そういえば、騒がしかった海岸付近が急に静かになった気がする。 敢えて避けていたというのもあるが、彼女は海に面する窓付近にいたためその喧騒の正体を見ることはなかった。 好奇心が恐怖心を上回らなかった、それだけである。 リサ=ヴィクセンの支給武器を抱き込んだまま、美坂栞はただただ震えていた。 悲鳴が聞こえた。怒鳴り声が聞こえた。 それら全てが、怖くてたまらなかった。 いくら待てどもリサの戻ってくる気配はない、いざという時は自分の身は自分で守らなければいけない。 ・・・考えるだけで、頭がクラクラしてくる。 (お願いします、こっちに来ないで・・・っ!) ひたすら願った、金切り声の悲鳴の訳を知りたくなかった。 (リサさん、リサさん、リサさ・・・) その時。サク、サク、という砂を踏みしめる音を耳が捕らえる。 ・・・こちらに向かっている? (・・・リサ、さん?) 分からない。でも、リサであって欲しいと願った。 そうでなければ、もうどうすればいいのか考え付くこともできなかったから。 しかし、結果は。 「Hu…これだけあれば、栞も喜んでくれるわよね」 海の家から少し離れた小屋、リサ=ヴィクセンはそこで様々な食料を調達することができた。 ただ、この場所を見つけるまでに時間がかかりすぎてしまい、かなり遅くなってしまったのも事実で。 置いてきた栞の身も気になる、一刻も早く戻るのが賢明だろう。 (あんまり待たせて、泣かせちゃっても可哀想だしね) まるで妹みたいな存在の少女、思い出すだけで微笑ましくなってしまう。 ・・・そういえば、出かける際彼女が持たせてくれたナイフがあったはず。 自分の得意分野であるそれを、リサはお守りのようにポケットに差し込んでいた。 栞のことを考えていたせいかちょっと見たくなってくる、何となくそれを取り出そうとした時だった。 「Why?確かに、ここに入れておいたのに・・・」 栞から受け取った八徳ナイフは、いつの間にか消えていた。 どこかに落とした?・・・探すにしても時間が惜しい、ちょっと悩んでいた時だった。 ・・・不安が、よぎる。胸騒ぎを感じた。 まさかね、と。たかが彼女から受け取ったナイフがないだけで、大げさにも程がある、と思った。 しかし、その「まさか」に恐怖心を覚える。 気がついたら、リサはなりふり構わず走り出していた、目標は勿論海の家。 勘は外れていて欲しい、リサはただただ願った。 だが。 「これは一体っ・・・」 砂浜に戻ってきた彼女は、そこに転がる一つの死体の存在に呆然とした。 近づいてみるが、勿論再び動く気配はない。 ひどい現場だった。首には何度も抉られた跡があり、相当の痛みを感じさせる。 周囲には支給された鞄が散らかっていて、漁られた形跡もひどい。 ・・・こんな、強盗まがいのことをする参加者がいるなんて。リサの心に警戒心が強まる。 そして、気づく。 「・・・っ、栞・・・!!」 海岸沿いにある海の家は非常に目立つ存在だった、ここからでも目に入る存在をスルーする訳はないだろう。 リサの背中を冷や汗が走る、最悪の自体が頭に浮かんだ。 脇目も振らず、また走り出す。 足音が響くが気にしてられなかった、リサはそれだけ必死になっていた。 「栞、いるの?!」 そのままの勢いで海の家に駆け込む、無我夢中で彼女の姿を目で探した。 栞は、すぐに見つかった。 だが・・・窓付近にて横たわるその姿に、動く気配はない。 「栞っ!!」 急いでかけよる、くたっとなる体を抱き上げると暖かい温度がリサに伝わってきた。 脈もある・・・栞は、生きていた。 微かな胸が上下する所が目に入り、彼女は眠っているだけだという事実を認識できたリサの中に安堵感が広がっていく。 「もう、驚かさないで・・・え?」 安心して、一息ついた時だった。 ・・・チクっとした違和感を、一瞬首に感じる。 そして、慌てていたからだろうか。今の今まで、この部屋に潜んでいたであろうもう一つの気配に気づけなかったのは。 血の気がサッと引いていく、途端体の力がいきなり抜けていく感覚を受けた。 ぺたん。気づいたら、栞を膝に抱えた状態で、リサは真後ろに倒れていた。 動かそうにも、筋肉が言うことを聞いてくれない。 どうして。口を動かすこともできない、唯一動かせる眼球だけで周囲を確認しようとするがそれにも無理があり。 気がついたら、気配はリサの隣にまで近づいていた。 「説明書どっかやっちゃって、効果分からなかったんだ。 なるほど、黄色はこんななんだー」 男の声、覇気のないダレたようなしゃべり方。 リサの視界にはまだ入らない男、七瀬彰はこの結果に満足気に頷いた。 「あとは赤、か。まぁ、これは次の楽しみにとっとくかな」 そう言って、彰はついさっき手に入れた二連式デリンジャーを構える。 「ご協力ありがとう。それじゃあ、さようなら」 躊躇いなく放たれる二発の銃弾、それはしっかりとリサの胸部を抉る。 ・・・悔しさで唇を噛み締めたかったが、それでも力が入らず何の抵抗もできない。 自分がこんな形で遅れをとったという事実が、リサのプライドをズタズタに傷つける。 だが、そんな思いは彰に伝わるわけもなく。 霞み行く意識の中、リサは最後の最後まで彼への呪詛を繰り返すのだった。 七瀬彰 【時間:2日目午前0時】 【場所:G−9・海の家】 【持ち物:アイスピック 吹き矢セット(青×4:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×2:筋肉弛緩剤) 八徳ナイフ コルト・ディテクティブスペシャル(装弾6) コルト・ディテクティブスペシャル(装弾6) 残弾17 二連式デリンジャー(弾切れ) リサの集めた食料 他支給品一式】 【状況:ゲームに乗っている】 美坂栞 【時間:2日目午前0時】 【場所:G−9・海の家】 【所持品:鉄芯入りウッドトンファー・支給品一式】 【状態:麻酔薬により眠っている、香里の捜索が第一目的】 リサ=ヴィクセン 死亡 リサの八徳ナイフはG−7に放置 - BACK