そぼ降る雨をものともせず、神岸あかりは意気揚々と歩いている。 (浩之ちゃん……ごめんね、今……会いに行くから!) GLという幻想から解放された今、あかりは浩之との再会へと胸を躍らせていた。 断絶も来たる再会への伏線でしかなかったとでもいうように、あかりの足音は弾んでいる。 しかし、その楽しげな足取りが、唐突に止まった。 「……誰?」 人影が、あかりの眼前に立ちはだかっていた。 この島で行われているのが殺人ゲームであると、あかりはようやく思い出す。 身構えようとするあかりだったが、しかし金属バットを失った徒手空拳の身では如何ともし難い。 慌てて身を翻そうとするあかりの背に、声がかけられた。 「……私ですよ」 聞き知ったその声に、あかりが再び足を止める。 「……茜、ちゃん……?」 「はい」 現れた少女は果たして、GLの使徒にして同志・里村茜であった。 だが歩み寄ってくるその表情はひどく怜悧で、それがあかりの心中をさざめかせる。 「無様ですね……」 「え……?」 あまりにも温度のない声。 思わず聞き返したあかりの耳に、容赦のない言葉が飛び込んでくる。 「無様だ、と言ったのです」 「あ、茜……ちゃん……?」 「BLの使徒に破れ―――力ばかりか、誇りまで失いましたか。 命から先に失くしていれば、或いはまだ救われたものを」 「なに……そんなこと、」 「そんなことを言われる筋合いはない、とでも? あるのですよ、勿論。 元GL団最高幹部、”無限の誘い受”神岸あかりは、私に糾弾される義務がある」 「き、糾弾……!? 茜ちゃん、何を……」 穏やかならぬ語気に、あかりが言葉を失う。 だが、茜は構わず言葉を続ける。 「糾弾」 どこまでも、無情に。 「―――そして、断罪です」 審判が、下される。 「な……っ! ……え!?」 茜から距離を取ろうとしたあかりを、背後から音もなく忍び寄った何者かががっちりと羽交い絞めにする。 長い黒髪が、かろうじてあかりの視界に入った。 「離して……何なの、茜ちゃん!? ……冗談じゃ、済まなくなるよ!?」 動けないあかりの眼前で、一歩、また一歩と茜が歩みを進める。 「冗談で済ます気などありません。 ……ご紹介しましょう。今回、貴女の処断にご協力いただけることになった、森川由綺さんです」 「あは……あかりさん、とっても綺麗なうなじぃ……」 あかりの背後で、荒い息遣いが聞こえる。 女性のものとは思えぬその呼吸と怪力に、あかりの背筋が冷たくなる。 「道すがら出会った方なのですが、今回の件をお話したところご快諾いただけました。 実に性根の真っ直ぐな女性です」 愉しげに言いながら近づいてくる茜の手の中で、分厚い本から緋色の光が漏れだしている。 どろりと垂れ落ちて大地を侵すような、その毒々しい光を見て、あかりが声を上げる。 「……っ! 茜ちゃん、まさか……その力……!?」 「あはぁ……きれい……あかりさん……いいにおい……」 じゅく、と嫌な感触が、あかりの太股を這い回る。 視線を下ろせば、由綺と呼ばれた女性が、自ら零した愛液でてらてらと光る腿を、あかりのそれに擦り付けていた。 「嫌ぁ……っ!」 抗う間もあればこそ、力任せに押し倒されるあかり。 降り続く雨で泥濘と化した地面に、あかりは押し付けられる。 「……何が嫌なものですか、元GLの幹部ともあろう者が」 「茜ちゃん……やめて、やめさせて、お願い……っ!」 必死に懇願するあかりを、まるで唾棄すべきものであるかのように見下ろしながら、茜が口を開く。 「そもそも貴女……佐藤雅史を殺しておいて、今更、浩之ちゃんもないでしょう」 「……ッ! どうし、て……!?」 「―――貴女が知る必要はありません。さようなら、”先輩”」 嘲るような声音。 茜の手に持つ図鑑から、ゆっくりと緋色の光が垂れ下がってくる。 粘り気をすら感じさせるそれが、口腔をこじ開け、体内に満ちて行くのを感じながら、神岸あかりの意識は途絶えた。 「ひ……あああっ……!!」 唾液、愛液、鼻汁、涙。 泥に塗れ、あらゆる穴からあらゆる体液を垂れ流して絡み合う二人の女性をつまらなそうに眺めながら、 里村茜は小さくあくびをしている。 「……まあ、存分にイッてください」 やがてその手の図鑑に、文字が浮き出てきた。 『森川由綺(WA)×神岸あかり(ToHeart) --- クラスB』 それを確かめて、茜は雨宿りをしていた樹から離れると、制服についた泥を払うような仕草をする。 「元GL団最高幹部、神岸あかり……。 貴女なら、充分に役割を果たせるでしょう」 言って歩き出す茜。 泥に塗れながら裸で絡み合う二人には、目もくれない。 代わりに、奇妙な言葉を紡いだ。 「―――もう、いいですよ」 無我夢中で互いを貪り合う二人の他には、聞く者とておらぬ筈の夜明けの森。 しかし、誰に向けて放たれたものかも知れぬその言葉に、答えるものがあった。 空が、裂けた。 そうとしか言い得ぬ断裂が、茜の言葉に答えるように、現れたのである。 その向こう側に、この世ならぬ桃色の空間を覗かせて、断裂はそこにあった。 ぞろり、と。 断裂から、奇怪な触手が、這い出でた。 粘度のある液体を撒き散らしながら一本、また一本と数を増やしたそれは、やがてそのすべてが、 近くにある何かに興味を示したように這いずっていく。 その向かう先には、異様な光景にも気づかずに互いを味わい尽くそうとする、二人の女性がいた。 数刻の後。 泥濘には、脱ぎ捨てられ、或いは破り棄てられた衣服だけが残されていた。 そこには他の何も、残されてはいなかった。 無数の触手も、二人の女性も、その悲鳴すらを呑み込んだ断裂も、何一つとして残ってはいなかった。 やがて放送が鳴り響くまでの、ほんのひと時。 夜明けの森は、本来の静けさを取り戻していたのである。 【時間:2日目午前6時前】 【場所:G−8】 里村茜 【持ち物:GL図鑑(B×3)、支給品一式】 【状態:すべては我が掌中にあり―――】 神岸あかり 【状態:死亡】 森川由綺 【状態:死亡】 - BACK