空腹者たちの協奏曲




「う〜ん…飛び出したのはいいけど、まずはどこを探したらいいのかしら…」
藤林杏は地図を見ながら悪戦苦闘していた。一概に探すと言ってもこの広い島のどこを探せばいいのか。おまけに寝てる間にすっかり夜になってしまい視界が悪いというのもある。
「まっ、今更戻るわけにもいかないし」
妹自体は弱気なところはあるが、芯は強い。恐らくは恐怖に負けて人殺しをするようなことはあり得ない。誰か頼れる人間と一緒にいる…と信じたい。
ふと、杏の頭の中に朋也の顔が浮かぶ。あの人なら…
「って、人ばっか当てにしてどーすんのよ。てゆーかどうして朋也なワケ? 陽平よりかマシだけどさ」
ぶつくさ言いつつ、いつのまにか道沿いに歩いていた。
「しっかし、あたしの武器ってこれで大丈夫かしら?」
包丁ほか辞書3点セット。もし包丁が万能包丁であればどこぞのテレショップである。
銃…とまではいかないがせめてもう少し投げやすいのが欲しいところだ。野球ボールとか。
ぐぅ〜…
ついでに、腹が減った。
「巧遅より拙速を尊ぶ、とは言うけれど用意もナシに、っていうのは考え物ねぇ…」
仕方が無いと思いつつデイパックからパンを取り出して腹を満たそうとする。
「…あれ?」
ない。どこにも、ない。水はあったがパンがないのである。
「ウソ!? 入ってたはずなのに!? どこいった…?」
「ぷひ〜♪」
ふと見てみると相棒のボタンがもしゃもしゃと何かを頬張っていた。そして彼の足元には袋の残骸が。
「ふふ、ふふふふふ…ボォ〜タァ〜ン〜…?」
がしっ、と背中を引っ掴み目の前でぶらさげる。
「ぷひ!? ぷ、ぷひぷひ」
「さぁ〜て、どんなお仕置きがいいかしら、ねぇ〜?」
杏の背後には黒いオーラが漂っていた。ボタンが戦慄に震える。
「小便はすませた? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命ごいをする心の準備はOK?」


「ぷっ、ぷひ! ぷひー!」
「問答無用! フラッシュピストンマッハ…お? 何かしら、あれ」
ボタンに鉄拳がめり込む直前、杏は視界の隅になにかが転がっているのを見つけた。取り敢えずの命をとりとめたボタンがホッ、とため息をつく。
「何か…カタマリのような…それに…この匂い」
身に覚えのあるイヤな匂い。思い出したくもない杏の記憶が蘇る。
(勝平さんと…同じ)
一瞬、杏はそこへ行くのを躊躇った。しかし、もう現実から逃げてはいけない。自分がしっかり気を持たなければ妹は守れない。
吐き気を堪えつつ一歩一歩近づいて行く。そこで杏は悲劇を垣間見た。
「死ん…でる…」
無残に打ち捨てられていたのは松原葵の死体だった。無念といった面持ちが今もなお残っている。
「ひどい…」
予測はしていたといえ、実際に見ると気が滅入らずにはいられない。そんな杏の心情を察したのかボタンが体を摺り寄せる。
「ぷひ」
「…ありがと、ボタン。もう大丈夫だから」
優しく頭を撫でた後、杏は彼女の埋葬をしてやることにした。
     *     *     *
数十分かけて埋葬を行ったあと、杏は葵の遺品がないかどうか周囲を探した。
「墓場泥棒みたいで好きじゃないけど…使えるものは使っていかないと」
やがて、木の影にデイパックが落ちているのを確認する。どうやら持って行かれなかったようで、中身が詰まっている。
中身は野菜や麺などの食材一式、ガスコンロ、調理器具、そしてお鍋のフタ。
テレショップから一転、料理番組になってしまった。
「けど、これも天の恵みと思いたいわね。上手い具合に食べ物が手に入ったんだから」
早速ガスコンロを敷き、辞書をまな板代わりにしつつ万能包丁で野菜を切る。
「サバイバル、って感じよねえ…」
衛生面が少しだけ気になるものの最悪腹痛くらいで済むだろう。多分。
麺があったので今晩はヤキソバを作ることにした。水は支給品のものを利用しつつフライパンを振るう。
「隠し味が入れられないのが残念だけどね…」
まぁ文句を言っても仕方ないだろう。十分炒めたのを確認して調味料を入れ、いよいよ食する段階になる。


「お箸は…あ、あったあった。至れり尽せりよねぇ」
ようやく腹に仕事を与えてやれる。いただきまーす、と言って麺を口に運ぼうとしたとき。
「そ、そこの人…」
どこからか元気のない声が聞こえてきた。驚いて麺を口に含んだまま杏が振り向くと、
「腹が…減った」
情けない声で食べ物を求めたのは藤井冬弥だった。




【時間:二日目0時】
【場所:D−8】

藤井冬弥
【持ち物:P-90 支給品一式】
【状況:由綺(・理奈・はるか)を殺した人間への復讐…だが、空腹でそれどころじゃない】
藤林杏
【持ち物:包丁、辞書×3(英和、和英、国語)、支給品一式、お鍋のフタ、野菜など食料複数、携帯用ガスコンロ】
【状態:決意、目標は妹との再会…だが、食事中】

ボタン
【状態:杏に同行】
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