それぞれの道を




耕一と梓は舞達と別れた後神塚山のふもとを探し回ったが、誰とも遭遇する事は無かった。
町を探そうかとも考えたが視界の悪い夜に町を探し回るのは自殺行為だと考え、結局大人しく朝まで休憩していた。
そして彼らの眠りは朝の放送によって終わりを迎える事となった。

「は……晴香が……」
ゲーム開始後梓が暫く行動を共にしていた少女―――巳間晴香。
彼女の名前が放送で告げられた中にあったのだ。

昨日の梓の行動は完全に空回りしていた。
晴香とは自分の都合で……自分の感情に任せた勝手な行動を取り別れてしまった。
勘違いから柳川に襲い掛かり、ゲームを止めようとしている柳川に怪我まで負わせてしまった。

その代償が、この結果だ。
「ちくしょう……」
梓はワナワナと肩を震わせている。
溢れてくる感情を、今すぐにでも何かに叩きつけたかった。

だが楓の死を知った時のように取り乱す事のないよう、梓は何とか自分を抑えていた。
感情に振り回された自身の行動は間違いなく晴香の死因の一つにあるだろう……ならばもう、暴走するわけにはいかない。
梓は項垂れたまま歯を食いしばり、感情の激流が収まるまで耐え続けていた。

そんな梓の肩に、耕一の手が添えられる。
「耕一……」
「悔やんだいたって何も変わらない……俺達は今やるべき事をやろう。これ以上こんな事が続かないようにな」

それは耕一が舞から教えられた事だった。
過去を悔やんでいても死んだ者は生き返らないのだ。
それよりも今出来る事をする事こそが死んだ者に対して報いる事になる。
耕一はそう信じていた。
梓は耕一の手を握り、涙を溜めたままの瞳で、しかし力強く頷いた。

気を取り直し、彼らは前へ進む為に歩き続ける。

森を抜けた先には街道が広がっていた。
そこで彼らは街道の向こうの方から人が二人歩いてくるのを見つけた。
そのうちの一人は顔見知り……というよりは、因縁がある相手だった。

「また会ったな、柏木の娘。今度は柏木耕一も一緒か」
「柳川……」
耕一に緊張が走り、体が強張る。
梓から今の柳川の話は聞いていたが、殺人鬼としての柳川しか知らない耕一にとってはにわかに信じ難い話だった。
この男は何人もの命を奪ってきた狩猟者なのだ。

「また復讐しに来たのか?楓を守りきれなかったのは本当にすまなかったと思っている……。
だが、楓の死を無駄にしない為にも俺にはまだやるべき事がある。今死ぬ訳にはいかないな」

柳川は静かに語り、コルト・ディテクティブスペシャルの銃口を耕一達に向けた。
それは確かな敵意の表れだった。
耕一は動けない。
柳川の口ぶり、それに仲間を引き連れている事から判断するに確かに柳川はゲームには乗っていないようだった。
だが柳川の目は本気だ。
今何かしようとすれば柳川は容赦なくその引き金を引くだろう。
耕一の頬を冷たい汗が伝う。

「ま……待ってくれ!私達はもうそんな気はないんだ!」
慌てて梓が弁解する。
柳川としてもゲームに乗っていない者、特に楓の家族は極力撃ちたくはない。
「そうか。それならとっと消えるんだな」
柳川はあくまで姿勢を崩さず、銃を構えたままそう言った。

まだ緊張は続いているが、とにかく一命は取り留めた。
耕一達は柳川からは目を離さないままじりじりと後退し始めた。
だがそこで佐祐理がすい、と柳川の前に躍り出た。

「待ってくださいっ!もしよろしければ、情報交換をしませんか?」

「なっ……倉田、何を言っている!?」
「この人達はゲームに乗っていません。それなら協力しあうべき仲間の筈です」
「何を馬鹿なことを……」
「私達はゲームを止めようとしているんですよね?だったら、協力し合わないと駄目です」」

佐祐理は一歩も引こうとしない。彼女の言ってる事は至極正論で、本来なら柳川もそうするつもりだった。
だが相手は深い確執のある柏木家の者達だ。加えて自分は既に楓も死なせてしまっている。

「……今更柏木家の人間が俺を信用するとは思えん」
だから柳川は、その一言だけ呟いた。
佐祐理は否定しようとしたが彼女も柳川と柏木家の詳しい関係は知らない。
上手く言葉が出てこなかった。
二人とも黙りこくり、場に沈黙が訪れる。
それを破ったのは耕一だった。

「今のお前はそんな悪い奴には見えない……。情報交換くらいなら構わないぞ」
「ふん、いいのか?いきなり裏切るかもしれんぞ?」
「そうするつもりならとっくにしてるだろ」
「……ちっ」

柳川はいつでも撃とうと思えば銃を撃てた。そうしないのはとにかくゲームには乗っていないという事だろう。
その事を言い当てられ、柳川は舌打ちをしつつも銃口を下ろしていた。
とにかく一時的にではあれ、和解は成立したという事だろう。
お互い警戒心が消える事は無かったが、ともかく自分が知りえる情報を交換し始めた。



「ふむ、その姫川琴音という女はゲームに乗っているんだな」
「ああ……けどさっきの放送で彼女の名前が呼ばれてた。多分誰かに返り討ちにされたんだと思う」
耕一はその『誰か』が柳川である事は知らない。
柳川自身もあの狂気の少女の名前が姫川琴音だという事は知らなかった。



「とにかく、その琴音って子に襲われた後俺と長岡は舞達と出会ったんだ」
「―――えっ!?」
耕一の台詞に混じっていた名前に、佐祐理は驚きの声をあげる。

「舞を見たんですかっ!?」
「ああ。君は倉田佐祐理さんか?」
「ええ、そうです。舞は無事でしたか?」
「特に怪我はしてなかったぞ。舞も君を探してた」
「良かった……」
その一言に佐祐理は安堵の声を漏らした。
放送に舞の名前は無かったが、放送で呼ばれなかったからと言って五体満足だとは限らないのだ。
佐祐理の顔に自然と笑みが浮かんでくる。

「それで、舞は今どこにいるか分かりますか?」
「ああ、昨日の夜頃はな……」
そう言って耕一は地図を取り出し、舞達と別れた教会の場所を示した。
佐祐理はその場所を地図に書き示した。

「でも舞達は朝になったら移動するって言ってたからな。多分今は平瀬村の方に行ってると思う」
「分かりました、ありがとうございますっ」
佐祐理が深々と礼をする。
佐祐理は舞の親友だと聞いていたが、佐祐理と舞のあまりのギャップに耕一は苦笑していた。
一体どういう経緯でこの女の子とあの無愛想な舞が親しくなったのだろうか。
そこでそれまで黙っていた梓が口を開いた。

「それでさ、次は私達が質問したいんだけど良いかな?」
「ああ、倉田の連れの居場所も分かったしな。俺達が分かる範囲でなら何でも答えてやる」
「単刀直入に聞くけどさ、あんた達千鶴姉は見なかった?」
「いや、俺はあの女はまだ一度も見ていないぞ」
「ええと……千鶴さんって、誰ですか?」
「ああ、そうか。君は千鶴さんの事を知らないんだったな」


耕一は千鶴の特徴を説明したが、やはり佐祐理も見ていないとの事だった。
初音の事も尋ねたが答えは同じだった。
耕一と梓は落胆の色を隠し切れない。

「おい、柏木耕一。あの女はゲームに乗っているのか?」
「……ああ。よく分かったな」
「大方お前達を守る為に人数を減らす、といった所だろう?あの女の考えそうな事だ」
「その通りだ。だから俺達は千鶴さんを探し出して馬鹿な真似を止めさせないといけない」

そこで耕一はある事に気付いた。
もし柳川と千鶴が出会ってしまったら?
恐らく……戦闘は避けれないだろう。
凶行に走る千鶴を今の柳川が見逃すとは思えないし、千鶴も柳川を見れば決死の覚悟で戦いを挑むに違いない。
だから耕一は無理を承知で一つ、頼みごとをする事にした。

「柳川……。もし千鶴さんにあったら、もう人を襲うのは止めるんだ、って俺が言っていたと伝えてくれないか?
それで出来たら……千鶴さんを止めて欲しい。無茶な頼み事なのは分かってるけどな」
「伝言くらいなら構わんが……正直あの女を説得出来る自信はないぞ。そしてもし説得に応じなければ―――」

柳川はそこで一旦言葉を切り、恐ろしく鋭い目で耕一の顔を見据えた。
「俺はあの女を殺す。ゲームに乗った者を見過ごす訳にはいかん」
「……それで十分だ。頼んだぞ」

柳川の言葉に耕一は頷いていた。
それはつまり、最悪の結果になる事も認めているという事だった。
だが納得のいかない梓がすぐに耕一に掴みかかる。

「耕一、アンタ何言ってるんだよっ!千鶴姉が殺されちまってもいいのか!?」
「梓、落ち着けよ……。これ以上の事は頼めないんだ」
「何でだよっ!」
「千鶴さんを放っておけばどういう事になるか、想像付くだろ?」


そう言われた梓の動きは止まり、耕一から手を離した。
ゲームに乗った千鶴を放っておけばどうなるか……考えるまでもない。
きっと沢山の犠牲者が出るだろう。だから柳川は最悪の場合は殺す、と言っているのだ。
かつて千鶴が柳川の殺戮を止めようとした時のように。
それは耕一達が咎められる行為では無かった。

「だから、急ごう。一刻も早く千鶴さんを見つけないと駄目だ。それと最後に柳川……」
「何だ?」

耕一は柳川に歩み寄る。そして腕を振り上げ、柳川の頬に目掛けて拳を叩き付けた。
柳川は倒れこそしなかったものたたらを踏んで後退した。
慌てて佐祐理がその体を支える。

「ぐっ……貴様、どういうつもりだ?」
「楓ちゃんを守れなかった分はそれでチャラにしてやるよ。じゃあな」
「……ふん、せいぜい頑張るが良い」

それはとても血が繋がっている者達の別れ方とは思えないものだった。
だが柳川の目からは最初のような鋭い殺気は消えていた。
少なくとも耕一にはそう見えた。



ほどなくして耕一達は街道の分岐点に辿り着いた。
「地図によると左に行けば鎌石村、右に行けば氷川村か」
「どっちに行く?」
その問いに、耕一は考え込んだ。
千鶴はゲームに乗っている以上人が集まりやすい村に現れる可能性はかなり高い。
しかしどの村に現れるかは皆目見当がつかなかった。
ここで選択を誤ればまた千鶴は罪を重ね、犠牲者は増えるだろう。
それに初音の事も心配だった。


「時間が惜しい。ここは二手に分かれよう」
「っていうと?」
「俺は氷川村を探すから梓は鎌石村を探してくれ。そっちの方が千鶴さんと初音ちゃんを見つけれる可能性は高い」
「……分かったよ」

これは耕一からしても苦渋の選択であった。
折角出会えた梓と別れるのは惜しいが、梓なら道を踏み外す事もそう簡単に遅れを取る事もないだろう。
梓なら一人でも大丈夫だという安心感がある。
それより今は千鶴と初音の方が心配だった。
最後に耕一が梓の背中に声を投げ掛ける。

「必ず……必ず千鶴さんと初音ちゃんを助けてみんなで元の生活に帰ろうな」
「当たり前さ。もう誰も死なせるもんか……!」

こうして柏木の血を引く3人は、それぞれの目的の為に別々の場所を目指して動き出した。




柏木耕一
【時間:2日目午前7時00分頃】
【場所:G−9の分かれ道(左側の方)】
【所持品:大きなハンマー・支給品一式】
【状態:初音の保護、千鶴を止める、氷川村へ】

柏木梓
【時間:2日目午前7時00分頃】
【場所:G−9の分かれ道(左側の方)】
【持ち物:特殊警棒、支給品一式】
【状態:初音の保護、千鶴を止める、鎌石村へ】





柳川祐也
【時間:2日目午前6時45分頃】
【場所:G−8】
【所持品@:出刃包丁(少し傷んでいる)】
【所持品A、コルト・ディテクティブスペシャル(5/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、教会を経由して平瀬村へ】

倉田佐祐理
【時間:2日目午前6時45分頃】
【場所:G−8】
【所持品:支給品一式、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:柳川に同行、教会を経由して平瀬村へ】
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