「つっぅ……」 弥生は脇腹の痛みで目覚めた。 起き上がろうとしたものの手足が拘束されており、身動きがとれそうになかった。 何度か強引に拘束を外そうとしたが女性の力ではそれが叶う筈も無く、その試みのたびに腹部に痛みが走るだけだった。 (仕方がありませんね……) やがて弥生は諦め、全身の力を抜いた。 一度気絶して時間を置いたからか不思議と気分は落ち着いている。 こうなったら運に身を任せよう。 もしこのまま殺される事になっても甘んじて受け入れよう。 逆にもし生きてここを出られたのなら……英二の言う『別のやり方』で生きていくのも良いかもしれない。 弥生はそう考えていた。 全身の力を抜いたまま何も考えずにただひらすら待つ。 どれほどそうしていたかは弥生には分からなかったが、裁きの時は唐突に訪れた。 トントントン……と足音が聞こえてくる。 続いてガチャッ、と音がして弥生がいる部屋のドアが開け放たれた。 (さて、訪れたのは死神か天使のどちらでしょうね……) そんな事を考えながら来訪者の方へと顔を向ける。 そこに立っていたのは白衣を纏った長髪の女性だった。 「ふむ……怪我人のようだな」 その女性―――霧島聖は顎に手をやりながら呟いた。 「先生、どうかしたの?」 遅れて制服姿の少女、一ノ瀬ことみも部屋に入ってきた。 「いや、女性を発見したんだが見ての通り怪我をしているようでね。少し時間を貰っても良いか?」 そう言われてことみは弥生の傍まで近付いて怪我の様子を窺った。 手当ては一応してあるようだったが、素人目にもそれは荒かった。 「うん。私もそうした方が良いと思うの」 「よし、決まりだな。ではことみ君、少し外で見張りをしてて貰えるかな」 ことみはこくりと頷き、部屋を出て行った。 それを見送った聖はくるりと振り向き、喋りだした。 「私は霧島聖……普段は医者をやっている。君の名前は?」 「私は篠塚弥生といいます……私を助ける気ですか?」 「ああ、そのつもりだ」 「ですが……このゲームで縛られたままにされているという事がどういう事か、少し考えれば分かりそうなものですが」 「分かってるさ。大方誰かに襲撃をかけて返り討ちにされて縛り付けられたまま、放置されていたという所だろう」 「その通りです。それでも私を助けると?」 「ああ。怪我人を放っておく医者など医者ではないからな」 「随分と甘いのですね」 「まあな。だが今から少し、痛い目を見てもらう事になるぞ。今は拘束が役に立ちそうだな」 「え?」 聖はニヤっと笑みを浮かべた後、素早く作業を開始した。 弥生の上着をめくり、腹部を露出させる。 弾丸が体内に残っていない事を確認した後、手早く消毒を行なう。 「――――ッ」 無遠慮にかけられた消毒液により傷口に凄まじい激痛が走る。 弥生は声にならない悲鳴を上げるが、聖の手が止まる事は無かった。 患部に化膿止めを塗りたくり、糸で傷口を縫合し、最後に包帯を巻き、弥生の両手足の拘束を取り外した。 「以上で治療は完了だ……本来ならもっとちゃんとした治療を行ないたかったのだがな。今ある道具ではこれが限界だ」 弥生は立ち上がろうとしたが、すぐに腹部に痛みが走り座り込んだ。 「落ち着きたまえ。動くとまた傷口が開きかねん。暫くは安静にしておく事だな」 弥生は少し考えたが実際聖の治療の手際は素晴らしく、医者であるという言葉に嘘はないだろう。 医者がそう言うのだから、ここは素直に忠告に従うべきだという結論に達した。 「分かりました。ありがとうございます」 「構わないさ。それより人を探しているんだが、霧島佳乃という子を見なかったかね?」 「……残念ながら見てませんね」 「そうか、では失礼する。ことみ君をいつまでも待たせておく訳にもいかないしな」 「私はまた人を……もしかしたら貴女も襲うかもしれません。止めないのですか?」 「怪我人を痛めつける趣味は無い。襲われてから考えるさ」 聖はふっ、と笑って踵を返した。 再び一人になった弥生はさっきの医者について考えていた。 人を探しているという事は恐らく自分にとって大切な誰かを守ろうと考えているのだろう。 そう、以前の自分と同じく。 だが聖と自分では決定的に違う点がある。 その大切な誰かがもし命を落としても、きっと聖は道を誤らない。 僅かな間の出会いだったが、そう確信させる何かが聖にはあった。 英二も聖も、自分には無い強さを持っている。 自分は弱かったから道を誤ってしまったけど、今からでも遅くは無い。今度こそ正しい道を歩いていこう。 英二や聖と再び出会えることがあれば、今度は手を取り合って生きていこう。 復讐した所で由綺は生き返りはしないのだから……。 弥生がそう考えていた矢先に一つの放送が流された。 …… …… … … プツリ、と放送が途絶えた。 弥生は聖の探し人、霧島佳乃の名前が呼ばれた事に少なからず驚いた。 だがそれも主催者の発表の衝撃で吹き飛んだ。 「……やはり、私は真っ当な道を歩む事は出来ないようですね」 再び見えた希望に。由綺を救えるかもしれないという希望に。 それは蜘蛛の糸のようにか細い希望だったけれど。 森川由綺……自分にとっての全てである存在の為に出来る事があるのなら。 弥生はその糸に縋り付く他、無かった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「佳乃……、すまない……」 それは普段の聖を知る者からは想像も出来ない姿。 聖は片手で顔を覆いながら背を震わせて泣いていた。 唯一の身内、最愛の妹……霧島佳乃の死が放送で告げられた。 常人に比べれば遥かに気丈な聖にとっても、その事実は重すぎた。 「先生……」 ことみは掛けるべき声も見つからず、ただ聖の背中をさすり続けている。 一つの放送が、一つの主催者の悪意が、彼女達の道を相容れない物へと隔ててしまっていた。 霧島聖 【時間:二日目06:10】 【場所:c-7】 【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式】 【状態:号泣。灯台・氷川村方面へ移動する予定】 一ノ瀬ことみ 【時間:二日目06:10】 【場所:c-7】 【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)】 【状態:健康。聖が落ち着いた後は灯台・氷川村方面へ移動する予定】 篠塚弥生 【時間:二日目06:10】 【場所:c-5】 【持ち物:支給品一式(鎌石消防署内に放置)】 【状態:脇腹に怪我(痛みは残っているがもう少し休めば行動可能)、マーダー】 - BACK