噂の二人




「…センスが悪いぞ、うーへい。ダメダメのぷーだ」
水瀬秋子に連れてこられた民家の一室で、るーこことルーシー・マリア・ミソラは自分が着ている洋服を見ながら不満げに言った。
「ははっ、そんなわけないだろ? ナウでヤングって感じで最高だって」
「それは死語だと思うぞ」
るーこが着ているのはパーカーにジーンズといたって普通の服装なのだが、どうも気に入らないらしく、しきりに服の裾を引っ張ったり足をぷらつかせている。
「服は決まったかしら?」
ドアの向こうから秋子の声が聞こえた。彼女は春原とるーこが服を選んでいる間もずっと周囲を警戒していた。
「おーけー。もういいっすよ」
「待て。まだうーは…」
るーこが言い掛けるのも気に留めず、ぐいぐいと強引に連れ出す春原。
「さて、次は汗を流さなくちゃな。んで飯を食って…さっさとみんなを探さないと」
矢継ぎ早に行動を決める春原に対して、戸惑いをるーこは覚えた。これまで自分が振り回すことはあっても振り回されたことはほとんどなかったからだ。
「すんませーん、風呂貸してもらえるっすか」
「お風呂? ええ、だったらそこにありますからご自由に使って下さい」
秋子が廊下の奥を指差すと、春原はそこへ行くように促した。
「ほら、行ってこいよ。僕と秋子さんでここは守っててやるからさ」
「しかし…大丈夫なのか? それにうーへいはどうする。風呂には入らないのか」
「るーこの後にでも入るさ。それに僕だって一応男だしね。これくらい出来なくてどうすんだよ」
るーこはしばらく迷っていたが、やがて納得してウージーを春原に手渡した。
「…分かった。信じる、うーへい」
るーの力は信じる力。だから信じて、春原に背中を任せることにした。しかしそれだけでは何となく照れ臭い気分だったので、冗談半分にるーこは言った。


「…覗くなよ?」
「ぶっ! のっ、覗いたりなんかするわけ、なななないっての、ははは」
本気で慌てたように言う春原にまたふふ、と笑うるーこ。何故だか、笑う機会が増えたような気がする。
「冗談だ。じゃあな、うーへい」
満足げに去って行くるーこを尻目に、春原は乾いた笑みで見送った。実は少しだけ考えていたのである。
「仲がよろしいんですね」
「いや、まあ、ね。うん、出会ってまだ一日も経ってないけど大切な仲間っす」
一日も経っていない、という春原の言葉に秋子は少しだけ驚いた。こんな殺伐とした状況でそこまで人を信用できるものなのか。
「…どうしたんすか?」
「いいえ、何でもないですよ。それより、隣の寝室に娘の…名雪がいるのですが、よろしければ様子を見てきてもらえませんか? 警戒はわたし一人で大丈夫ですから」
「そりゃ構わないですけど…秋子さんが行ったほうがいいんじゃないすか? 娘さんなんでしょ? 僕が行くより安心できると思うんですけどね」
もっともな春原の指摘にも、秋子は首を振る。
「寝ていると思いますから大丈夫です。それに、あなた達は疲れているようですから…今まで気を張り詰めていたんでしょう?」
確かにここまで緊張の連続で疲労感は否めない。小休止の意味で見てくるのもいいかもしれない。
「…わかりました、じゃあ少しだけ見てきます。特に何もなかったらすぐに戻ってきますんで」
そう行って寝室へ向かおうとする春原を、秋子が一言付け加える。
「ああそうそう、今寝室には娘以外にもう一人女の子がいるんです。上月澪ちゃん、って言うのですが…口をきくことが出来ない子なんです。さっきまでは寝ていましたが…今は起きていると思います」
「口がきけない? 病気か何かで?」
「そこは詳しく知らないのですが…ともかく、そういう子だっていうことを知っておいてください」
情報として伝えたということだろう。春原は頷くと名雪の部屋へと向かった。
     *     *     *
一時間ほどの眠りから覚めた後、上月澪は目を覚まさない名雪を心配していた。


まだ一度として会話はしたことがないが元より親切で優しい性格である澪は知り合いであるかどうかなど関係がなかった。
しかしその一方で澪は臆病でもある。名雪を心配する裏で外ではこんな恐ろしいことが行われているのか、と思う。
名雪の傷を見ればそれは容易に推測できる。
折原浩平や先輩の深山雪見、川名みさきなどの安否ももちろん気がかりであったが一人で探しに行ける気概もなかった。秋子は名雪が言わぬ限りここから動く気はさらさらないであろう。
結局の所、澪は偶然仲間がここへ来てくれることを祈るしかなかった。
「ちょっといいかな?」
新たな、男と思われる人の声。澪は一瞬心臓が止まるかと思ったがこの家にいるということは危害を加えるような人間ではないだろう。澪は名雪から目を離し、寝室の扉を開けた。
「ちーっす、ここにいる名雪、っていう人の様子を見に来ました」
目の前にいたのは金髪の少年。顔は二枚目というよりは三枚目だ。
澪はサッとスケブを取り出すといつものようにさささと字を書いていく。
「『こんばんは、なの』」
「上月澪ちゃん、だっけ? 可愛いねぇ〜。僕は春原陽平ってんの。ツレもいるけどそれはまた後でね。で、様子はどうなのさ」
様子とはもちろん名雪のことだ。澪はコク、と頷くと春原を名雪の寝ているベッドまで案内した。
「寝てるようだけど…何かうなされてない? ってか、暗くてよくわかんないんだけど」
リビングも暗かったが、ここはもっと暗かった。秋子が人がいることを悟られないために部屋全ての電気を消しているからだ。
そんな事情を知らない春原は無遠慮に部屋の電気をつけようとする。
それを見た澪は慌てて春原にしがみついた。
「お、おいっ、何すんだよっ…え? 理由があるって?」
それから、澪のスケブを通して電気をつけてない大方の理由を聞かされる。それを聞くと春原は感心したようになるほどねぇ、と呟いた。
「まぁ、電気云々に関してはいいや。それより、あの子ひどくうなされてたように見えたけど何かあったのかよ? 分かる範囲でよければ教えてくれない?」
澪はコク、と頷くと名雪がここへきた時の状況を説明し始めた。
肩に酷い刺し傷を負った名雪。そして気絶した後はずっとこのままだということ。


「なるほどね…誰かに襲われたってことか。けど、生きているだけマシじゃん? 死んじゃったら何にもならないからね…」
春原がそう言った時、寝室にもう一人の来訪者が訪れた。
「出たぞ、うーへい。うーあきに聞いたらここにいるって言ってたからな」
るーこだった。風呂に入ったせいか幾分さっぱりした顔になっている。まだ立ち上る湯気が何とも艶めかしい。
誰か分からない澪が春原に説明を求める。
「ああ、紹介するよ」
春原はそう言うとおもむろに立ち上がりるーこの横に並び、
「僕達は!」
それに会わせてるーこも叫ぶ!
「噂のカップル!」
「陽平と!」「るーこだ!」
…しかし、澪からは何かしらの反応が帰ってくる様子もない。
「全然ダメだぞ、うーへい。やはりお前のセンスはぷーぷーのぷーだ」
「おかしいなぁ…僕の読みだとそこは『噂のカップルじゃなくて噂の刑事でしょ』ってツッコミが…って、この子喋れないんだったあぁぁぁぁ! つい脊髄反射でっ」
地団駄を踏んで悔しがる春原。それを見ていた澪がスケブに書きこむ。
「『あのね』」
「『なんでやねん、なの』」




【時間:2日目0時30分】
【場所:F−02】


水瀬秋子
 【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、包丁、スペツナズナイフ、殺虫剤、
  支給品一式×2】
 【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
  ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
春原陽平
 【所持品:スタンガン・支給品一式】
 【状態:スベる】
ルーシー・マリア・ミソラ
 【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)・支給品一式】
 【状態:疲労回復。服の着替え完了】
 上月澪
 【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】
 【状態・状況:浩平やみさきたちを探す】

 水瀬名雪
 【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)
  赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状態:肩に刺し傷(治療済み)、睡眠中。起きた後の精神状態は次の書き手次第………】
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