宝石を渡す事は、きっとその少女の気持ちを無駄にする事になるから。
無駄な抵抗である事は分かりきっていたが、それでも心だけは負けたくなかった。

「……出会ったばかりで随分と嫌われたものだね」

その台詞で最後。これ以上の問答を続ける必要も意味も無いと判断した少年は銃の引き金を引こうとした。
しかしその刹那近くで落ち葉を踏みしめる音が聞こえ、少年は即座にその場を飛び退いた。
次の瞬間には銃声が響き渡り少年がそれまで立っていた空間を鋭い銃弾が切り裂く。
間髪をおかずに捕縛用のネットが迫ってきていたので、少年は大きく後退した。

「花梨、大丈夫かいなっ!?」
「……やれやれ、面倒な事になったね」

花梨の元に走りよる少女が二人。
異変に気付いた智子と皐月が急いで駆けつけてきていた。
智子は険しい顔つきで拳銃を構えており、皐月も若干戸惑いを見せながらもバズーカ砲を構えている。
智子は少年を睨み付けながら怒鳴った。

「アンタ、一体何のつもりや!」
「何のつもりって、その子が持っている宝石を受け取りに来ただけだよ。それは絶対に必要なものだからね」
「智子さん、皐月!あいつがあの手帳の"少年"なんよ!」
「あの人が……」

それで皐月も智子も事情を飲み込んだ。
この少年こそがあの手帳の少年で、そしてこいつは青い宝石を取り返しにきたのだ。
ならばもう、今からやるべき事は一つだ。

智子の手から銃弾が放たれる。
既に少年は走り出しておりその弾は木の幹に穴を空けだけに過ぎなかった。
即座に少年は智子に向けて銃を構えるが、それより早く皐月によって捕縛用ネットが放たれ少年は回避を余儀なくされた。


智子も皐月も発砲の反動ですぐには次の攻撃に移れない。
その隙を狙い少年が智子へ向けて発砲したが、花梨がすんでの所で智子の頭を抑えてしゃがみ込み銃弾は空を切った。
倒れ混んだ態勢から智子の銃が再び火を噴き少年のすぐ傍の地面を抉り取る。

この島で初めて出会ったとは思えない程見事な連携で智子達は少年を追い詰めていく。
少年は不利を悟ったのか素早く後退し始めた。
そのまま横に跳び、林の奥へと消えていく。

「今や、逃げるでっ!」
「え……、でもあの人もう逃げたんじゃ……」
「そんなワケないやろっ、早くするんや!」

智子にはどうしてもあの少年が大人しく引き下がるとは思えなかった。
粘りつくように重い、嫌な雰囲気を少年は纏っていた。
智子は少年が去った方向から視界を外さないまま花梨達の手を取り駆け出そうとし―――そして林の向こうに映る絶望的な光景を目撃した。
咄嗟の判断で皐月と花梨を突き飛ばし、その直後ダダダダダ……という音を聞いた。
一瞬遅れて体のあちこちに異様な感覚が訪れ、智子はその場に崩れ落ちた。

「ガッ―――――」
「いやあああっ!智子さんっ!」

皐月の悲痛な叫びがこだまする。
倒れ伏した智子の体からは夥しい量の血が流れており、助かる可能性はもはや皆無という他無かった。

「出来ればこっちの弾丸はこんな所で使いたくなかったんだけどね」

少年は事も無げにも無くそう放つ。
MG3―――弾丸のシャワーを吐き出す凶悪な火器を手にした少年が林の向こうから悠々と歩いてくる。
その銃口は皐月達をしっかりと捉えており、彼女達は身動き一つとれない。
少年はそのまま智子を抱きかかえる皐月に歩み寄り、彼女を蹴り飛ばした。バーズカ砲が皐月の手を離れ地面を転がる。



花梨は皐月を抱き起こし、少年をキっと睨んだ。
少年はそれを一瞥すらせずMG3をバッグの中に戻し、智子の銃を拾い上げ花梨の額に銃口を突き付けた。
それでも花梨は目を閉じず、少年を睨みつけたままだった。
―――その時、林に叫び声が響き渡った。

「馬鹿な真似はよすんじゃっ!」

少年がその声に反応し顔を横へと振り向ける。花梨達もその視線を追い―――その視線の先には幸村が立っていた。
幸村はアサルトライフルを手にしていた。その表情は今まで花梨達が見た幸村の表情の中でも最も険しく、そして最も悲しそうだった。
その姿を確認すると、少年は深い溜息をついた。

「動いたら容赦無く撃たせてもらうからの」
「全く……どうしてみんな、僕の邪魔をするのかな」
「馬鹿もんっ!こんな下らないゲームに乗りおって……」

幸村は一喝するが、少年はまるで意に介さぬ様子で肩をすくめるばかり。
視線を少し横にやると、血まみれになって倒れている智子の姿が目に入った。
まだ息はあるかもしれないが、もう助かりそうにもない。

「何故じゃ?何故お前さんは平気でこんな事が出来る?」
「……平気で、とは心外だね。僕だってやりたくてこんな事をしてるわけじゃないよ」
「何よっ……。こんな酷い事しといて何言ってるのよ!」

少年の言葉は花梨の頭に血を昇らせるのに十分だった。
たった今仲間を撃たれたばかりの彼女にとって、言い訳をするような少年の言葉と態度は決して許せるものではない。
切迫している状況も忘れ、花梨は怒声をあげた。

「あんた一体何なんよ!どうしてこんな事するのよぉ!」
「それが僕の使命だからさ。僕は計画を成功させないといけない……これ以上犠牲者を出さない為にもね。
計画が成功するまでこの殺し合いは何度でも行なわれる。決して途切れる事の無い、螺旋のようにね」
「え……?」
「計画とは……一体何じゃ?」

「君達には関係の無い話だよ。どうせ君達はここで――――」

少年がデイバッグを盾にするように構え、ゆっくりと銃を幸村の方へ向ける。
それを見た幸村は反射的にアサルトライフルの引き金を引き絞った。
弾丸はデイバッグに当たり――――カンカンカン…………という、何か硬い物に弾丸が弾かれる音がした。
衝撃でバランスを崩しながらも少年は銃を手放さない。

「死ぬんだからね」

態勢を立て直した少年はまだ事態を把握出来ていない幸村に向け、弾丸を一発だけ放った。
それで終わり。弾丸は正確に幸村の胸を貫き一瞬にしてその命を奪っていた。
遅れて少年のデイバッグが破れ、中身に入っていた物が地面に落ちた。
その中の一つの物を見て花梨と皐月は何が起こったかを把握した。
少年は鞄の中に入れておいた盾を頼りにして、アサルトライフルの銃弾を防いだのだと。

すすっと少年の銃口が移動し、花梨の頭に向けられる。
度重なる仲間の死に、あまりにもあっけない死に、遂に花梨はへたれ込んでいた。
その姿からは先程までの気丈さは微塵も感じられない。

皐月も動けない。今更何をしても死ぬ順番が入れ替わるだけだと分かっていたから。
その様はまるで死刑執行を待つ囚人のようで。皐月はただその時を待つ事しか出来ない。
だから少年による死刑の執行を妨げたのは、それ以外の人間――――既に刑の執行を受けた者だった。

・

・

・

保科智子は仲間を守れなかった事をずっと悔やんでいた。北川を疑った事をずっと悔やんでいた。
―――自分があの時エディを引き止めていればエディは死なずに済んだのではないか。
―――自分はあの時何の罪も無い北川を撃ってしまった。

結局智子の行動はずっと空回りし続けていただけだった。
だから今度こそは、絶対に仲間を守りたいと思っていた。判断を誤ることなく、仲間を集めたいと思っていた。
もう後者の願いが叶う事はないけれど………せめて皐月達だけでも守りたかった。
そんな彼女の想いが、既に動かぬ彼女の体に最後の原動力を与えていた。

・

・

・

「あああッ!」
「なっ……!?」

智子は最期の力を振り絞るように叫びながら上体を起こすと傍に落ちているバズーカ砲を拾い、少年に向かって放った。
この距離、このタイミングでは少年といえど回避行動を取る事が出来ず、ネットに捕らえられる他無かった。
ネットに絡め取られた勢いのまま茂みに向かって吹き飛ばされる。

「今やーーーっ!!皐月、花梨、逃げるんやーーーーーっ!」

それは、智子の命を燃やし尽くす最後の叫び。生命全てが籠もった叫び。
その叫びを聞いた皐月はすぐにぴろを鞄に入れ花梨の手を取って脇目も振らずに走り出していた。
それは何かを考えての行動ではなく殆ど本能的な行動だった。
智子の叫びが、想いが、皐月の体を突き動かしていた。




少年がようやくネットから抜け出た頃には辺りにはもう誰もいなかった。
目線を下へやると智子が目を見開いたまま事切れている。
その命を燃やし尽くした時の表情のまま、智子は固まっていた。
あれだけの傷を負ってなお自分に不覚を取らせた少女。

彼女は仲間を守るために死の淵から一瞬だけ舞い戻ってきたのだ。

少年はその目蓋を閉じさせてやろうか迷ったが―――自分にはそんな資格は無い事に気付いて止めた。




【場所:c-2】
【時間:2日目09:00頃】
少年
【持ち物1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾2/10)】
【持ち物2:智子の支給品一式、ステアーAUG(22/30)、グロック19(15/15)・予備弾丸2発】
【状況:頬にかすり傷】

幸村俊夫
【所持品:ヌンチャク(金属性)、支給品一式】
【状態:死亡】
保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾、予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、このみの支給品一式】
【状態:死亡】

笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石、手帳、エディの支給品一式】
【状態:逃亡、精神状態不明】
湯浅皐月
【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、支給品一式】
【状態:逃亡、精神状態不明】
ぴろ
【状態:皐月の鞄の中にいる】

※少年の支給品一式、レーション3つ、注射器(H173)×19、MG3(残り13発)は大破
※智子と幸村の死体と所持品はその場に放置
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