別離




空が明るくなり始めた頃の海の家。
そこで柳川は見張りを続けながら銃の手入れをしていた。
「おはようございますっ」
背後から明るい声が掛けられる。振り向くと佐祐理が微笑みながら立っていた。
「む、随分と早いな」
「佐祐理はお昼にも寝てたから、目が覚めちゃいました」
「ああ、そう言えばそうだったな」
それだけ言うと、柳川はまた銃に目を戻し、手入れを再開した。
柳川達の武装は充実していたが、その分念入れに手入れする必要がある。
いくら強力な武器でも戦闘中に故障したら堪らない。

「ふむ……。どうやら銃の方は問題はないようだな」
点検を終え、一息つく。
梓や琴音との激しい斬り合いの所為か出刃包丁に若干傷みが見られた。
だが銃火器類の武器には特に問題が見られない。
「柳川さん、ちょっと良いですか?」
「ん、なんだ?」
声を掛けられた方を向くと先程と同じく佐祐理が笑顔で立っている。
違うのはその手に救急箱が握られている事だった。
「包帯を取り替えませんか?リサさんの代わりに佐祐理がやりますよ」
「そうだな……奴も疲れているだろうし、頼む」
柳川はそう言うと、M4カービンを床に置いた。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……どうした?始めないのか?」
「あの……。佐祐理が脱がせるのはちょっと…………」
それで初めて柳川は自分が上着を着たままだった事に気付いた。
佐祐理は少し顔を紅潮させながら、困ったように苦笑いしている。
柳川は慌てて、「す、すまん」と言いながら上着を脱ぎ捨てた。


「それじゃ、始めますよーっ」
佐祐理は柳川の包帯を外して消毒液を取り出した。
消毒を済ませた後、新しい包帯を巻きつける。
柳川から見てもそれはなかなか見事な手際だった。
「どうですか?」
佐祐理が不安そうに尋ねてくる。
柳川は確かめるように肩を動かしてみたが、特に違和感は無かった(もっとも傷の痛み自体は残っていたが)。
「大丈夫だ。リサ程ではないが、上手いな」
「あははーっ、ちゃんと出来て良かったです」
佐祐理は安堵したような表情を浮かべた後、満足そうに笑っていた。

昨日は戦いの連続で余裕がなかったが、今日の佐祐理は終始笑顔だった。
多分これがこの少女の本来の姿なんだろうなと、柳川は思った。
無愛想で生真面目な自分に対してもこの少女は微笑んでくれる。
昨日から緊張の連続だった柳川も幾分か表情が柔らかくなっている。
貴之と一緒にいた時とはまた違う安らぎ。こういうのも悪くないな、と素直に思う。
だがこうしてる間にも殺人ゲームは進行している。いつまでもゆっくりとしている訳にはいかなかった。

「よし……、そろそろ出発するか」
「あ、そうですね。それじゃ、リサさんと栞さんを起こしてきますね」
佐祐理が部屋を後にする。柳川も荷物をまとめ、後に続く。
寝室に入ると、息を乱している栞の傍でリサが座り込んでいた。
「どうしたんだ?」
「分からないわ。朝起きたら、苦しそうにしてたの」
「へっちゃら、です……」
栞はそう言ったが、その言葉とは裏腹に彼女は青ざめた顔をしていた。
柳川は荷物を置いて右手を伸ばし栞の額に当てた。冷や汗と共に熱が柳川の手のひらに伝わってくる。
「……熱があるな」
「そのようね……」
「佐祐理、救急箱に解熱剤が入っていないか見てきてもらえないかしら?」
言われて、佐祐理は慌てて救急箱を取りに行った。
「どうだ?何の病気か分かるか?」

柳川がリサに尋ねる。病気の類は彼の知識の範疇の外の事だった。
「多分、ただの風邪ね。でも楽観視は出来ないわ……」
生まれつき体の弱い栞にとっては、ただの風邪でも軽く見ることは出来ない病気である。
おまけにゲームのせいで疲労も溜まっている。命に関わる程ではないがとても動き回れる状態ではないだろう。
リサは爪を噛みながら考え込んでいた。
そこで佐祐理が戻ってきて、救急箱をリサの前に差し出した。
リサは急いでその中を探し始めた。
「Shit……、どこにも見当たらないわ」
中から出てきたのは包帯と消毒液。後は目薬や正○癌などの、風邪には役に立ちそうもない薬ばかりだった。
「……何かおかしいな。解熱剤は無いにしても普通は風邪薬くらい入れてあるものだ」
「主催者が意図的に最低限の物しか用意してないようにしてるのかもしれないわね」
そうしてる間にも栞の息遣いが激しくなっていく。

リサは部屋で見つけたハンカチを水で濡らして栞の額に当てていたが、効果はあまりないようだった。
「……柳川、出発しましょう」
「この状態でか?」
視線を栞の方にやると栞は前以上に苦しそうにしていた。
とても、歩き回れるような状態とは思えない。
「Yes.このままじゃ埒があかないわ。私は栞を背負って診療所に行くわ。柳川と佐祐理は首輪を外せる人間を探して頂戴」
柳川は眉を持ち上げ、怪訝な顔をした。
一人で栞を背負って診療所まで行く?決して近くはないのに?
「それは危険だろう。俺達も一緒に診療所に行った方が良いんじゃないのか?」
だが、リサはあっさりと首を振った。
「いいえ、そんな余裕はないわ。こうしてる間にもどんどん人が死んでいくのよ。貴方達は貴方達で今する事をするべきだわ」
「でも……」
佐祐理が異論を挟もうとしたがリサはそれを待たずに話し続ける。
「大丈夫。私はそう簡単にやられたりしないわ」
「……分かった。ならせめてこれを持って行け」
柳川はほんのわずかの逡巡のあと、M4カービンを差し出した。
「良いの?」
「良いも何も、これはもともと美坂の物だ。それと合流場所を決めておくぞ。今日の22時に平瀬村分校跡に来い」
「OK,ありがとう。それじゃ私達、もう行くわね」

リサはM4カービンを受け取り栞を背負って、海の家の外に出た。
柳川達も荷物を回収して後に続く。
「リサ、貴様は貴重な戦力だ。変な所で野垂れ死ぬなよ」
「貴方もね、柳川。佐祐理をしっかり守らないと駄目よ?」
リサは笑みを浮かべつつ人差し指をたてている。
柳川は肩を竦めながら、ふんと笑った。
「余計なお世話だ」
ぶっきらぼうに、そう言い放つ。
リサは最後に柳川と佐祐理に向けて少しずつ頷いてみせ、柳川達とは別の方向へと歩いていった。
栞を背負ったリサの後姿は力強く頼もしく、だが同時に何故かとても儚げなものに感じられた。
「どうかお気をつけて……」
佐祐理は柳川とは対照的に、心底心配そうにしていた。
それでも柳川が佐祐理に視線をやるとすぐに彼女は頷き、柳川達もまた海の家を後にした。


「おい倉田、これを持っておけ。護身ぐらいにはなるだろう」
柳川が歩きながら懐から二連式デリンジャーを取り出し佐祐理に差し出した。
佐祐理は少し戸惑っていたが結局それを受け取った。
佐祐理が人を撃てるか正直疑問だったが、吹き矢では護身用の武器としてあまりに不足だった。
備えは万全にしておくに越した事はない。銃ならばただ持っているだけでも敵にとっては脅威となる。
そして佐祐理がデリンジャーをポケットに入れた所で、島中に例の放送が響き渡り始めた。
「これは……」
「ああ、有り難いホームルームのお時間が始まるようだ」
そして2回目の放送が流された。



夜の間ならば、皆寝静まっているのではないかと。
それならば、人はあまり死んでいないのではないかと。
放送に聞き入りながら二人は願う。
だがその願いは果たされず、それどころか最悪の現実を突きつけられる事になる。
聞き終わった時には柳川も佐祐理も言葉を失っていた。

優勝者に対する褒美………好きな願いを叶えられる。これはすぐに嘘だと思った。動揺するような事では無かった。
だが、その放送で呼ばれた名は余りにも多すぎた。実に20人以上もの人間が一晩のうちに命を落としたのだ。
一回目の放送とあわせると約40人、既に参加者の3分の1の人間が死亡した事になる。
そしてその中には栞の姉―――美坂香里の名前があった……。

佐祐理は放送を聞き終えるとすぐにリサ達が歩いた方向に振り返っていた。
「引き返しましょう、栞さん達が心配ですっ!!」
だが、引き返そうとした佐祐理の腕を柳川が掴む。
「冷静になれ、倉田」
表情を変えないままとても静かな声で、それだけ言った。
「柳川さん、どうして止めるんですか!?」
「リサも言っただろう…、俺達は一刻も早くこのゲームを止めないといけないんだ」
「でもっ!」
柳川はもう佐祐理の反論を相手にせず一人で歩き出した。
「どうしてっ……そんなに落ち着いていられるんですか……」
佐祐理は彼女にしては珍しく険しい表情をしながらも何とか感情を抑えて、柳川を追った。

……だが、佐祐理はすぐにある事に気づいた。
柳川の手から、強く握り締められた拳から、僅かに血が垂れている。
よく見ると微かに肩も震えている。
それでようやく佐祐理は彼の本当の気持ちを察した。
(馬鹿です、私…)
佐祐理は視線を足元に落としたがすぐに顔を上げた。
そして一言謝罪し彼の横に並んで歩き始めた。
その拳は柳川と同じように強く、握り締められていた……。




リサ=ヴィクセン
【時間:2日目午前5時50分頃】
【場所:G−9、海の家付近】
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)】
【状態:栞を背負いつつ診療所に向かっている】

美坂栞
【時間:2日目午前5時50分頃】
【場所:G−9、海の家付近】
【所持品:無し】
【状態:酷い風邪で苦しんでいる】



倉田佐祐理
【時間:2日目午前6時10分頃】
【場所:G−9】
【所持品:支給品一式、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:健康、移動先はお任せ(リサ達とは別方向)】

柳川祐也
【時間:2日目午前6時10分頃】
【場所:G−9】
【所持品@:出刃包丁(少し傷んでいる)】
【所持品A、コルト・ディテクティブスペシャル(5/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、移動先はお任せ(リサ達とは別方向)】

(柳川関連の過去の話でコルト・ディテクティブスペシャルの弾数の推移に異常があったので修正(参照:76話・114話・118話))
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