朝の一時




夜明け頃に智子達が去った後、北川は食堂で朝食を食べていた。
「うーむ、ホテルの豪華食材を使った料理の味は筆舌に尽くし難いですなあ」
愉悦の表情を浮かべつつ、食堂でキャビアを貪る北川。
一高校生に過ぎない彼の普段の生活では滅多に口に出来ない代物だ。

「さて、このワインも頂くとしますか」
予めキッチンで見繕っていたワインを取り出し、グラスに注ぐ。
グラスを手に取りいざ飲もうという所で、横から声が掛けられた。
「アンタ朝っぱらから何飲もうとしてるのよ?私と美凪に酔っ払いの世話をさせるつもり?」
見ると真希がフライパンを手に立っていた。
真希の顔は笑っている。しかし、目と声が笑っていない。

「う……」
盲点であった。全く酔いの事を計算に入れていなかった。
だが折角の上等そうなワインだ。ここで引いては男がすたる。
北川はどのように言い逃れるか思考を巡らせた。
その真剣さは、首輪の対策を考えている時と何ら変わりは無い。
(……これだ!)
北川は普段使っていない部分の脳もフル活用し、驚異的な速さで答えを導き出した。

人差し指と中指でグラスを挟んで優雅さを演出しつつ、グラスを口に近づける。
「……潤。一体何のつもりかしら?」
「どうだ、グラスを手にするこの俺の姿は。優雅だろう?」
北川の出した答えとは、ワインを手にした優雅な姿で見惚れさせる事だった。
窓からは朝日が差し込んでおり、北川の横顔を照らしている。
演出は完璧に近い。勝利を確信した彼はそのままグラスに口を付けた。


だがワインが彼の口の中に注がれる刹那、頭上で何かが風を切る音が聞こえた。
「だからどうした、アホぉ!」
「ぐぼぉっ!」


……七瀬留美直伝のツッコミwithフライパン。直撃を受けた北川はテーブルの下に倒れ伏せた。
上を見上げると真希が憤怒の表情を浮かべながら立っている。
どうやら北川が導き出した答えは不正解だったようだ。
真希の目には殺気が篭っている。北川は慌てて次の言い訳を構築した。
「い、今のは冗談だ。これはだな…………そうだ栄養の補充だ!たっぷり栄養取ってないと後々保たないからな」
「へー、そんなに栄養取りたいの?」
「ああ、俺も育ち盛りの時期の男だからな。それにこんなの水同然だ、この程度で酔う事はないぜ」
実際には彼はほんの一ヶ月ほど前、チューハイ1杯で吐いたのだが。

「なら、アレを全部食べてね。美凪が作りすぎちゃったみたいだから」
笑顔でキッチンの方を指差す真希。
真希が指差す方を見ると美凪が立っており、その傍らには炊飯器があった。
恐る恐る近付いて中身を確かめてみると、中にはたっぷりと炊き込みご飯が詰まっていた。
とても一人で食べきれる量ではない。
「……美味しく出来たと思います。北川さん、遠慮ならさらずにどうぞ」
「あのー、真希さん美凪さん……?アメリカンジョークですよね?」
「……私達外国人?」
「あはは、潤ったら何言ってるのかしらね。私達は日本人だからアメリカンジョークなんて言わないわよ。
これは全部潤の朝食よ。た〜っぷり食べてね、成長期の北川君♪」
「食べてくれないと、がっくり……」
笑顔のまま殺気を放ってくる真希と、心底食べて欲しそうにしている美凪。
「は……はは……」
もはや、北川の運命は決まっていた。

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「……げっぷ」

30分後。北川は限界を迎えていた。まだ炊き込みご飯は半分以上残っていたがもうこれ以上は食べれない。
北川の体が、胃が、これ以上の食事の摂取を拒否していた。
真希と美凪は仕方なく諦め、残りのご飯を使って携帯用のおにぎりを作っている。
「もう一ヶ月くらい米は食いたくねえ……」
床の上にごろんと仰向けに寝転がる。腹が膨れているせいか、急激に眠気が襲ってくる。
朝日の差し込む暖かな陽気の中、心地よい眠気に身を任せる。
だがその眠気は島全土に響き渡った放送によって中断される事となった。



(香里……逝っちまったか……)
放送の中には彼の級友、美坂香里の名前があった。予想していないわけではなかった。
既に数度の修羅場を体験している彼は十分にこのデスゲームの厳しさは理解しているつもりだった。
覚悟はしていたが、それでも悲しみと喪失感に押し潰されそうになる。
もう二度と香里と一緒に登下校する事も、話すことも出来ないのだ。
だが今はまだ泣くわけにはいかない。
後ろで不安そうに自分の様子を窺っている二人の少女の存在が、北川を奮い立たせた。

「……よし、朝の優雅な一時は終わりだ。真希、美凪、そろそろ行こうぜ」
意を決し立ち上がる。微笑みかけると真希も美凪も笑顔を返してくれた。

それぞれ荷物を手に持ちホテルを後にする。そこで北川は放送にこの島で出会った少女―――春原芽衣の名前があったのを思い出した。
彼女は祐一達と行動を共に放送にしていた筈だが、放送に祐一の名前は無かった。
一体彼らに何があったのだろう。何者かに襲撃されたのだろうか。仲間割れしたのだろうか。分からない。
他にも考える事はいくつもあった。これから先の事、花梨が発見した手帳の内容の意味、青い石の謎……
いくら考えても答えは出そうに無かった。
(相沢……くたばるんじゃないぞ)
だから彼は空を仰ぎ、ただ親友の無事を願うのだった。




湯浅皐月
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目05:00頃】
【所持品@:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾、予備弾薬80発ホローポイント弾11発使用】
【所持品A:セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、支給品一式】
【状態:早朝にホテルを出た(行き先、目的はお任せ)】
幸村俊夫
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目05:00頃】
【所持品:ヌンチャク(金属性)、支給品一式】
【状態:同上】
保科智子
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目05:00頃】
【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃(残弾6/10)、自分とこのみの支給品一式】
【状態:同上】
笹森花梨
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目05:00頃】
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石、手帳、エディの支給品一式】
【状態:同上】
ぴろ
【状態:皐月の頭の上にいる】




北川潤
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目06:20頃】
【持ち物@:防弾性割烹着&頭巾、SPAS12ショットガン総弾薬数8/8発+ストラップに予備弾薬8発】
【持ち物A:支給品一式、おにぎり1食分】
【状態:首輪を外せる技術者を探して村へ(どの村へ向かうかは次の書き手さん任せ)】
広瀬真希
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目06:20頃】
【持ち物:防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、おにぎり1食分、携帯電話、お米券】
【状況:同上】
遠野美凪
【場所:E−4、ホテル跡】
【時間:2日目06:20頃】
【持ち物:防弾性割烹着&頭巾、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、おにぎり1食分、お米券数十枚】
【状況:同上】
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