「智代……」 「お前、随分とボロボロだな」 「……まあね」 僕は端的に答え、口を閉ざし項垂れた。 本来なら知り合いと再会出来た事を祝うべきなんだろうけど、今はそんな気にはなれない。 ただただ、心が痛かった。 そんな僕の様子を見て疑問を抱いたのか智代が口を開いた。 「春原、お前さっきの騒ぎに巻き込まれたのか?」 「……ああ、そうだよ」 「一体何があったのか教えてくれないか?随分と激しい戦闘があったみたいだが……」 「…………」 僕は黙したままそれ以上何も答えなかった。 いや……何も答えられなかった。 あの襲撃してきた女に対して僕はあれだけ御託を並べておきながら何も出来なかった。 渚ちゃんを守る事が出来なかった。 そして何より―――るーこを守る事が出来なかった。 僕を守ってくれたるーこを酷く傷付けた上に、彼女を放ったらかしにして逃げ出してしまった。 だから……きっと僕はもう終わっている。 智代はそれから幾度となく僕に話しかけたてきたが、結果は同じ。 ただ無意味に時間だけが過ぎ去り、智代は苛立ちを募らせているようだった。 「いい加減にしろ、春原。辛い事があったかもしれないが、今はこんな状況下だ。 情報の有無が生死を分ける事は十分考えられる。知ってる事を話してくれ。無論私達も知ってる事は全部話すつもりだぞ」 「……もう………いい」 「……え?」 「もういいよ……僕はもう終わってるんだ。後は死ぬのを待つだけだ」 「な―――!」 その言葉がよほど癇に障ったのだったのだろう。 智代は激怒し、僕の服の襟を掴んでいた。 「何が終わっているだ……お前はまだ生きているだろう?希望を捨ててどうするんだっ!」 「もう死んだも同然さ……僕はお前や岡崎の言うとおり、ただのヘタレだったんだよ。もう放っといてくれよ」 「理由は……理由は何だ。何がお前をそこまで追い詰めている」 「…………」 「黙ってないで、話すんだ。お前のそんな姿は見たくない。理由を言うまで私はこの手を離さないぞ」 「……僕にはどうしても守りたい子がいたんだ。だけど僕は彼女に守られてばっかりで……その上彼女を傷つけてしまった。 挙句の果てには気絶している彼女を放ったらかして一人で逃げてしまった。僕は最低のへタレだ………。 こんな僕に生きてる資格なんてあるわけねえだろ」 「……貴様、ふざけるなっ!」 智代が激情を込めて拳を振り上げた。 普段の蹴りとは違う―――強い怒りの篭った本気の拳だ。 抵抗しようとは思わなかった。るーこが受けた痛みの何万分の1でも味わいたかったから。 だけどその拳が振り下ろされる事は無かった。 智代の腕は横にいた―――長いおさげの女の子に掴まれていた。 女の子はとても落ち着いて見えた。どことなくるーこに雰囲気が似てるかもしれない。 「茜、止めるなっ!コイツの性根は叩き直さねば気が済まん!」 「智代は黙っていてください。確か貴方は春原さん……でしたよね。その守りたかった方はもう死んでしまったのですか?」 「……分からない。僕が逃げ出した時はまだ生きていたけどあれからどうなったのか……」 「ならば、貴方のやるべき事は決まっていると思いますが?どうしてその方を助けにいこうとしないのですか」 「もう遅すぎるよ……。きっともう全部終わった後だよ。それに……今更どんな顔をしてるーこに会えっていうんだよ」 そう、合わせる顔が無い。るーこが無事かどうかは分からない。多分……気絶したままのあの状態では、絶望的だと思う。 それにもし万が一生きていて、そして会えたとしても、なんて言えば良いのか分からない。 そして多分――――るーこなら僕を許してしまう。あれだけの事をした僕を許してしまう。 それが堪らなく嫌だった。こんな僕が許されて良い訳が無い。 僕は智代の手を振り払い座り込んだ。 まだ怒りの収まらない様子の智代が再び僕に詰め寄ろうとしたけれど、また隣の女の子がそれを止めていた。 睨む智代に対して、女の子は静かに首を振る。 「こんな死人同然の方に関わっていても時間の無駄です。もう行きましょう」 「し、しかし…………」 「智代にはやるべき事があるでしょう?私も同じです。こんな所で浪費する時間はありませんから。 その方にはこのまま野垂れ死んでもらいましょう」 女の子は大きく溜息をついた後、智代の腕を強引に引っ張り歩き始めた。 渋々という様子だったけれど、とにかく智代もそれに従っていた。 死人同然―――本当にその通りだと思う。 僕なんかに構ってないで、智代達だけでも頑張って欲しい。 智代は僕なんかと違って強いんだからさ……。 そんな事を考えながら彼女達の背中を見守っていると、女の子が足を止めてこっちに振り返っていた。 その女の子はとても悲しそうな目で、ぼそりと呟いた。 「無様ですね……つまらない事を気にして悲劇の主人公気取りですか?もしもですが、その方がまだ生きてるのなら…… きっと貴方を待ち続けているでしょう。貴方は更にその方を苦しめる気ですか?」 尤も私には関係の無い事ですけどね、と付け加え、女の子達はそのまま闇夜へと消えた。 智代達が立ち去った後も僕は座り込んだまま考え続けていた。 そうさ、僕はもう死人同然なんだ。 もうきっとるーこも渚ちゃんも殺されてしまっていると思う。 次は僕の番だ。僕一人おめおめと生き残るわけにはいかないんだ。 ――――でも気付くと僕は立ち上がっていた。 僕が逃げてから何時間も経っている、もう全ては終わってしまっている筈だ。 もう僕に出来る事は座り込んで殺されるのを待つ事だけだ。 だけど僕の中の何かが頑なにそれを否定する 心の奥底から失いかけていた感情が少しずつ、だけど確実に蘇ってくる。 これは―――るーこを守りたい、という気持ち。 それがどんどん膨らんでくる。 僕の理性はそれを否定する。もう彼女は死んでるんじゃないかと。生きていても僕では足手纏いにしかならないと。 僕の別の感情もそれを否定する。るーこに合わせる顔が無いと。今更許されて良い筈がないと。 だけど、るーこはまだ生きているかもしれない。僕を待っていてくれているかもしれない。 そして何より、さっきの女の子の言葉。 ―――――貴方を待ち続けるでしょう もしそれが本当なら僕の都合なんて関係無い。今僕が彼女の為に出来る事は一つだけだ。 僕の中に心が一つの気持ちで埋め尽くされた。 僕は――――― 「僕はるーこを守りたい……僕はるーこを守らないといけないんだっ!」 僕は全力で走り出した。体はまだ痛むけどそんな事はどうでもいい。 るーこを見つけるまで走り続けてやる。そしてもしるーことまた会えたなら……もう二度と迷わないっ! * * * 春原が走り去る姿を近くから窺う二つの影――坂上智代と里村茜。 彼女達は立ち去るように見せかけて、近くの茂みに隠れていたのだった。 「茜。春原を激励したり、こんな茂みの中に隠れたり……どういう風の吹き回しだ?」 「別に大した意味はありません。ただ……あの方は待たされる人間の辛さを分かっていないようでしたから、教えてあげたまでです」 「……ありがとう。これで多分あいつは大丈夫だ。あいつはへタレだが、自分の事しか考えないような人間ではないからな」 「礼を言うのは生きてこの島から脱出してからにしてください。その時に貸しはたっぷりと返してもらいますから」 【時間:2日目・午前3:00】 【場所:G−3(村外れ、教会周辺)】 坂上智代 【所持品:手斧、他支給品一式】 【状態:全身打撲、反主催の同志を集める】 里村茜 【所持品:フォーク、他支給品一式】 【状態:全身打撲、反主催の同志を集める】 春原陽平 【所持品:スタンガン、他支給品一式】 【状態:全身打撲、数ヶ所に軽い切り傷、今後の方針はるーこの探索、まずはf-2の戦闘があった民家へ】 - BACK