2つの狂気




場の空気が止まっていた。麻亜子は英二達の反応を見て理解した。
彼らがゲームに乗っていない事に。環の仲間だった事に。
誰もが呆気に取られて動く事が出来ない――――ただ一人を除いて。

「てめえぇぇぇぇぇぇっ!!」
祐一が弾かれたように動き出していた。怒りに任せ引き金を引く。
だが、ロクに狙いも定めず撃った弾は大きく逸れて扉の近くの壁に当たった。
祐一はすぐにボルトを操作し、次の弾丸を装填した。
今度こそ外さないように、しっかりと麻亜子の顔面へと狙いを定める。

引き金を引こうとした刹那、環が気力を振り絞って体を動かし祐一の銃を掴んでいた。
「環、何で邪魔するんだよっ!あいつが、あいつが観鈴を!!」
「落ち着いて、あそこにいる二人は私の知り合いよ!きっと何かの間違いだわ!!」
「けど、観鈴が…観鈴がっ……!」
今にも銃を撃ちかねない祐一。彼の殺意を沈めたのは、環でも英二でも無かった。

「駄目……だよ……、祐一、さん……」
苦しげな声。観鈴が倒れた姿勢のまま、祐一の服の袖を引っ張っていた。
「観鈴!」
祐一が慌てて観鈴を抱き起こす。観鈴は苦しそうな息遣いをしていたが、その表情から生気は失われていなかった。

環が傷口を覗き込む。
「……どうやら急所は外れてるみたいね」
それを聞いて、祐一が心底安堵したような表情になった。
「良かった……本当に良かった……」
観鈴の手をぎゅっと強く握り締める。

「にはは……、祐一、さん、涙出てるよ………」
自分の目の下のあたりを触ってみると濡れていた。
いつの間にか、涙が溢れていた。
服の袖でごしごしと涙を拭いて観鈴に笑いかける。
観鈴も相変わらず苦しそうに、でもしっかりと笑いかけてくれた。


環も貴明もマナもその光景を見て暖かい気持ちになっていた。
まさしく不幸中の幸いというものだろう。環の目にもまた、涙がこみ上げてきた。




―――一その場でただ一人、英二の瞳は現実を捉えていなかった。
彼の瞳に、脳裏に映るのは緒方理奈が、森川由綺が、血塗れになって倒れている姿だった。
「理奈ぁーっ!!由綺ぃーーっ!!」
緒方は妄想の世界の中で彼女達の傍へ駆け寄ろうとするが、走っても走っても体が前に進む事は無い。
英二は泣き叫ぶ以外に何も出来ない。
突然ビジョンが切り替わる。

次に彼の目に映ったのは、胸に数本の釘を突き刺され息絶えている春原芽衣だった。
「めいちゃんめいちゃんめいちゃんメイチャンメイチャンメイチャン……」
いくら呼びかけても、芽衣の瞳が開かれる事は無い。目からとめどもなく涙が溢れ続ける。
また、ビジョンが切り替わる。

今度はさっき見た光景―――観鈴が突然の来訪者に銃弾で撃ちぬかれる姿だった。
英二は頭を抱えて泣き続けている。

僕はゲームに乗ってなどいない!それなのに、なんで、なんでみんな僕から何もかもを奪うんだ!!
恨みの念が、憎しみが、どんどん膨らんでいく。

コロセ。
頭の中で誰かが話しかけてくる

コロセ
コロセ
コロシテシマエ!
この声は誰の声だ。


ソウスレバ、モウナニモウバワレナイ。
マモルタメニコロセ!
この声は……僕自身の声だ。

コロセ!ウバワレルマエニコロセ!
声はどんどん大きくなっていく。

コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!
コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!
コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!
コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!
コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!
ミンナ、コロシテシマエ!!
僕の頭の中を、声が埋め尽くす。

目を開けると、扉に人が3人立っていた。その手には銃が握られている。
僕の仲間ではない。つまり敵だ。僕から全てを奪っていく敵だ。ならばもう、迷う事は無い。



―――突然銃声が鳴り響いた。
「がっ……!」
貴明の左肩に衝撃が走る。
「たかりゃんっ!?」
貴明が左肩を抑え、表情を歪めていた。
肩を抑えるその手は血に染まっている。

祐一が横を見ると、英二が銃を構えて立っていた。その銃口からは煙が立ち昇っている。
「……英二さん?何をしてるんだ!」
「守るんだ……僕が…みんなを……守るんだ………」
祐一が話かけても英二は全く反応しない。まるで何も聞こえていないかのようだった。

環は英二の顔を見てゾッとした。英二の目が濁っていた。とても暗く、濁っていた。
その顔は引き攣っており、とても以前の英二と同一人物とは思えない程だった。

「僕が!敵を殺して!みんなを守るんだぁぁぁぁぁっ!!」
英二が絶叫しながら再び銃を貴明達に向ける。
「やめろっ!!」
祐一が慌てて英二に飛び掛かったが、英二はそれを振り払うように激しく動いた。

理性の飛んだ英二の力は予想以上で、祐一が振り払われるのは時間の問題だった。
「まーりゃん先輩、タカ坊を連れて今すぐ逃げて!早く!」
環の言葉で冷静さを取り戻した麻亜子は、すぐに貴明の無事な方の手をとった。
「たかりゃん行くぞ!」
強引に貴明の手を引っ張り、走り出す。マナも慌てて後を追いかける。

3人はそのまま足を止めずに学校の裏門まで走り続けた。
裏門についたところで貴明が苦しそうに左肩を抑えながら足を止めた。
「たかりゃん、大丈夫か!?」
「ええ、何とか…」
貴明は苦痛に耐えながらも何とか笑顔を作ってみせた。

「ねえ、さっきの人達は何だったの?」
まだ息を切らしているマナが尋ねてくる。
「俺とまーりゃん先輩の知り合いが一人、いたんだ……俺の幼馴染で、大切な人なんだ」
「何でそんな人と一緒にいる人が貴明さんを撃ったの?」
「そんなの決まってるじゃないか、あたしがたまちゃんの傍にいた女を撃ったからだよ」
マナの質問に、麻亜子が答える。

「……まーりゃん先輩、なんであんな事をしたんですか?」
「いやいや、たまちゃんが倒れてるのを見て頭に血が昇ってしまってね。ついつい撃ってしまったわけだよ」
「ついって……」
貴明の表情が凍る。いつもの調子で喋る麻亜子の言葉からは何の後悔も感じられなかった。
自分が知っているまーりゃん先輩は、朝霧麻亜子は、そんな人だったのか?

「先輩、どうしたっていうんだよ!」
麻亜子の肩を掴んで、がくがくと揺する。撃たれた肩が激しく痛んだが、今は気にならなかった。
そして貴明は見た。
人懐っこい麻亜子の目が――――とても冷たい目に変わるのを。

「あたしは人を殺した」
「え?」

ゴトッ、と音をたてて貴明のRemington M870が手から地面に落ちた。
「もう、何人も殺した。これからも殺し続ける」
「せんぱ…い……?何を……何を言ってるんだ……?」
貴明の顔から血の気が引いていく。

麻亜子はそんな貴明の様子に構う事なく言葉を続けた。
「生徒会の者達を、さーりゃんを、たかりゃんを生き残らせるためにあたしは修羅になったんだ」
いつもの麻亜子からは想像も付かない、とても重い声。
そして麻亜子は貴明を振り払うと、マナに銃口を向けた。
銃口はマナのすぐ目前にまで迫っている。

「ひっ……」
「いいかねお嬢さん?たかりゃんは怪我をしている……チミが誰かは知らないがたかりゃんを助けてくれたまえ」
マナは未知の恐怖にがくがくと震えるだけで答えられない。
「もし裏切ったら……分かってるね?」
銃の先端でとん、とマナの額を軽く叩いた。

麻亜子は貴明へと視線を戻した。その目は少しだけ哀しげなところを除けばいつもの麻亜子の目に戻っていた。
「たかりゃん、死ぬんじゃないぞ。あたしが絶対にたかりゃん達を無事に家に帰らせてやるからな」
そう告げて走り出そうとし、何かを思い出したように立ち止まった。

「危ない危ない!あたしとした事が忘れてたよ、これをさーりゃんに渡してくれたまえ!」
バッグの中からスクール水着を取り出すと貴明の手に握らせ、今度は立ち止まる事なく走り出した。
貴明もマナも、ただ呆然とその背中を見送る事しか出来なかった。




向坂環
【時間:2日目午前1:45】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】
 【所持品:支給品一式】
 【状態:混乱、極度の疲労、後頭部に怪我。英二を制止】
緒方英二
【時間:2日目午前1:45】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】
 【持ち物:ベレッタM92(7/15)・予備の弾丸(15発)・支給品一式】
 【状態:精神異常、仲間以外の人間を排除】
相沢祐一
【時間:2日目午前1:45】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】
 【持ち物:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
 【状態:混乱、体のあちこちに痛み(だいぶマシになっている)、英二を制止】
神尾観鈴
【時間:2日目午前1:45】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】
 【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:麻亜子に撃たれる。急所は外れている】


河野貴明
【時間:2日目午前1:50】
【場所:D-06鎌石中学校裏門】
 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、ささらサイズのスクール水着、予備弾×24、ほか支給品一式】
 【状態:呆然、左肩を撃たれている】
観月マナ
【時間:2日目午前1:50】
【場所:D-06鎌石中学校裏門】
 【所持品:ワルサー P38・支給品一式】
 【状態:呆然、恐怖】

朝霧麻亜子
 【時間:2日目午前1:50】
 【場所:D-06鎌石中学校裏門付近】
 【所持品1:SIG(P232)残弾数(3/7)・ボウガン・バタフライナイフ・投げナイフ】
 【所持品2:仕込み鉄扇・制服・支給品一式】
 【状態:貴明とささらと生徒会メンバー以外の参加者の排除(生徒会メンバーの仲間の命を積極的に奪う気は無い)】
 【備考:スク水を着衣、浴衣は汚物まみれの為更衣室に放置】


【備考:由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物は職員室内に置きっぱなし】
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服
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