「―――そこの、大当たり!」 神岸あかりと対峙したまま、観月マナは高槻に向けて口を開く。 「お、大当たり!?」 「いいから、ここはあたしに任せて、その人と逃げなさい!」 あかりから目を離さず、マナは声を上げる。 「あ、ああ……それならお言葉に甘えさせてもらうぜ……」 言いながら、じりじりと後ずさっていく高槻。 が、すぐに何かに気づいたように周囲を見回す。 「って、あ、あの野郎……いつの間にか一人で逃げやがった! 畜生、待ちやがれ俺様の獲物! そして俺を置いていかないでくれ!」 言葉だけを残して、高槻は脱兎の如く逃げ去っていった。 夜の森に、急速に静けさが戻ってくる。 「……で、あんた……GLとかいう人たちなんでしょ……? どうするの、戦うっていうんなら……あ、相手になるわよ……!」 夜目にも鮮やかな赤いオーラを立ち登らせ、鋭い棘のついた金棒を平然と片手に提げているあかりに、 マナがいささか震えた声で言う。 対するあかりは何を考えているのか、逃げていく高槻の後ろ姿にも注意を払わず、じっとマナを見つめていた。 「ふぅん……」 「な、何よ!?」 「……男の子、いなくなっちゃったんだ……。じゃあ、こんなもの必要ないよね」 ごとり。 地面を陥没させながら、金棒があかりの手から離れる。 「ど、どういうつも……り……ひゃっ!?」 マナが飛び上がる。 す、と音もなくマナに擦り寄ったあかりが、その手をマナのブレザーの襟元から差し入れたのである。 「……あはは、あったかいね」 「な……ちょ……や、やめなさいっ!」 胸元をまさぐるあかりの手を、マナは赤面して振り払おうとする。 だが、その冷たく細い腕は右に左にマナの手をかわし、その下着に覆われた部分を堪能する。 「―――ね」 「……!」 気がつけば、あかりの顔がすぐ近くにあった。 吐息のかかるような距離に、マナの心臓が改めて跳ね上がる。 するり、とマナの襟元から抜き出された手が、今度はマナの手をそっと握った。 「え……」 「……ふふ」 誘われるまま、マナの手があかりの胸へと伸ばされる。 接触。 それは、どこまでも柔らかく沈み込むようで、 「え、あんた、ひょっとして……」 当然感じられるはずの厚布の感触は、どこにもなかった。 「……うん、つけてない」 「なん、ちょ、どうし……ええ?」 予想外の事態に、マナが動転する。 あかりは、多少装飾過多ではあるが薄桃色の、セーラー服らしきものを着ている。 発育も、当然マナよりも歳の分だけ以上に、ある。 それが下着をつけずにいるなど、考えてもみなかった。 「さっきね、何だか変身……っていうのかな、させられちゃって。 この格好になってから、つけてないんだ。そういうものみたい」 「みたい、って……」 「こういうのも、たまには悪くないよね」 なんだかどきどきするよ、と言ってあかりがにっこりと笑う。 その表情に邪気は感じられない。 ほがらかで優しげなその笑みに、思わず引き込まれそうになる自分を、マナは感じていた。 薄布一枚を通して伝わってくる温かみに、マナの掌がじんわりと汗をかく。 「ね……やわらかいでしょ……?」 囁かれる声は、甘やかで。 「直にさわっても、いいんだよ……」 ひどく、蟲惑的だった。 あかりの鼓動が、掌を通じてマナを呑みこんでいく。 「いらっしゃい……」 言いながら、あかりの手がそっとマナのそれを導こうとする。 乳房を掴むように触れていた手が、なめらかな鎖骨、白い首筋を通り、セーラー服の襟元へと伸びる。 いつの間にか、あかりの全身から立ち登る真紅のオーラが、その勢いを増していた。 それにも気づかないまま、するりとほどかれた濃桃色のスカーフに目を奪われているマナ。 その手が、小さく開かれたあかりの襟の中へと誘われようとした、その瞬間。 マナが腰に提げていた図鑑から、突然、青い光が涌きあがった。 「……!? わ、あたし、いま、何を……」 「―――ちぃ……っ!」 その光を目にした途端、マナが己を取り戻す。 幻惑を破られたあかりが、舌打ちをして飛び退こうとする。 真紅のオーラが、残像のように揺らめく。 だが青い光はそんな真紅の光を追うようにその光跡を伸ばし、あかりを捉えた。 「なっ……く……ああああっ!!」 青い光と赤い光がぶつかり、紫色の火花を散らして、弾ける。 それは互いを相殺しようとするかのような、美しくも激しい光景だった。 そんな紫色の火花に包まれるあかりに見入っていたマナだったが、 「え……?」 ふ、と。 舞い散る光の中に、何か違う像が結ばれたような気が、していた。 「この光……!? なに……? 何か、伝わって……?」 映像だけではない。 音、匂い、風のそよぐ感触。 それらすべてが、紫色の火花を通して、マナの五感に語りかけてこようとしていた。 「いや……いや……っ!」 赤と青の光に包まれたまま、あかりが弾かれたように叫ぶ。 「これ……、あんたの、記憶……なの?」 「やめろ……やめて……っ! やめて……お願い、やめて……!」 あかりの口から悲痛な叫びが漏れ出る。 しかし、絡まりあう赤と青の光は、あかりの周囲で捻れ、融けあうように、紫の光へと変わっていく。 今や火柱とも映るその紫光は、それを見つめるマナをも呑みこんでいく。 光の中で、マナの意識はいつしか、一人の少女のそれに重なっていった。 それは、悲しい記憶だった。 一人の少女が、平凡な恋をする物語だった。 大好きな人がいた。 振り向いてほしくて。 振り向いてもらえなくて。 だから大好きな人のために、自分を変えた。 一生懸命に、努力をした。 舞い散る桜の花びらの夜。 青い青い、新しい一年の始まりの朝。 次第に、大好きな人の視線が、自分に向けられるようになっていた。 そして。 大切な思い出になるはずだった、あの日。 長い長い想いが、実を結ぶはずだった、あの部屋。 受け入れられない。 こんなにも、こんなにも大切に想っているのに。 あの人は、私を愛することが、できなかった。 それは、裏切りだ。 私を好きだと言ってほしかった。 私を好きだと言ってくれて、嬉しかった。 けれど、 だから、 ならば、 どうして、 私に、女の傷痕を、残してくれなかった。 それは、悲しい記憶だった。 「違う……違う、違う、違う、違う違う違う……ッ!」 あかりの叫びだけが、闇に沈む森を侵していく。 「それが―――」 マナの、奇妙に静かな声が、あかりの叫びを刺し穿つ。 「それがあなたの、一番奥にあるもの」 「違うっ!」 硬く目を閉じて、あかりが首を激しく振る。 「怖いんだね」 「違う、違うっ!」 跪き、赦しを請い願うように俯いて、あかりが叫ぶ。 「あなたは怖いんだ。―――彼にもう一度、拒絶されるのが」 「―――違、う……っ! もう、私は―――、」 地に額を擦り付けるようにうつ伏せたあかりの背から、赤い光が、膨れ上がる。 「私にはっ! GLがあるから……! もう、もう浩之ちゃんなんか要らないんだぁっ―――!」 あかりを包みこんだ赤い光が、釜首をもたげた大蛇のように、マナへと襲いかかる。 対するマナはしかし、静かにその姿を見つめていた。 その手にした図鑑から、青い光が、滾々と涌き出している。 背筋を伸ばし、真っ直ぐにあかりと真紅の光を見据えて、 「あなたの恐怖……この観月マナとBLが、受け止めてあげる」 言い放つと、同時。 膨大な真紅の光が、マナと青い光を呑みこんだ。 赤一色に染まる世界の中。 しかし荒れ狂う風を正面から受け止めるように、マナは凛と立っている。 その周囲では、赤と青の光が融けあい、紫色の光へと変化していく。 その中で、マナはゆっくりと、しかし真っ直ぐに指を伸ばす。 次の瞬間。 マナの指先から飛んだ青い光の槍が、真紅の世界を断ち割って、ただ一点、神岸あかりの心臓を刺し貫いた。 「―――怖くなんか、ないんだ」 紫の火柱を背に、言葉が響く。 微かに残る青い燐光を払うように、ぴ、と指先を振るうマナ。 それが合図だったかのように、赤い光が、硝子細工の如く、弾けて割れた。 三色の光が、闇に溶けるように、消えていく。 後に残されたのは、 「……うん」 憑き物が落ちたように、清々しい顔をした神岸あかりだった。 仰向けに倒れながら、大地に手足を伸ばし、ゆったりと微笑んでいる。 「男の子って……ファンタジー」 着ていた制服もフリルが取れ、元に戻っているようだった。 転がっていた金棒も見当たらない。 すべての悪いモノを、あの紫色の火柱が焼き尽くしたかのようだった。 (もう……大丈夫そうね) その姿を見て、マナはゆっくりと踵を返し、歩き出す。 一つ頷いて、雲に覆われた夜空を見上げて呟いた。 「ようやくわかった気がする、BLの本当の力……」 歩みを止めず、マナは手の図鑑を握りなおす。 この図鑑の存在、BLという力の意味。 それらの答えが、観月マナの中で形を結ぼうとしていた。 【時間:2日目午前1時ごろ】 【場所:E−5】 観月マナ 【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】 【状態:ジョブチェンジ・BLの使徒Lv1(クラスB×2)】 神岸あかり 【所持品:支給品一式】 【状態:GL解放】 高槻 【所持品:支給品一式】 【状態:待て獲物!】 七瀬彰 【所持品:アイスピック、自身と佳乃の支給品の入ったデイバック】 【状況:逃亡】 - BACK