信じる心




「宮内さんも死んじゃったのか……」
放送を聞いた雅史は暗い声で呟いた。
「お知り合いだったんですか?」
「うん、僕と同じの学校の子だよ……」
「そうですか……」
定時放送で今朝までの死者が伝えられた。
パソコンで見た時以上の死者の多さに、雅史達の気分は更に沈んでいた。
もう3分の1以上の参加者が死んでいる。その中に宮内レミィの名前もあった。
次に放送で呼ばれるのは自分達かもしれない……。雅史達の不安はますます膨らんでいく。

「雅史さん……これから私達、どうすれば良いんでしょうか……」
椋は下を向いたまま俯いている。
雅史もまた俯いていた。
だが彼は暫く考えた後、意を決して顔を上げた。
「とにかくこうしていても始まらないよ。信頼出来る人を探そう」
「え……でも……」
椋はそれ以上口にしなかったが、その後に続く言葉は聞かなくても分かっていた。
雅史達は既にロワちゃんねるで天野の書き込みを見ている。つまり椋は、
『そんな事をしたら裏切られて殺されるかもしれない。そして実際にそういうマーダーは存在している』
という事を言いたいのだろう。
脅威は外敵だけとは限らないのだ。いや、それどころか仲間の裏切りこそが最も脅威なのかもしれない。
寝こみを襲われなどしたら、それこそまず助からないのだから。
この島では人を簡単に信用する事は自殺行為に等しい。

その事は十分に分かっているつもりだが、それでも雅史の決意は変わらなかった。
「確かに裏切られる可能性はあるかもしれない……。でもずっとこうしていても、いつかは殺されてしまうと思うんだ」
「…………」
椋は答えない。雅史は構わずに言葉を続けていく。
「結局僕らだけじゃどうしようもないよ。信頼出来る人を見つけて力を合わせて、この島から脱出する方法を考えよう」
それは雅史の言う通りで、確かに雅史と椋だけではこの島から脱出する方法は見つけ出せそうもなかった。
雅史はそこで一旦言葉を切り椋の瞳をじっと見据えて、
「それにやっぱりさ、僕は人を疑うよりも信じたいんだ」

そう言い切った。
言った後で雅史は少し恥ずかしくなり、顔を赤らめながら照れ笑いした。
それに釣られて涼も笑みを浮かべた。
自分を犠牲にしても誰かを救いたい……ゲームに放り込まれた瞬間そう考えてしまうような雅史に、人を疑いきる事は出来なかったのだ。
涼もまたそんな雅史に惹かれ、彼と同じように再び人を信じてみようと決心した。


自分達の中に生まれていた猜疑心を打ち倒した雅史達は、出発するべく荷物を纏め始めた。
「ノートパソコンは……どうします?」
「後で何かと役立ちそうだし、持っていこう」
椋は頷き、ノートパソコンを鞄の中にしまった。
食料も十分に手に入れる事が出来たし準備は万端だ。
だがいざ出発しようと玄関に来た時、目の前の扉がノックされる音がした。

「雅史さん……」
涼が怯えた声を上げながら雅史の服の袖を引っ張っている。
雅史はごくっと唾を飲んだ。だが先程自分で人を信じたいと言ったばかりだ。
不安そうな視線をよこす椋を手で制し、雅史は玄関の扉の鍵を開けた。
すると扉を開けた先に雅史と同じ年頃の少年と、小柄な少女が立っていた。
そのうちの一人は雅史の良く見知った顔の筈であった。
「マルチちゃん?」
そう、その小柄な少女は確かにマルチだった。
彼の学校に試験的に通っているメイドロボで、雅史自身も面識はあった。
だが何か……引っ掛かるものがあった。

「あ、雅史さん、お久しぶりです」
マルチは笑顔を作って答える。やはり違和感があった。
こんな笑い方をする子だっただろうか?以前の彼女の笑顔なら人間とまるで見分けが付かなかった。
しかし今の彼女の笑顔はいかにもロボットらしい、「作られた」笑顔に見えた。
それでも浩之からマルチの話は聞かされている…人間の為に頑張り続けている子が、ゲームに乗っている筈が無いと雅史は考えた。
「雅史さん、お知り合いですか?」
「うん、僕と同じ学校に通ってるメイドロボットのマルチちゃんだよ」

「はい。HMX−12 マルチといいます、よろしくお願いします」
「そっちの人は……」
もう一人の少年は雅史も知らなかった。
視線に気付き、少年は口を開いた。
「悪い。挨拶が遅れたな、俺は向坂雄二だ」
雄二の異変には恐らく普段の彼を知っている者ならすぐに気付いただろう。
雄二の声調は明らかに抑揚に欠けていた。
何より今の彼の目は酷く暗く、濁っている。
だが普段の雄二を知らない雅史達は特に疑う事もせず、ただ敵意が感じられない事に安堵するのみだった。
「僕の名前は佐藤雅史。よろしく雄二君、マルチちゃん」
「わ、私は藤林椋っていいます。よろしくお願いします」
各々に自己紹介を行い、握手をかわす。

「じゃあとにかく中でゆっくり話そうよ」
そう言って雅史は雄二達を中へと誘った。
仲間が得られた喜びで雅史の表情は明るかった。
雅史の後ろに続いて雄二達が家の廊下を歩いていく。

椋が玄関の鍵を閉めようとした時に、それは起こった。
ぐしゃりという何かが潰れるような音が後ろから聞こえた。


「……?」
音の出所を確かめようと涼が振り返った先には、
「あ……ああああ……いやああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
赤い何かが飛び散る様だった。
雅史の後頭部に、マルチが振り下ろしたフライパンがめり込んでいた。


後頭部から血を零しながらうつ伏せに倒れる雅史。
悲鳴を上げ続ける椋には目もくれずに雄二は雅史の金属バットを拾い上げた。
渾身の力を込めてそれを振り下ろす!

再び響き渡る、肉の潰れる音。
雄二がすっと身を引くと次はマルチがフライパンを振り下ろし、再び血飛沫が辺りに舞い上がった。
次は雄二が、その次はマルチが、まるで交互に餅をつくかのように各々の凶器を振り下ろし続ける。
その度にかつて雅史だったモノが跳ね上り、血が、肉が、飛び散り続けていた。


ようやく雄二とマルチがその手を止めた時には、そこにはもうただの肉塊しか存在していなかった。
椋はいつの間にかその場から消えていた。
「よしマルチ。着替えを探して次行こうぜ」
「そうですね。"正しい"のは雄二さんですから」
「ああ……何人殺しても優勝者への褒美で生き返らせてやればいいだけだからなぁ」
彼らはまるでゲームの敵を倒すかのような気軽さで人を殺していた。
返り血に塗れた二人の顔には笑みすら浮かんでいる。
雄二もマルチも、もう完全に壊れていた。




【時間:2日目午前6時半頃】
【場所:I−7】

佐藤雅史
【持ち物:支給品一式(食料二日分、水二日分)】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、ノートパソコン、支給品一式(食料と水二日分)】
【状態:逃亡、精神状態や行動方針等は次の書き手さん任せ】
向坂雄二
【所持品:死神のノート・金属バット・支給品一式】
【状態:マーダー、精神異常】
マルチ
【所持品:歪なフライパン・支給品一式】
【状態:マーダー、精神(機能)異常】
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