「ふぅ。結構歩いたかしら?」 あれから歩いては休み、歩いては休みというペースで森林地帯を進んでいた七瀬留美は一度足を止めデイパックから地図を出して広げた。 今彼女が向かおうとしている平瀬村まではまだまだ距離があるが、このペースなら今日中には着けそうだと留美は思った。 (――藤井さんもきっと人が集まるところへ行ったはず……) そう判断して地図をしまう。 今頃彼は恋人や友人たちの仇を討とうと島中を徘徊しているのだろうか? いや。もしかしたらゲームに乗ってしまい出会った人をなりふり構わず襲っているかもしれない。 (藤井さん……) そんな時、留美の視界に突然眩しい光が射し込んできた。 朝日だ。 「あ…もう朝なんだ………」 その光は留美に綺麗だなと思わせるのと同時に、新たな戦いを告げる合図とも思わせた。 「ん? ―――っ!?」 ――その時、留美の前方百数十メートルほどの所で朝日の光に反射して何かが光った。瞬間、留美は何かを感じ取り、近くの茂みの中に身を滑らせた。 直後――いや、ほぼ同時に銃声と共に1発の銃弾が留美の頭上を通り抜けた。1秒でも反応が遅れていたら留美は即死だっただろう。 (――敵!) すぐさま反撃に転じるため腰にねじ込んでいたデザートイーグルを取り出し、弾丸が飛んできた方へ発砲する。 「ちぃ! またか!?」 巳間良祐は4度目となる奇襲失敗に舌打ちした。 平瀬村の一件以来、どうも調子が悪い。完璧と思えた奇襲が今となっては全然通用しない。 ――銃声。 「!?」 良祐の近くに1発の銃弾が着弾する。 「―――なるほど。ここまで生き残ってきただけのことはあるというわけか……」 奇襲ばかりではもうこの先敵を倒すことは不可能だと確信した良祐はドラグノフからSMG‖に武器を換えた。 (傷の痛みは大分マシになった――なら少しぐらい無理をしても問題はあるまい!) 覚悟を決めた良祐はSMG‖を構え留美に向かって突撃した。 黒コートの男――巳間良祐の姿を留美も確認した。 手にはサブマシンガン――こちらに真っすぐ向かってくる。 「ちょっと。分が悪すぎじゃないの!」 咄嗟に留美は近くの木に身を隠した。 次の瞬間、ぱららららという音と共に木に無数の穴が開き木片を撒き散らす。 「くっ……!」 一度銃撃が止んだ瞬間、留美も木陰から姿を現わし良祐に発砲する。 しかし良祐も近くの木に身を隠しそれをかわす。そして再び彼のサブマシンガンが火を吹く。 「ああ、もうっ!」 留美も再び木に隠れそれを回避する。 この攻防の間だけで2人の距離差は二十数メートルほどまで縮まった。 「――悪いがてっとり早く終わらせてもらうぞ……」 留美が姿を隠したのを確認すると良祐は再びドラグノフを取り出した。 (本当は閃光弾を使いたいところだが、昨日のあの女のように効果がなかったら無駄に終わってしまうからな…) (攻撃が止んだ……!) 留美はもう一度反撃に出ようと木陰から躍り出た。 しかし、それが良祐の狙いだった。 (――かかったな!) 良祐は内心ニヤリと笑った。 そして次の瞬間、良祐はまだ弾が入っているSMG‖を留美に向かって投げ付けた。 「えっ!? きゃあ!」 突然の良祐の予想外な行動に一瞬隙ができてしまった留美に投げ付けられたSMG‖が直撃した。 その衝撃で留美は尻餅をついてしまい、持っていたデザートイーグルも留美の手を離れ地面を転がった。 「終わりだ……!」 良祐はドラグノフを留美に構え一歩踏み出す。 狙いは頭。現在彼と留美の距離は僅か十メートルほどしか離れていない。この距離ならばスコープを覗かなくてもヘッドショットは可能だ。 ――しかし、今良祐が踏み出したその一歩がこの戦いの勝敗を一気に覆すことになった。 それは―― ガサッ… 「――ぬ!? うおぉぉぉ!?」 足元から音がしたと思った瞬間、良祐の足にロープが掛かり、彼を一気に逆さ吊りにした。 「ト、トラップだとぉ!?」 そう。どのような運命の悪戯か、今二人が戦っていた場所は昨日観月マナがいくつかの罠をしかけていたエリアだったのだ。 突然、良祐が逆さ吊りになったのを見て、一瞬ぽかんとなってしまった留美だったが、この絶好の反撃チャンスを逃す気はなかった。 「くっ…こんな時に―――っ!?」 「―――ッ!!」 留美はすぐさま自分の近くに落ちていた良祐のSMG‖を拾い、その銃口を良祐に向けた。 ――この男は危険だ。今ここで殺せ! 留美の脳が、血が、細胞のひとつひとつが彼女にそう告げる。 「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 次の瞬間、声にならない叫びをあげ留美は戦いの終わりを告げる一撃を良祐にたたき込んだ。 「武器や道具がこんなに………こいつ、いったいこれまで何人殺してきたのよ……?」 良祐のデイパックから出てくるドラグノフとSMG‖以外の様々な支給品を留美は自分のものに移していく。 折りたたみ式自転車、SMG‖の予備マガジン、スタングレネード、89式小銃(しかも銃剣付き)、その予備弾、 そして水、食料などのその他の支給品一式(1人分・デイパックごと)と草壁優季の支給品であった何かの充電機……… 「何の充電機なのかしら? 携帯のじゃないよね……?」 充電機の正体は留美には判らなかったが、とりあえずこれも持っていくことにした。 留美は自分の隣で未だに宙吊り状態の巳間良祐を見る。 その顔面には真っ赤な――――留美の鉄拳の跡がくっきりと残っている。完全にノックアウトしていた。 そう。留美は彼を殺さなかった。「良祐を殺せ」という自身の理性と衝動に反逆した。 (確かにこいつはゲームに乗った人殺しだけど、こいつを殺しちゃったら私も人殺しになっちゃうもんね。 理由はどうであれ人を殺すってことはゲームに乗ったことと同じ……私は藤井さんに言ったもの、ゲームには乗らないって) それに、良祐を殺したら知人や恋人を殺された冬弥のように良祐の死を悲しむ者もきっといるだろう。そして復讐の道に走る者も…… それは憎しみの連鎖――最悪の悪循環だ。 殺したから、殺す――そんなことさせてはいけない。だから自分も人を殺さない。それが留美が冬弥との出会いにより導きだした結論だった。 故に彼女は良祐の武器や道具だけを没収するだけにとどまった。 「ま。しばらくの間そこで頭を冷やしなさい」 留美は気絶している良祐にそう言い捨て、武器、道具以外の支給品一式が入った彼のもうひとつのデイパックを彼の真下に置くと組み立てた自転車に乗りペダルをこぎはじめた。 目指すは平瀬村。 決意を胸に秘めた1人の少女――いや、1人の乙女は朝日が照らす森林地帯を自転車で駆け抜けていった。 【場所:F−7西】 【時間:2日目・午前5時30分】 七瀬留美 【所持品1:折りたたみ式自転車、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】 【所持品2:ドラグノフ(7/10)、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、他支給品一式(2人分)】 【状態:自転車に乗っている。平瀬村へ向かう。目的は冬弥を止めること。ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】 巳間良祐 【所持品:なし】 【状態:気絶。マーダー。観月マナが仕掛けた罠に引っ掛かり宙吊り状態。右足・左肩負傷(どちらも治療済み)。真下に支給品一式】 【備考】 ・良祐が目を覚ます時間、その後の行動は次の書き手さんに任せます ・充電機が久寿川ささらの持つスイッチの充電機なのかは不明 - BACK