麻亜子とささら(後編)




「――え……なにを……高槻さん、今なんて…………?」
ささらの瞳に映るのは誰よりも大事な、大好きなかけがえのない先輩、麻亜子の姿。
寂しかった。会いたかった。駆け寄ってすがりつきたかった。
湧きあがる喜びの感情を打ち消すのは耳に届いた高槻の言葉、そして目の前に映る光景。
麻亜子の身体にしがみついている貴明と、二人に向かって拳銃を向けている高槻の姿。
そしてその彼に銃口を向けたままこちらを見つめる見知らぬ少女。
「だからこいつだよ! 宮内を殺ったのはっ!」
言いながらささらに向けていた視線をゆっくりと麻亜子に戻し、苦々しく顔をしかめると「隠れていろ」と高槻は続けた。
「え…なんで……まーりゃん先輩? 嘘でしょ??」
高槻の言葉の、行動の意味がわからなかった。
ささらは突き動かされるように一歩一歩足を進める。だがささらの問いに麻亜子は答えなかった。
視線は一直線に麻亜子へと送られるが、目が合った瞬間いたたまれないように麻亜子は視線を逸らす。
「下がれって言ってんだろっ!」
制止も聞かず近づいてくるささらに業を煮やした高槻が叫んだ直後のことだった。
麻亜子はかついだバックを片手で振り回すと貴明の身体に力の限り叩きつけ、貴明の口から呻き声が漏れる。
さらに、ささらに視線を送っていた高槻とマナがそれに気付き銃を構えるよりも早く左手に持っていた鉄扇を高槻に向かって投げつけた。
「にゅわっ……」
避わす暇もなくそれは高槻の股間へと吸い込まれ、意味不明な単語と共に股間を押さえ高槻が悶絶する。
麻亜子はチラリとささらの顔を見やると嬉しそうに一瞬だけ微笑んだ。
(生きてて良かった、会えて良かった……でも……)
顔を隠すようにささらに背を向け、麻亜子は勢いよく廊下を蹴って駆け出していった。
「まーりゃん先輩っ!」
ささらの叫びもむなしく麻亜子の身体は廊下を曲がり、足音はどんどんと遠ざかっていくのだった。
思わず追いかけようとしたささらを引き止めたのは、蹲る高槻と貴明、そして貴明に駆け寄るマナの姿。



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(なんであたしは馬鹿正直に話しちゃったのかなあ……)
麻亜子は今更ながらに、人を殺した事実を貴明に告げたことを後悔していた。
彼らのためにしてきたことを、それを本人に否定された苛立ちか。自分の正当性を説くためか。
なんにせよ貴明に知られてしまった。彼の口からささらにも伝わるだろう。
彼女は許してくれるだろうか? 仲間の少女を殺したあたしを。
いや、許してもらえようともらえまいと、もう自分は二人の横に並んで立てないなと思った。
だがそれでも、彼らが生きるために自分は修羅になる。今更道を変えるつもりはなかった。
みんなが生き残るためならどんな犠牲もいとわないと決めたのだ。
脳裏に蘇る生徒会での光景が浮かび消えていく中、二度と戻れない情景に一筋の涙を零しながら麻亜子は林の中を駆けていくのだった。

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場所は鎌石村中学校に戻る。
ささらは去ってしまった麻亜子の姿を思い返し、ただ立ち尽くしていた。
そのすぐ横では、股間に走る例えようの無い激痛に襲われる高槻の腰を真琴が優しくさすっている。
先ほどまでの不安そうな表情は微塵も見せず、不幸を喜ぶように顔をほころばせていた。
マナも貴明の身体を支えるように肩を貸し、「悲惨……」と一言発しながら高槻を見下ろしていた。
「久寿川先輩……」
ささらに声をかけた貴明の体重がよろよろと力なくマナの肩にのしかかる。
麻亜子のバックが当たった時にボウガンの矢がはみ出していたようで、貴明の左腕からは鮮血が流れ落ちていた。
「貴明さん……」
お互い名前を呼んでは見たものの、次に発しなければならないであろう言葉は出てこなかった。
会えた喜びよりも、麻亜子が殺人を犯したという事実をささらには受け止めることが出来ず悲しみで埋まっていく。
ささらの表情を見て貴明もそれを察する。
流れ続ける沈黙(+高槻の呻き声)に耐え切れなくなったのか、マナが事のあらましをポツリポツリと話し出した。


「そんなのって……」
マナの説明を受けたささらは、顔を両手で覆い力なくその場に崩れ落ちた。
(……宮内さん…………ごめんなさい)
うなだれるささらに貴明は痛む腕を押さえながら小さく声をかけた。
「先輩……せっかく会えたけど俺行くよ。まーりゃん先輩を止めなくちゃいけない。
 それがタマ姉との約束なんだ。それに、これ以上先輩に人殺しなんてさせられない」
貴明はようやく痛みから解放され、値踏みするように自分を見つめていた高槻に向くと頭をさげて言った。
「高槻さん……先輩を守っていただいてありがとうございました。……そして、これからもよろしくお願いします」
「けっ、成り行きだよ。別に守っていたわけじゃねぇ」
高槻は不機嫌そうにそっぽを向きそう履き捨てた。
(コブつきかよ、つまらねえ)
照れ隠しではなく、事実彼の胸中に浮かぶものはそんな感想だった。
「それにな、別にこれからも守るとも言ってねーぞ。
 おめーらには悪いがあのクソガキにはとことんはらわたが煮えくり返ってるんだ。
 俺は俺であいつを追いかけて落とし前はつけさせてもらう」

「……先輩を殺すって言うんですか?」
貴明の言葉にささらが顔を挙げ、今にも泣き出しそうな顔で高槻を見つめ上げる。
(くそ、そんな目で見るんじゃねーよ……)
「さぁな……」
気まずそうに顔を背ける高槻にマナの銃口が向けられる。
返答次第では撃つ、そんな形相で構える拳銃を貴明の手がそっと押し下げた。
「……俺が代わりに謝ります。謝ってすむ問題じゃないのはわかってるけれど、それでも……先輩は俺が必ず止めますから」
「んな怪我で何が出来るってんだ」
呆れたように貴明を一瞥するが、貴明の瞳は高槻を真っ直ぐ見据えたまま離れなかった。
貴明とささらの顔を交互に見比べ言葉に詰まる。寄せられる無言の視線に耐えられなくなりめんどくさそうに高槻が呟く。
「……わーったよ、とりあえずあいつを一発殴らせろ。そしたら考えてやる」
真実かどうか判断することも難しい表情で高槻は告げた。
それでも先輩を守ってくれた人だ、絶対悪い人ではないと貴明は考えていた。
「許してくれるなら、一発とは言わず十発でも二十発でもやっちゃってください。殺しても死なない人ですから」
言いながら貴明は小さな笑みを浮かべた。ささらと再会してから初めて見せた彼の笑顔。
釣られる様にささらの顔にも笑顔が戻った。
頭をボリボリとかきむしりながら高槻が、そしてマナも真琴も笑っていた。

「――そんじゃま、お灸を据えに行きますかね」
自分の中に沸いていた怒りが収束しているのに高槻は気付き、困惑しながらもバックに手をかけた。
(俺様のキャラがどんどん変わっていく気もするが……まぁまたすぐ直るだろう)
「駄目です!」
「んあ?」
ささらの上げた声によって決めシーンを邪魔され、高槻は思わず扱ける。
「郁乃さん達はどうするんですか? 恋人でしょう?」
(あー、そういやそんな設定もあったな……って恋人にされてんのかよ!!)
『いいよ、めんどくせえ』なんて事は口が裂けても言えなかった。
高槻の思惑はいざ知らず、悩んでいると取ったささらはさらに続けて言った。
「高槻さんは郁乃さん達の所に戻ってください。私が必ず先輩を説得します」

「は?」
(ぶん殴りに行くって言ってるのに今の会話の流れで何故そうなる……)
思わず眉間に皺を寄せる高槻を、今度は心配していると取ったささらはにっこりと微笑み言った。
「心配なさってくれているんですよね……でも大丈夫です」
ささらの勘違いだらけの言葉がくすぐったくてしようがなかった。
だが悪い気もまったくしなかった。
「……わかったよ。だがな、あいつらを連れてすぐ追いかけるぞ。死なれでもしたら寝覚めも悪いしな」
よほど彼らしく無い言葉に言い切った後高槻は大声で笑っていた。
こんな自分が信じられないと言うように。
「高槻さん……!」
ささらは両目から涙の粒をボロボロとこぼし、高槻に抱きついていた。
胸が高槻に押し付けられ、その弾力に高槻の顔がだらしなく緩みそうになる。
「!!!???」
「…………ありがとう」

「もう一度言うぞ久寿川、絶対死ぬな。後お前、貴明だったな。約束は守れ、必ずだ」
五人は校門の前で向かい合って立っていた。
麻亜子を追うのは貴明・ささら・マナ、鎌石村のほうへ向かってみると言う事になった。
一度無学寺に戻りその後すぐ貴明たちのところに追いつくと高槻と真琴は約束を交わす。
「大丈夫よ、あたしも行くしね」
「けっ、期待しちゃいねーよ」
「うっさいわね!」
電光石火の脛蹴りが高槻を襲おうと後ろに振り上げられ、その足がピタリと止まると振り下ろされることなくマナはゆっくり足を戻した。
「人は見かけによらないわね……」
「あぁ? なんか言ったか?」
「別にっ!!」


「それじゃ行くぞ沢渡」
「あううぅーー! 待ってよぉーーっ!」
真琴に声をかけると高槻は駆け出した。本当になんで自分はこんなことになってしまったんだと神様を恨みながらも不思議と心は躍っていた。
(守る……か、ケッ、なんだかな……)
目的地は無学寺。ゆっくりしてる暇なんて無い。
「いいかお前ら、無茶をするな、死ぬな、わかったな!!」
最後にもう一度振り返った高槻の姿を三人が手を振りながら見送っていた。
一瞬で見えなくなった高槻と真琴の姿を確認すると、三人は踵を返す。
それぞれの思いを胸のうちに秘めながら、鎌石村に向けて歩き出すのだった。




河野貴明
 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24、ほか支給品一式】
 【状態:左腕に刺し傷、出血はあったが現在行動に大きな影響なし。麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
久寿川ささら
 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、ほか支給品一式】
 【状態:麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
観月マナ
 【所持品:ワルサー P38・支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷、麻亜子を止めるために一路鎌石村に】


ハードボイルド高槻
 【所持品:食料以外の支給品一式、日本刀、分厚い小説、ポテトwithコルトガバメント(装弾数:6/7)予備弾(13)】
 【状況:全速力で一度無学寺に向かい郁乃達との合流、その後鎌石村に向かう予定】
沢渡真琴
 【所持品:スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
 【状況:全速力で一度無学寺に向かい郁乃達との合流、その後鎌石村に向かう予定】
朝霧麻亜子
 【所持品1:ボウガン・バタフライナイフ・投げナイフ】
 【所持品2:制服・ささらサイズのスクール水着・支給品一式】
 【状態:貴明とささらと生徒会メンバー以外の参加者の排除する決意に変わりなし。スネが痛い。行き先はお任せ】
 【備考:スク水を着衣】


【時間:2日目03:00頃】
【場所:D-06鎌石小中学校校門前】
【備考1:職員室前廊下に落ちたSIG(P232)残弾数(2/7)と仕込み鉄扇が誰に渡ったかはお任せ】
【備考2:由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物及び二人の死体は職員室内に放置】
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服
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