光の射す方へ




すでに時刻は0時を回り、この殺し合いも二日目を迎えようとしていた。
最初は浩之と珊瑚が見張りをすることになったのだが、1時を回る頃には限界が来たのか珊瑚も居眠りを始めていた。浩之は苦笑しつつ立ちあがってみようとする。
「ぐ…っ、まだ痛いな。こりゃどれだけ時間がかかるやら…」
だが先程に比べれば徐々に痛みは引いている。朝までにこの痛みが抜ければ…
「あまり無茶はせんほうがええで?」
珊瑚のものではない、もう一人の声。声のする方を向くと、いつのまにか瑠璃が起きあがって浩之を見ていた。
「なんだ、寝てなかったのか」
「当たり前や。さんちゃん放っといて一人でぐーすか眠れるわけないやん」
「その割には、珊瑚のほうはぐっすりの様だが?」
「…ま、さんちゃんはそーいうコや」
ははは、と二人の間に小さな笑いが漏れる。
「あんた、これからどうするつもりや? 何かアテはあるん?」
携帯型の誘導装置を持ちながら、浩之とは反対の方を向いた。背後を守るつもりのようだった。
「離れ離れになった仲間を探すさ。その後は…とにかく、主催者のやつらをぶっ潰す」
「方法はあるんか」
瑠璃のその問いには、浩之は答えられなかった。実際のところ、こうして生き延びているだけでも精一杯という状況だ。
「ないみたいやな…ま、それはウチらも同じなんやけど。というか、設備が足りないねん」
「設備?」
浩之の問いに、瑠璃がうん、と言って続ける。
「さんちゃんな、ものすごいパソコンとかの機械に強いんや。イルファの設計やプログラムを担当したんもさんちゃんなんやで」
「そら凄いな…」
「やからな、きっとある程度のスペックのあるパソコンさえあれば、きっとさんちゃんがパソコン使ってなんかしてくれる」
自信に満ちた声で瑠璃は言う。そこには珊瑚に対する絶対の信頼があるようだった。


「ウチはさんちゃんと違って何もでけへんからな…何が何でもさんちゃんは守るつもりや…たとえ、ウチが死んでもな」
「…そーいう発言は控えとけ。死んだら何にもならないぞ」
「あんたに言われんでもわかっとる。…ウチだって、死にたかないねん」
気のせいか、最後の方は涙声になっているような気がした。お互い反対の方を向いているから、分からない。
「な、レーダーには何か映ってるか」
だから、気を紛わすために浩之は話題を変えた。ネガティブな雰囲気は好きじゃない。
「いや、何も写ってへんよ…イルファの姿も」
「そうか…」
良かった、と言い切ることが出来ない。
「…けど、ひょっとしたら動くことができへんだけかもしれんしな。まだ大丈夫や、大丈夫」
自分に言い聞かせるように言う瑠璃に、浩之は心を痛める。恐らく、相当のストレスになっている。
…もし、イルファが死に、珊瑚まで死んだなら――そう考えかけて、浩之は首を振った。冗談じゃない。そんなことにさせてたまるか。

――しかし、現実は非常で。

結局、一睡もしないまま浩之と瑠璃だけで見張りをしていた。朝日が昇る頃ようやく目を覚ましたみさきと珊瑚がひたすらごめんなさいと言っていた。
それを笑って許す二人。口をそろえて、「後で埋め合わせしてくれたらいい」と言いながら。
そうして、歩き出そうとした時に、二回目の放送が鳴り響いた。

――僅かな希望さえも、奪い取っていく。

「ウソやろ…イルファ、イルファが!?」
イルファの名前を聞いた瞬間、取り乱したように叫ぶ瑠璃。珊瑚も信じられないという表情だった。
起こってしまった最悪の事態の一環に、浩之が対応しあぐねているとき、悲劇は連続する。

「来栖川…芹香!? そんな、先輩まで…っ」
自身にも恐れていた事態が起こった。とうとう、二人目の友人が殺されてしまったのだ。だが、それだけでは終わらない。
「琴音ちゃん、まで…」
どう考えても殺しになど縁の無さそうな二人が呼ばれ、浩之の頭から絶望が漂ってくる。
「ひ、浩之…く」
みさきが何か声をかけようとして、浩之の方を向いた時。みさきにも呼ばれてほしくなかったひとの名前が呼ばれてしまった。
「雪…ちゃん? …そんな、冗談、だよね」
四肢が震えだし、吐き気さえ覚えてくるみさき。何とか浩之の腕を掴んだものの、依然として震えが止まらない。
「レミィも…なのかよ。畜生、ちくしょう…」
浩之の声からは、覇気が消え失せていた。そして、放送が終わった時には、全員がまともな顔色をしていなかった。
言葉を発する気力すらこの場の誰にも残されていない。そうして無情に時間だけが過ぎ去って行く。
放送から一時間近くが経過したとき、ゆらりと立ちあがる影が一つ。姫百合瑠璃だった。
「行こう、さんちゃん」
おぼつかない足元のまま、逃げてきた方向へと歩き出す瑠璃。その様子を見た珊瑚が瑠璃の腕を掴む。
「ダ、ダメやって瑠璃ちゃん。そんなふらふらしてたら危ないよ」
珊瑚が引っ張るのも構わず、無心に歩いて行こうとする。
「もう決めたんや。イルファがいなくなってもうたんなら…ウチだって、覚悟を決めなアカンねん」
「か、覚悟って…」
恐れがちに聞いた珊瑚に、瑠璃は気丈な面持ちで答える。
「戦う覚悟や。目的のためなら死ぬことも厭わへん覚悟や。イルファは命を賭けてウチを守ってくれた、今度はウチが命を賭ける番やねん」
「待てよ…瑠璃」
今まで下を向いていた浩之が顔を上げて尋ねる。


「その覚悟って…人殺しをする覚悟かよ」
人殺しという言葉を聞いて、みさきと珊瑚が体を強張らせる。瑠璃は首を振る。
「違う。守る覚悟や」
「どう、違うってんだよ? 説明してくれ。でないと…俺は素直にお前を行かせられない」
浩之の言葉に、瑠璃は深呼吸をした後答える。
「イルファとはな、前にケンカしたことがあってん」
「ケンカって、いっちゃんが来た時のこと?」
珊瑚の言葉に頷いて、瑠璃は続ける。
「あんときは、ウチはさんざんひどい事を言った。ウチの勝手な嫉妬で、イルファにすごいイヤな思いをさせてしもうたんや。結局、貴明やさんちゃんのお陰で仲直りはしたけど…」
そこでごしごしと眼の端を拭く瑠璃。珊瑚には、それが涙であることがすぐに分かった。
「仲直りしたときな、イルファは、『愛しています』言うてくれたんや。家族として『愛してる』って。家族って、お互いに助け合うもんやろ? だから、イルファが家族として、助け合う、って言うんなら今度はウチが『家族』を助けてやらなアカンねん。
だから行くんや。もうイルファを助けられんようになってしもうたから…覚悟決めて、今度はウチがイルファの代わりに戦うんや。主催者とな」
「瑠璃ちゃん…」
「ホントは分かってたんや…殺し合いに乗ったとしても、運良く生き残れたとしても、最後にはウチかさんちゃんかどっちかを撃たなあかん。そんなことウチやさんちゃんが出来るワケない。
だからといって、もし逆らってさんちゃんが死んでしもうたら、きっと狂ってしまう。
それが怖かった。逃げる事しかできんかった。守るって言葉にはできても、体はふんぎりつかんかった。けど…もう決めた。もう逃げへん。ウチが逃げずに頑張ったら、きっとさんちゃんが何とかしてくれる。
そしたら、きっとみんなで脱出できる。ウチもさんちゃんも無事に帰れる。そう信じる」


もう、涙は流れていなかった。それは強さを受け継いだ目だった。
「…強いんだな、瑠璃は」
「イルファが強いんや。ウチはイルファから、ちょこっと勇気分けてもらっただけやねん」
「勇気、か…」
浩之は呟いて、自分を叱責した。こんな女の子が勇気振り絞って自分の足で歩こうとしてんのに、俺は何をやってんだよ。くそ、こんなんじゃ志保やあかり、雅史に笑われちまう。ざけんな、しっかりしろよ、藤田浩之。
しかし、問題はみさきだった。親友を失って、心がかなり傷ついているはず。もう少し、行動は先延ばしにした方がいいのではないか。そう判断した浩之は瑠璃に告げる。
「すまん、俺達はまだ行けそうにない。だからそっちが先に…」
「待って。浩之君」
みさきが浩之の言葉を止めていた。川名…? と心配そうに言うのを、大丈夫、と答える。
「私はもう大丈夫。もう一緒に行けるよ。だから気を遣わないで、浩之君」
「けど川名…深山の事は…」
「思ったんだ。雪ちゃんなら、『何やってんのよ、しっかりしなさいみさき。それでも私の親友?』って言うなぁ、って。だから、もう歩けるよ」
みさきも、自分の足で歩く事を選んだ。浩之は心中で毒づく。
なんだよ、結局ウダウダしてたのは俺だけってことかよ…ったく、呆れるよな。
「…なら、行こうぜ。まだ仲間の全員が死んだわけじゃないからな。最後まで希望は捨てない」
瑠璃、珊瑚、みさきが頷く。それを確認すると、浩之は立ちあがってみた。痛みはない。自分の足で歩いてゆける。
「藤田浩之、復活だな。待ってろよ…必ずブッ飛ばしてやる」
四人が並んで、日の差す方向へ歩きはじめた。目指す、脱出へ。




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【時間:二日目午前7時頃】
【場所:G-5】


藤田浩之
 【所持品:なし】
 【状態:歩けるようになった。仲間を探しに行く】

川名みさき
 【所持品:なし】
 【状態:気を持ち直す。仲間を探す】

姫百合瑠璃
 【持ち物:デイパック、水(半分)、食料(3分の1)携帯型レーザー式誘導装置 弾数3】
 【状態:主催者と戦う決意を固める。当面は浩之と行動を共に】

姫百合珊瑚
 【持ち物:デイパック、水(半分)食料(3分の1)。レーダー】
 【状態:瑠璃と行動を共に。当面は浩之と行動を共に】
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