高校生と化学の英知2




声が聞こえた、だから急いでここまで走ってきたというのに。
今度こそ、生きている人間に会えるかと思ったのに。
しかし、目の前にいるのは一切の身動きがない倒れた女性だけで。
折原浩平は落胆の色を隠せないでいた、そっと近づくものの反応はやはり返ってこなくて。

「また、死体か・・・」

初めに見たインパクトが強かったからか、考えはその一点に集中してまう。
浩平は音を立てないようゆっくりと跪き、彼女の様子をさらに詳しく見る。
女性の体には戦闘の跡があった。服も所々破れている。

(こんな女の人も、戦わなくちゃいけないっていうのかよ・・・)

悲しくなる。巻き込まれてしまったことに対するやるせなさが拭えない。
彼女の支給されたバックはすぐ近くに放られていた。
黙ってそれに手を伸ばそうとした時、浩平はふと彼女の人とは明らかに違う部分にやっと気がついた。

「この耳って・・・」

そう。明らかに人のぬくもりが感じられない無機質さが表れている、それ。

「メイドロボ?」

浩平も名前だけは聞いたことがあった。
とある大きな会社が開発した、福祉などを目的とするロボット。
生憎浩平の住む地域には配置されていなかったので、直接目にするのはこれが初めてである。

「もしかして、壊れてるだけか?」

ぺたぺたといじってみる。やっぱり反応は返ってこないが、見回したところ特別異常は見られない。
しいて言うなら左腕がかなり痛んでいるものの、こんな所基本的な動力には関係ないだろう。
確か六時の放送では、メイドロボらしき対象の名前は上がっていない。
ここに来るのに聞いた声も多分彼女で間違いないし、ついさっきまでは動いていたという保障はある。

「・・・よし、やるか」

彼女の鞄を肩にかける、日本酒邪魔なのでそこら辺に放置した。
よっと掛け声を上げ、浩平は彼女・・・イルファを、背負う。

「お前を直せるような人、見つけてやるからな」

浩平は来た道を戻るようにして、歩き始めるのだった。







だが。正直『戻る』という行為に、さして意味はなかった。
何故ならば浩平は、迷っていた所たまたまイルファの声を聞きこの場所に辿り着いただけだったのだから。

「・・・地図出して、見りゃよかった」

その場のノリで行動を決めてしまったことを、ひどく後悔した。
そう、この島の地図。自分の物は紛失したけれど、今はイルファのバッグに入っているであろう物で確認することが可能だったというのに。
そのバッグというのは今浩平の肩にかかっており、取り出すには一端背負っているイルファを降ろさなければいけなくなる。
ここでイルファを降ろすという行為には、大きな覚悟が必要であった。

「・・・正直、もう一度これを抱えなおすなんて冗談じゃないぞ・・・」

ずっしりと背中にかかる重量。
まだ歩いて数十分だが、距離はほとんど変わっていない気がする。
とにかく、重いのだ。
そりゃロボットだから仕方ないのかもしれないが・・・きつい、としか言いようがない。

「くそっ、どうすれば・・・」

ガクガクと膝が震える、だがここで休んでしまうともう一度背負い上げられる自信はない。
どうしたもんかと思案する。

結果、踏ん張らねばいけない時に頭を使うことで精一杯で、足元に転がる石に気づけなかった。
途端、視界が一気に逆転する。

「あれ?」

気がついたら、満天の星が輝くのが見えた。おかしいな、今まで歩いていた森はどこにいった。
それにしても背中に何か違和感を感じる。何だ、倒れてしまったのか。
背中に何か感じるってことは後ろに倒れたってことだよな、うん。

・・・そっと起き上がると、体の下には背負っていたはずの彼女が。
見事に潰してしまっている。

「げげっ?!」

しかも浩平がのしかかったことか、転んだ勢いが原因なのか。
イルファは、頭部が吹っ飛んんだ形で浩平の下敷きになっていた。
悲鳴をあげそうになる、いやいやこれはロボットだからと何とか気持ちを落ち着かせる浩平。
慌てて近くの茂みを探しに行くと、頭自体はすぐ発見できたから、まぁいい。

「こ、このままはめ込めば、元に戻るもんかな・・・」

恐る恐る戻ってくる。ちょいグロテスクな光景が浩平を待っていた。
・・・そして、改めて見て、はたと気づく。
目の前の、首の外れたボディ。
首。さらされたそこにある、首輪。

首輪の爆発の条件は三つあった。
一つは無理やり外した場合、もう一つはこの島から外に出た場合、
そして最後はゲーム開始以後、連続して24時間誰も死ななかった時。

・・・でもそれは、生きている人間に関しての、ことではないのか?

首輪に関して、浩平には思う所があった。ずっと一人だったから、そういうことでもしないと暇で仕方なかったと言うのもあったが。
例えば、首輪がどうやって人の生死を判断しているか、とか。
温度ではないだろう。それでは、死んですぐの判断をあちらが入手できる訳ではない。
そこで思いついたのが、脈。
脈が止まれば人は死ぬ、それは1か0かという分かりやすい分け方でしかない。
ではロボットはどうだ。
似たような所で経路が動いているとか、そういうのではないのか?

目の前にいるメイドロボットを今一度確認する。
どこをいじっても、動く気配はない。
全ての動力を止められている、それは即ち・・・「死」と同じ意味にはとれないか。

それに、浩平は可能性を見出す。
試してみるチャンスは、今ここにあった。
自分がしようとすることは、単なる犬死に繋がるだけかもしれない。
でも、浩平はその可能性を信じたかった。

緊張に震える手を、目の前の頭の外れた首にかける。
ごくり。口の中に溜まった唾液を一飲みして。
浩平は、それを一気に引き抜いた。
少し力を込めるだけで、それはロボットの首から簡単に外れる。






爆発は、起こらなかった。




折原浩平
【時間:1日目午後8時30分】
【場所:F−7】
【所持品:だんご大家族(だんご残り100人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:イルファの首輪を外しちゃった。】
 
イルファ
【時間:1日目午後8時30分】
【場所:F−7】
【持ち物:デイパック*2、フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発(回収)】
【状態:頭と首輪外れてる・電池切れ・左腕が動かない・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

日本酒はF−7に放置
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